第23話 決着の手前
「さぁ、Cブロックもいよいよ最後の一戦です。第2試合は、圧倒的な剣技を誇るリン・レステニア選手ー!対するは、可憐な身のこなしで相手を翻弄する、フィア・グレイス選手!」
両者が、それぞれの入場口から姿を現す。
「試合開始ー!」
「リン・レステニア、と言ったかしら?平民風情が、よくもまあここまで勝ち上がってきたものね。私はフィア・グレイス。覚えておくといいわ」
リンは眉一つ動かさず、表情を変えなかった。その反応に、フィアはますます苛立ちを募らせ、構えをとった。
「なんか言いなさいよ!『水弾撃』!」
水の弾丸がリンへと迫る。リンは、ゆっくりと剣を鞘から抜き放った。ただそれだけの動きで、放たれた水弾は真っ二つに斬り裂かれる。まるで、当たり前のことのように。
「くっ……!」
フィアが杖を構え直す。
その瞬間、銀色の斬撃が走った。
「……え?」
防壁が砕ける。
フィアの身体が宙を舞い、そのまま地面に落ちた。
「うぉー!!!なんという強力な斬撃だー!フィア選手は、そのまま意識を失い、試合終了ー!勝者はリン・レステニア選手ー!あっという間の決着でしたー!」
会場は、その圧倒的な実力に沸き立った。
「そして、A〜Cブロック全ての一回戦が終了し、残すは決勝戦のみとなりましたー!」
熱気に包まれた会場に、一瞬の静けさが訪れる。誰もが、この後に待つ三つの決勝戦を待ちわびていた。
リンは、静かに表情を引き締めた。セオンも、同じ気持ちだった。
盛り上がる会場の中、モイナがふとカルザスへ視線を向けた。カルザスはそれに気づくと、まるで何か言わねばと察したかのように、静かに口を開いた。
「ここまでの試合、正直、あまり見応えがありませんでしたね。決勝には期待しています」
その素っ気ない物言いに、モイナが苦笑いを浮かべる。
「あはは……決勝は、かなりの激闘になると思いますよ」
控室では、エリックとグラディスがそれぞれ、静かに気を高めていた。
貴賓室からその様子を見守っていたストライトが、小さく呟いた。
「ようやく決勝か。楽しみだね。入学したばかりの彼らが、どこまでやれるのか――このセイクリッド学院の未来を、占う戦いになるかもしれない」
「お待たせしました!いよいよ、ライトサイド候補選抜戦決勝戦――候補生が決まる戦いの、始まりです!」
「まずはAブロックー!エリック・フロストフォード選手対グラディス・エバフォール選手ー!!!」
エリックはいつも通り、冷静さを崩さぬまま舞台へと歩いていく。一方のグラディスは、不敵な笑みを浮かべながら現れた。
「ようやく、まともに戦えそうだ。さっきみたいなやり合いで候補生になったって、意味ねぇからな」
「僕は候補生になれればそれでいいんだけどな。そのあたり、君とはやっぱり合わないね」
その言葉に、グラディスは苛立ちの滲んだ笑みを浮かべた。エリックは、表情一つ変えない。
「決勝戦、試合開始ー!!!」
だが、どちらも動かなかった。互いに様子を窺うように、静止したまま睨み合う。それだけ、この一戦に懸けているということなのだろう。
実況席で、モイナが困惑気味に声を上げる。
「お、お互い、動く素振りを見せません!攻撃態勢も取ろうとしない――一体どうしたのでしょうか!」
それに答えるように、カルザスが静かに口を開いた。
「様子見でしょう。下手に動けば、そのまま隙になる。それをお互い、分かっているんですよ。最初にどう仕掛けるか――それを、今、考えているはずです」
そんな中、先に動いたのはグラディスだった。指先が、微かに動く。エリックも、それにすぐ気づいた。
「暗黒弾!」
グラディスが放った声とともに、エリックの周囲に、三つの闇の球が出現する。球は緩やかに軌道を描きながら、エリックへと殺到した。
エリックはすぐさま反応した。
「氷の壁!!」
四方に氷の壁を展開する。ダークボルトの威力は氷の壁ごと打ち消したが、壁自体も砕け散った。だが、その一瞬の隙を突いて、エリックは一気に距離を詰める。
「『氷刃の舞』……!」
エリックの声とともに、無数の氷の刃がグラディスへと殺到する。
しかし、グラディスは笑みを浮かべる。
「『闇の帳』!」
展開された闇の膜が、その全てを受け止めた。
闇の膜を張ったまま、グラディスは涼しい顔をしていた。だが、ふと足元に目をやると――地面がうっすらと氷に覆われていることに気づく。氷刃の舞に紛れて、いつの間にか仕込まれていたものだった。気づいた時にはもう遅い。地面から、無数の氷の棘が突き上がってくる。
