第27話 届かない一撃
控え室で、セオンは静かに待っていた。
壁越しに響く実況の声から、これまでの結果は、大方察することができた。
(ソフィアは……ダメだったか。)
三人揃って候補生になる――そんな都合のいい話はないと、分かってはいた。それでも、少しの落胆はあった。
そして、もう一つ。シャルマが、新たなスキルに目覚めたということも。
自分と、似ている部分もある。だが――決定的に、違う。
シャルマの力は、誰に見せても恥じるものではない。だが自分の【魔法奪取】は、人を殺すことでしか手に入らない。
シャルマとは違い、俺のこれは、決して表に出せるものじゃない。
その事実を、改めて噛み締める。
「セオン、君の番だ」
教員が、決勝戦の開始を告げに来た。
「わかりました。行きます」
ゆっくりと立ち上がる。
この一戦で、全てが決まる。
候補生になったところで、劇的に何かが変わるわけじゃない。それは分かっている。
それでも――もう、やるしかない。
――――――――
「さぁ、いよいよ、一年生によるライトサイド候補選抜戦も最後の一戦です!ここまで、本当に素晴らしい試合を見せていただきました。次で――全て、決まります!」
モイナの声が、闘技場に響き渡る。
「Cブロック決勝ー!リン・レステニア選手、対、セオン・クレスト選手ー!!!」
二人が、それぞれの入場口から姿を現す。
リンは、いつもと変わらなかった。飄々とした足取り、感情の読めない表情。今までの試合と、何も変わらないように見える。
だが――セオンは、感じていた。これまでとは明らかに異なる、張り詰めた空気を。
「セオン、やっぱりここまで来たね」
リンが、静かに言った。
「二人とも候補生になれたら――なんて、少しは思ってたけど。こうして戦えるのも、悪くない」
腰の剣を、指先でそっと撫でる。
「そうだな。この一戦で、決まる」
セオンは、静かに答えた。
「初めて会った時より――俺は、成長してる」
その言葉に、リンは小さく笑った。
「最後です。Cブロック決勝戦、試合開始ーー!!!」
合図と同時に、セオンは地を蹴った。
「火炎の球!」
放たれた炎の塊が、唸りを上げてリンへと迫る。
リンは、腰の剣を抜き放った。ただ一閃。それだけで、炎は真っ二つに斬り裂かれ、火の粉となって舞台に散った。
抜刀すら、目で追えなかった。
だが、リンがセオンへと視線を戻した時にはもう――セオンは、次の魔法のために魔力を練り上げていた。
「火炎の嵐!」
炎の渦が、リンを飲み込もうと押し寄せる。
「はっ」
リンは、それすらも真っ向から斬り裂いた。炎が、左右に割れて虚空に消える。
その隙を突き、セオンは一気に間合いを詰めた。短剣を抜き、斬りかかる。リンは、当然のようにそれを受けた。
甲高い金属音が、幾度も舞台に弾ける。火花が散るたび、視界の端が白く弾けた。
「くっ……!」
どれだけ攻めても、隙が見えない。リンの表情には、余裕すら滲んでいた。
「最初から、飛ばしてくるね」
疲れなど、一切感じさせない声だった。
セオンは、一度距離を取った。
「疾風加速!」
風を纏い、素早く回り込む。
「風の刃!」
風の刃が、リンへと放たれる。
だが、その裏で――セオンは、もう一つの魔力を密かに練り上げていた。炎と、風。二つの魔力を、慎重に混ぜ合わせていく。
まだ誰にも見せたことのない、混合魔法だった。
リンの目が、僅かに細まった。異質な魔力の高まりに、気づいたのだろう。纏う空気が、変わった。今までとは違う、本気の色。
「――させない。『紅月斬』!!」
赤く染まった斬撃が、セオンへと迫る。
だが、それよりも早く――
「『炎激竜巻嵐』!!」
セオンの周囲に、猛烈な炎の竜巻が生まれた。
轟音と共に、それが闘技場全体を包み込むように広がっていく。観客席には結界が張られているとはいえ、肌を焼くような熱が、そこまで届いていた。
「素晴らしいよ、セオン君……」
観客席で、エリックが小さく呟いた。
「っ……!」
リンの表情に、初めて――僅かな緊張が滲んだ。
「はぁーー!!!」
「『真紅月光斬』!!」
リンが、全力でその一撃を放った。
紅の斬光が、渦巻く炎を一直線に貫く。轟音と共に、炎の竜巻は真っ二つに斬り裂かれ、粉々に消し飛んだ。
「うおおおおおおーー!!!なんという応酬でしょうかーー!!!」
モイナの絶叫が、闘技場に響き渡る。観客たちが、総立ちになって沸き立った。
炎と熱の名残が、静かに晴れていく。
「はぁ……」
リンが、僅かに息を乱していた。
その様子に、セオンは驚きを隠せなかった。
(あれで――この程度、で済むのか……。)
自分が出せる、最大限の一撃だった。それを、こうもあっさりと。
「すごいよ、セオン」
リンが、静かに言った。
「ただの混合魔法に、あれだけの魔力を注げるなんて。威力だけなら、もう最上級並みだと思う」
称賛の言葉だった。だが、セオンの胸に広がったのは、喜びではなかった。
これだけやって、なお――届かない。その事実が、重くのしかかる。
「さっきのが……俺の全力だ。それを、そんなに簡単に」
「そうだったんだ」
リンは、少し考えるように、間を置いた。
「じゃあ――降参する?」
その問いに、悪意はなかった。ただ純粋な、確認のようだった。
「いいや」
降参など、するはずがなかった。少しでも早く、強くなる。少しでも早く――村のみんなを、守れるだけの力を手に入れる。そのために、ここにいる。
「やっぱり、そう言うと思った」
リンが、小さく笑った。
まだ、負けたわけじゃない。




