第25話 譲れないもの
闘技場に、次の対戦カードが響き渡った。
「続きまして、Bブロック決勝戦ー!ソフィア・ムーンハート選手、対、シャルマ・ノイス選手ー!!」
二人が、それぞれの入場口から舞台へと歩み出る。どちらの顔にも、これまでの試合にはなかった真剣さが滲んでいた。
舞台の中央で向かい合うと、二人はそれぞれ丁寧に一礼した。互いへの敬意を欠かさない、洗練された所作だった。
ソフィアの脳裏に、これまでの日々が一瞬よぎった。厳格だが誇り高い父の背中。聖騎士としての生き方を、幼い頃からずっと見てきた。自分もいつか、誰かを守れる人間になりたい――そう思い続けてきた、その先に、今この舞台がある。
シャルマもまた、静かに闘志を燃やしていた。譲れないものが、そこにはあった。
「では、Bブロック決勝戦、試合開始ー!!!」
両者、腰の両刃剣を引き抜き、構えを取った。
先に仕掛けたのは、ソフィアだった。
「花の破裂!」
放たれた花弁が、弾けるように広がる。シャルマは、それを冷静に躱した。ここまでの試合を見てきた限り、ソフィアは積極的に攻めるタイプだと、すでに読めていたからだ。
この舞台に立つ者は、誰もが同じことを考えている。相手より一歩先を読む――それだけが、勝敗を分ける。
ソフィアは、魔力消費の少ない魔法を、間断なく撃ち続けた。それによって、シャルマに距離を詰めさせない状況を作り出していく。
シャルマも、そのことは分かっていた。だが、分かっていてもどうにもならない。剣士である以上、距離を詰められなければ、まともに攻めることさえできない。これまでの相手は、力任せに距離を詰められる者ばかりだった。だからこそ、この徹底した距離戦は、シャルマにとって最も厄介な相手だった。
一瞬の隙をついて、シャルマが仕掛けた。
「身体強化、瞬速!」
姿が、掻き消える。
「シャルマ選手、ブリンクで距離を詰めましたー!これは決まるかー……!」
だが――シャルマが間合いに飛び込んだ、その瞬間だった。ソフィアの周囲に、淡い光と花弁が入り混じって渦を巻く。
「『光花の陣』!」
光魔法と花の魔法を組み合わせた、広範囲の魔法だった。
予測できない軌道のそれに、シャルマは反応が遅れた。躱そうとするも、間に合わない。とっさに、防御の構えを取るしかなかった。
「『風纏の型、鉄壁化』!!」
身体強化した身体に、風の加護を全身に纏い、アイアンガードで防御を底上げする。それでもなお、受け止めた衝撃に体が軋んだ。
「クッ……!!!!」
爆発の余波が、舞台を包んだ。煙が晴れると、そこには片膝をついたシャルマの姿があった。防具は所々破れ、息も絶え絶えだった。
「はぁ……はぁ……」
対するソフィアも、肩で息をしながら、それでも凛とした佇まいを崩さなかった。
「シャルマ・ノイス、これで――勝負ありね」
ソフィアは、剣を構えたまま静かに言った。
「あなたの剣、見事だったわ。聖騎士を目指す者として、正々堂々戦えたこと、誇りに思う」
シャルマは、その言葉を聞きながらも、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。膝をついたまま、じっと地面を見つめる。
――――――――
脳裏に浮かんでいたのは、たった一人の家族だった。
ミリナ・ノイス。7歳になる、妹。
母は、ミリナを産んですぐに、治療院で息を引き取った。父は、その数年後、冒険者としての討伐任務中に命を落とした。残されたのは、シャルマとミリナ、二人だけ。父が遺してくれたわずかな金はあったが、生活は楽ではなかった。
そして何より――ミリナは、生まれつき体が弱かった。
「ゴホッ、ゴホッ……」
ベッドに横たわるミリナが、小さく咳き込んだ。シャルマは、その傍らでじっと妹を見つめながら、そっと頭を撫でる。
ミリナが、薄く目を開けた。
「お兄ちゃん……」
「ごめん、起こしたか」
「ううん。お兄ちゃんが近くにいると、安心するから」
そう言って笑うミリナの顔色は、あまり良くなかった。十分な栄養を摂れていないせいだというのは、シャルマ自身、よく分かっていた。
「お兄ちゃんが、絶対にミリナを元気にしてやるからな。セイクリッド学院で優秀な成績を残せば、その分、いい暮らしをさせてやれるんだ。すごいだろ?」
シャルマがそう言うと、ミリナは小さく笑った。つられて、シャルマも笑う。
きっと、大丈夫だ。
ミリナだけは、必ず――俺が守る。
――――――――
(だから――)
「必ず、勝つ」
シャルマが、静かに立ち上がった。その瞳に、諦めの色は微塵もなかった。
「……!さすがね、シャルマ・ノイス。ここまで来ただけのことはあるわ。でも――勝つのは、私よ」
ソフィアが、剣を構え直しながら声を張った。
「聖騎士を父に持つ、ムーンハート伯爵家の娘――ソフィア・ムーンハート。この一戦、掴み取らせてもらうわ!」
会場が沸いた。
シャルマは、一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐに表情を戻し、小さく笑った。
「平民の出、親はもういない。守るべきは、たった一人の妹だけ――シャルマ・ノイス。勝たせてもらう」
会場が、再び沸き立つ。
「これは――まだまだ目が離せません!両者、一歩も譲る気配がありません!」
シャルマは、地面に落ちていた剣を拾い上げ、静かに構え直した。




