↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶の回帰〜Oath of Karma〜  作者: 儚威
第1章 セイクリッド学院編
29/49

第29話 見えない相手


「いくよ、セオン」


 リンが、そう言った。口元に、微かな笑みが浮かんでいる。


(――何か来る。この顔は、それだ。)


 辺りに、奇妙な静寂が満ちていく。


 リンが、剣をゆっくりと下げた。これまでとは、明らかに違う構えだった。


(なんだ、この雰囲気は……。)


「ふぅ……」


 リンが、息を吐く。


 それだけだった。


 なのに、セオンは目を離せなかった。


 瞬きをした。


 その一瞬で、リンの姿が消えていた。


「消え……」


 言い終える前に、背後に気配が生まれていた。振り向く暇もない。既に、剣が横一文字に振り抜かれる寸前だった。


「っ!」


 咄嗟に、僅かに残った魔力の揺らぎを感じ取り、剣を滑り込ませる。


「くっ!」


 金属音と共に、体が弾かれた。すぐさま距離を取る。


「な、何が起きたんだーー!?」


 モイナの声が、実況席から響く。だが、その声には、明らかな困惑が滲んでいた。


「一体、どういう……」


 カルザスすらも、珍しく言葉に詰まっていた。何が起きたのか、説明できずにいる。


 観客席も、静まり返っていた。上から見下ろしていたはずの彼らでさえ、何一つ、その動きを捉えることができなかったのだ。


「一体、何が……」


 セオンは、呆然としたまま呟いた。


 姿が、完全に消えた。魔力すら、感じ取れなかった。


「さすがセオン。ちゃんと反応した」


 リンが言った。そして、また同じ構えを取る。


「ふぅ……」


(また、来る……!)


 セオンは、意識を研ぎ澄ませた。また、消えた。


 魔力を探る。何も感じない。どこにいる。どこから来る――。


 考えを巡らせる間に、再び、背後に気配が現れた。


 今度は、僅かにその魔力の揺らぎを捉えた。だが、反応は一瞬、遅れた。


「くっ!」


 刃が、頬をかすめる。浅く、皮膚が裂けた。


 見えている間に、反撃した。


「『火炎の球(ファイアボール)』!」


 放たれた炎を、リンは軽々と躱した。


「ふぅ……」


(また来る……!)


 また、消える。3度目だった。


(次はどこだ。感じ取れ。魔力がダメなら――音だ。)


 耳を澄ませる。だが、足音一つ、聞こえない。


 再び、背後。


「――ッ!?」


 セオンは、剣を振るった。だが、それはあっさりと受け流され、浅く肩を斬られる。


 甲高い金属音が、2度、3度と続けて響いた。セオンも斬り返そうとするが、その全てを流され、決め手にはならなかった。


「くっ……」


 距離を取り、荒く息をつく。


「何が起きてる……」


 音を消す魔法も、魔力を消す魔法も、それぞれ存在する。だが――姿も、音も、魔力も、その全てを同時に消し去る魔法なんて聞いたことがない。


 そんなことができるのは――。


「スキル、か……」


「うん。ボクは、スキル持ちだよ」


 リンが、あっさりと認めた。


 観客席がどよめく。実況席のモイナが、興奮した声で叫んだ。


「な、なんとーー!!リン選手、スキル保持者だったのかー!!」


「『完全無感知(パーフェクトステルス)』」


 リンが、その名を口にした。


「視覚も、魔力も、音も――ボクという存在そのものを、完全に感知不可能にするスキルだ」


 カルザスの声が、実況席から続いた。


「なるほど……先ほどから姿だけでなく、魔力も音も感じられなかったのは、スキルによるものだったのですね」


「それって……つまり、完全に見えなくなるってことですか!?」


「正確には、少し違います」


 カルザスが言葉を選ぶ。


「おそらく――自分という存在を、他者から認識できなくするスキルでしょう」


 ――――――――


 実況席のやり取りを他所に、舞台の上でセオンは息を整えていた。


(リンも、スキル持ちだったのか……。)


