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記憶の回帰〜Oath of Karma〜  作者: 儚威
第1章 セイクリッド学院編
24/47

第24話 綻びの隙

(間に合わない……。)


 エリックの喉から、乾いた息が漏れた。まさか、この手を読まれるとは。

 グラディスの纏う闇が、これまで以上に禍々しく膨れ上がっていく。


「くははっー!!」


 地面を這っていた闇の膜が、隆起する。棘の形を成そうとした瞬間――その輪郭が、まるで砂のように崩れた。凝縮しきれなかった闇は、粒子となって舞台に虚しく散っていく。


 その場にいた誰もが、何が起きたのか理解できなかった。


 誰もが、グラディスの勝利を確信していたはずだった。それなのに――決着は、まだついていない。

 エリック自身も、それは同じだった。自分の技を真似られ、そのまま敗れると覚悟していた。だが、自分の体には、傷ひとつついていない。


 戸惑いながらも、エリックはすぐに違和感の正体に気づき始めた。


「はっ……はは、マジかよ」


 グラディスが、乾いた笑いを漏らした。


「できると思ったんだけどな……存外、難しいもんだ。要領ってやつが、まだ掴めてねぇらしい」


 グラディスが、荒い息を吐きながら自嘲するように笑った。その纏っていた闇の魔力が、心なしか薄れ始めている。


「ああ、それは仕方ないよ」


 エリックが、静かに口を開いた。


「氷は、放っておいても勝手に染み出して、勝手に形になる。地面が冷えれば、自然と霜が降りるようにね。でも闇は違う。力ずくで従わせようとすればするほど――そこに、綻びが出る」


 そこで、わずかに口の端を上げる。


「まあ、大した差はないけどね。ただ、氷の方が少し、素直なだけで」


 軽い調子で、そう付け加えた。


 その言葉を聞いたグラディスの顔から、笑みが消えた。代わりに浮かんだのは、悔しさよりも、どこか納得したような表情だった。

 そして――グラディスの纏っていた闇の魔力が、一気に消えていく。


「はっ……時間か」

 エリックは、それを見て察したように呟いた。

 観客たちが、固唾を呑んで舞台を見守る。


「一体、何が起こっているのでしょうか……」

 モイナが困惑気味に声を漏らす中、グラディスはそのまま、力尽きたように立ち尽くしていた。全力で維持していた強化の代償が、ここで一気に押し寄せてきているのだろう。


 エリックは、その隙を逃さなかった。リン・レステニア

 滑るような足運びで、瞬時にグラディスの目の前へと迫る。右の拳に、冷気を凝縮させていく。青白いオーラが、渦を巻くように立ち昇った。


 そして――力の限り、その拳をグラディスの腹へと叩き込んだ。


「『氷結の一撃(フリーズインパクト)』……!」


「グッ……!!」


 グラディスは、その一撃を受け止めきれず、大きく仰け反って倒れ込んだ。


 会場に、一瞬の静寂が落ちる。


 その沈黙を破るように、モイナの声が響いた。



「し、試合終了ーー!!勝者、エリック・フロストフォード選手ー!!ライトサイド候補生、誕生ですーー!!」


 会場が、割れんばかりの歓声に包まれる。

 倒れたままのグラディスは、悔しさよりもむしろ、どこか吹っ切れたような、至って普通の表情を浮かべていた。



 ――――――――



「いい試合でした。やはり決勝は違いますね」

 カルザスが、珍しく感情の乗った声で言った。


「彼は、候補生としての素質も十分にあると思います」


「あの最後の場面、エリック選手は魔力の消費に目を向けて、時間を稼ぐという戦略を取っていたようですが……」


 モイナが、興味深そうに尋ねる。


「ええ。そして、グラディス選手にはそれを最後までやり切るだけの制御力がなかった。エリック選手はそれを見抜いていた――結果が、全てを物語っています」

「なるほど……!では、続いてはこれまでの試合を振り返りながら――」


 実況席の声が、闘技場に響き続ける。


 ――――――――


 貴賓室では、ストライトが静かに試合を見届けていた。

「とても、面白い試合でしたね」


 隣に控えていたグリムへ、ストライトが穏やかに声をかけた。


「エリック君もグラディス君も、見事な戦略眼でした。今後の成長が楽しみです」


「ええ、まったくです」


 グリムが頷く。

「残り2試合、というところですね」

 ストライトは、静かに視線を舞台へと戻した。残る二つの試合の中でも、待ち遠しいものがあるようだった。


「彼は……あの時から、どれだけ成長したのでしょうね」

 呟くように、そう言った。


 脳裏に浮かんでいたのは、まだ魔法を一つも使えなかった、あの日のセオンの姿だった。

 その口元には、興味深そうな、静かな笑みが浮かんでいた。

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