「『氷棘乱撃』!」
「ぐっ……!」
グラディスは間一髪で身をひねり、掠める程度に躱す。だが、体勢を崩されたまま、すぐさま魔法を放った。
「暗黒の波!」
強大な闇の波が、エリックへと押し寄せる。あまりの範囲の広さに、避けきることは難しい。
(避けられないか……。)
「氷の壁!!」
エリックは氷の壁を幾重にも重ねて防御するが、闇の波はそれを次々と打ち破っていく。最後の壁を突き破った衝撃が、エリックの体を捉えた。
「ぐっ!!」
「はっ、お前はどうせ、まだ本気出してねぇんだろ」
グラディスは不敵に笑いながら、闇の魔力を全身に纏っていく。
「直接ぶっ叩いて、終わらせてやるよ!!」
膝をついたエリックへ向け、拳を振り上げた――その瞬間。
グラディスの動きが、ぴたりと止まった。
「なっ……!」
グラディスの足元は、いつの間にか氷に完全に覆われていた。指一本、動かせない。
「姑息なことをしやがる」
グラディスが、それでも笑みを崩さずに言った。
「勝てるならなんでもいいんでね」
エリックは氷の剣を生成し、その切っ先をグラディスへ向けた。
「さぁ、降参しなよ」
その言葉に、グラディスは俯いた。
「……ははっ。嫌だね」
その反応に、エリックがわずかに怪訝な表情を浮かべた瞬間――辺りの空気が、一気に重くなった。
「はぁあああ――!!」
グラディスが、力の限り闇の魔力を解き放っていた。
エリックはすぐさま追撃を仕掛けようとした。だが、それより早く、グラディスは魔力を完全に解放しきる。凍っていた足の氷は、跡形もなく砕け散っていた。
「くっ……」
エリックは、それ以上踏み込めなかった。
グラディスの纏う気配は、いつもと明らかに違っていた。禍々しい闇のオーラが、揺らめきながら全身から立ち上っている。それでも、突っ立ったままのグラディスに、エリックが仕掛けた。
滑るように、エリックがグラディスの背後へ回り込む。
「氷矢!」
放たれた氷の矢は、しかし、グラディスを覆う闇のオーラに触れた瞬間、跡形もなく消し飛んだ。何をしても、意味を成さない。
「嘘だろ……」
エリックが戸惑いを見せた、その隙を突くように――グラディスが瞬時にエリックの横へと移動し、鋭く手を薙いだ。エリックは、それを間一髪で躱す。
それからも、グラディスは息をつく間もなく攻撃を畳みかけてきた。闇を纏った拳と手刀が、次々とエリックへ襲いかかる。エリックはその一撃一撃を、紙一重で躱し続けた。
観客たちが、思わず息を呑む。
「な、なんという攻防だー!!あれほどの猛攻を受けてなお、エリック選手は躱し続けています!グラディス選手の攻撃は止まるどころか、速度を増す一方です!」
その後もグラディスは攻撃方法を変える。闇の鞭のようなものを生成する。
「『闇の鞭』!」
振り回された鞭が、エリックへと襲いかかる。エリックは氷の壁を展開して防ぐが、鞭の勢いにあっさりと打ち破られた。それでも壁は、僅かな時間稼ぎにはなる。その隙に、飛び退き、身をずらしてどうにか躱し続けた。
(なぜだ……なぜ当たらない。バケモンじみた反応速度しやがって……常人にできる芸当じゃねぇぞ。)
グラディスの苛立ちは、次第に焦りへと変わっていった。
(まずい。早く決着をつけないと――俺の方も、そろそろ限界だ。)
グラディスが今使っている力には、代償があった。闇の魔力で全身を強化し、攻守共に爆発的に引き上げる技だ。だが魔力の消費は尋常ではなく、どれだけもっても三分が限界だった。
そして、それにエリックはすでに気づいていた。だからこそ、攻撃を避け続けていたのだ。
「ちょこまかと……」
グラディスが苛立たしげに舌打ちする。エリックは、表情を変えないまま、静かに集中を保っていた。
「お前がそんな奴だったとはな、がっかりだぜ。もっと激しくやり合えると思ってたが」
「その状況で突っ込んでいくほど、僕はバカじゃないよ」
「そうかよ」
そんな攻防を続けながら、グラディスはひそかに、足元へ闇の膜を這わせていた。エリックが使ったあの奇襲を、自分でも再現できると信じて。
エリックが、それに気づいたのは遅すぎた。
(闇が、地面を這っている……?これは……。)
「まさか……」
(お前のやった手法の、、)
「闇バージョンだ!」
(間に合わない――。)
エリックはその瞬間自分の敗北を、静かに覚悟した。