 厄介な相手だと、改めて思う。それでも――勝ち筋が全くないわけじゃない。


 そう自分に言い聞かせながら、剣を握り直す。


「そんな強すぎるスキルなら、もうセオン選手に勝ち目はないのでしょうか?」


 モイナが、実況席からふと疑問を投げかけた。


「……何か条件があるはずです」


 カルザスが、僅かに口の端を上げる。


「あれほどの力を、何の制限もなく使えるとは考えにくいですね」


 リンが、剣を構え直した。


「あの候補生さん、鋭いね」


 小さく笑って、そう答える。


「ふぅ……」


 息を吐く。姿が、再び掻き消えた。


 来る。


 セオンは、意識を研ぎ澄ませた。


 そして――気づいた。


 さっきの一撃を受け止めた時。あの時、ほんの僅かにだが、リンの姿を捉えられた。攻撃を仕掛ければ、スキルの効果が解け、姿が浮かび上がる。


 その隙は、ほんのわずかだ。体感で、1秒にも満たない。


 だが、ゼロではない。


(そこに、賭けるしかない。)


 背後に、気配が生まれた。


(――今度は、見える。)


 振り向きざま、剣を合わせる。


 キィン、と甲高い音が響いた。


「っ」


 リンの目に、初めて驚きの色が浮かんだ。反応されるとは、思っていなかったのだろう。


 セオンは、その隙を逃さなかった。


「くっ!」


 一気に踏み込み、短剣を振るう。リンはそれを剣で受け流しながらも、僅かに体勢を崩していた。


「『火炎の嵐(ファイアストーム)』!」


 炎の渦が、間近から放たれる。リンは咄嗟に飛び退き、辛うじてそれをかわした。


「せ、セオン選手、反応しましたーー!一体、何を見切ったのでしょうか!」


 モイナの声が、興奮気味に響く。


「さすがだよ、セオン」


 リンが、感心したように呟いた。


「まさか、あの一瞬に気づくなんてね」


 だが、称賛の言葉とは裏腹に、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「でも――それだけじゃ、まだ足りないよ」


「ふぅ……」


 再び、姿が掻き消える。今度は、その場に留まらず、駆けながらの消失だった。


(また、来る。)


 セオンは、意識を研ぎ澄ませた。あの一瞬の隙。狙うべきは、そこだけだ。


 ――背後。おそらく、また同じパターンで来る。


 そう読んで、身構えた。


「残念」


 声は、真横から聞こえた。


「なっ――」


 読みを外され、反応が遅れる。剣先が、脇腹をかすめた。


「くっ……!」


 とっさに身をよじり、致命傷は避けた。それでも、鋭い痛みが走る。


 傷口を押さえながら、セオンは奥歯を噛んだ。


(さっきより、速い……?)


 1秒あったはずの隙が、今はそれよりも短く感じられた。まるで――彼女自身が、この一瞬一瞬で、何かを掴み取っているかのように。


「ボクは、この戦いで成長できる」


 リンが言った。


「セオンと戦うたび、スキルの解除から次の動きに移るまでの時間が、短くなっていくのが分かる。多分――スキルも、成長するんだ」


「マジか……」


 思わず、声が漏れた。


「この戦いは、お互いを成長させる」


 リンの瞳に、強い光が宿っていた。


(――ボクは、暗殺者には絶対にならない。)


 そう誓った、あの日の自分が、脳裏をよぎる。


 セオンは、その目に何かを感じ取った。ただの闘志ではない、もっと確かな何か。


 ――こいつは、まだ変わり続ける。本当の意味で、とんでもなく強くなる。


 そう、確信した。


 ふっ、と笑いが零れる。


 リンも、それに気づいたのか、同じように口の端を緩めた。


 二人の魔力が、堰を切ったように膨れ上がった。


 セオンの全身に、炎が纏う。リンの纏う気配も、これまでとは比較にならないほど、研ぎ澄まされていく。


「行くぞ!」


「うん!」


 二人は同時に地を蹴り、真っ向からぶつかり合った。


 セオンは炎を纏わせながら剣を振るい、風で加速しては斬り込む。リンは、その全てを受け、あるいは躱し、あるいは――再び姿を消して、死角から仕掛けてきた。


 今度は、上空からだった。


「ふっ!」


 気配が消えたと思うと、頭上から影が落ちてきた。


 隙は、さらに短くなっていた。体感で、0.6秒ほど。


 反応が、僅かに遅れる。


「がっ……!」


 肩口を、浅く斬られた。


 観客席から、どよめきが上がる。


「な、なんという成長速度でしょうか!リン選手、試合を重ねるごとに、明らかに動きが鋭くなっています!」


 モイナの実況が、興奮を隠せないまま続く。


 カルザスも、珍しく前のめりになっていた。


「これは……もう、他の候補生と比べても遜色ないレベルですね。この一戦だけで、これほどの伸びを見せるとは」


 斬られながらも、セオンの口元には、笑みが浮かんでいた。


(すごいな、リン。)


 素直に、そう思った。


「『炎激竜巻嵐(フレイムトルネード)』!!」


 炎と風を練り上げた渦が、リンへと放たれる。


 だが――


「『蒼月雨斬(アズールムーン・レイン)』」


 紡がれた言葉と共に、強い雨が舞台を包んだ。無数の水の斬撃が、雨と共に降り注ぐ。


 セオンの炎の渦は、その雨に呑まれるようにして、あっさりと勢いを失っていった。


 ――届かない。


 セオンの表情から、感情が消えた。


 もう、勝ち筋は見えない。


(今、ここで【魔法奪取(マジックスティール)】を使えば――勝ち筋は、見えるかもしれない。)


 一瞬、頭をよぎった。


 だが、すぐに打ち消す。


(ダメだ。俺は、絶対にバレるわけにはいかない。)


 全てを出し切れないもどかしさに、奥歯を噛んだ。リンに対しても、どこか申し訳なさが込み上げる。全力でぶつかってきてくれているのに、自分だけが、手札の一枚を隠している。


 それでも――本来の目的を、忘れてはいけない。


「ふぅ……」


 リンが、再び姿を消す。


 その気配を追いながら、セオンの脳裏に、前世の記憶がよぎった。


 ――この異世界で、幸せに暮らすんだ。


 そのために、この学院に来た。母を、村を守るために、強くなると誓った。


 だが――今、この一戦に、全てを懸ける必要が、本当にあるのだろうか。


 ライトサイドになることは、確かに目標の一つだ。だが、それは、今日この場で、絶対に勝ち取らなければならないものではない。


 だったら――。


 リンが、目の前に姿を現した。剣を振りかぶり、迫ってくる。


 体感で、0.5秒。


 さらに短くなった、その隙。


 だが、セオンは――動かなかった。


「参った」


 そう告げた。


 振り下ろされようとしていた剣が、ぴたりと止まる。


「っ」


 リンの目に、驚きが浮かんだ。


「参った。もう、勝ち筋が見えない。リン、お前の勝ちだ」


「し、試合終了ーー!!セオン選手、まさかの降参宣言!怒涛の展開が続いた一戦でしたが、最後は意外な形での決着となりましたー!勝者は、リン・レステニア選手!3人目のライトサイド候補生です!!」


 歓声が、闘技場を包んだ。


 だが、リンは、剣を収めながらも、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。


「セオン、どうして」


「今の俺じゃ、どう考えても勝てないと思ったんだ」


 セオンは、努めて淡々と答えた。


「まだ、君は全力ではなかった」


 リンの声には、抑えた響きがあった。悲しさとも、悔しさともつかない色が、その瞳に滲んでいる。


 その一言に、セオンは思わず息を呑んだ。


 ――見抜かれていた。


 何も言えないまま、立ち尽くす。


 リンは、それ以上何も言わず、背を向けて舞台を後にした。


「い、いや、それにしても――どの試合も、本当に素晴らしいものでした!」


 モイナが、気を取り直すように声を張った。


「ええ」


 カルザスも、頷いた。


「正直、ここまで楽しめるとは思っていませんでした。候補生になった三人は、いずれも、その名にふさわしい実力を示してくれたと思います」


「以上を持ちまして、セイクリッド学院一年生、ライトサイド候補選抜戦を終了とします!選手の皆様、そして観客の皆様、本当にありがとうございました!」


 モイナの締めの声が、闘技場に響き渡る。




 こうして、ライトサイド候補選抜戦は、幕を閉じた。





ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

明日からは1日1話の投稿に変更しようと思います。

引き続き「記憶の回帰」をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。