第2話 小さな違和感
四日間の馬車の旅を経て、ようやくヴァルシア王国が見えてきた。
空を突き刺すような城壁。その向こうに広がる城下町の喧騒。村では見たことのない光景に、思わず息を呑んだ。
「着いたぞ、少年」
御者が笑みを浮かべながら言った。
「頑張れよ、期待してるからな」
「ありがとうございました」
馬車を降りると、城下町の活気が一気に押し寄せてくる。色とりどりの屋台、飛び交う声、漂う香辛料の匂い。生まれて初めて目にする人の多さに、目眩がしそうだった。
でも、今はここで立ち止まっている場合じゃない。
胸の高鳴りを抑えながら進むと、セイクリッド学院の門が見えてきた。広大な庭園、遠くに見える学院本館。招待状を門衛に差し出すと、無言で通してくれた。
「ここで全てが始まるんだ。お母さんが誇れる息子にならないと」
自分に言い聞かせるように呟きながら歩いていると、突然、誰かが肩を思い切り押してきた。
「おい、どこ見て歩いてんだよ」
振り返ると、金髪で鋭い目つきの少年がセオンを睨みつけていた。後ろには取り巻きが二人、不敵な笑みを浮かべて立っている。
「すみません、僕の不注意で」
「貴族の俺様に触れたんだぞ?」
その一言で、周囲の生徒たちがこちらを見て笑い始めた。
「出身はどこだ」
「ハルマベイルという村です」
「ハルマベイル? あんな田舎、どこの国の領地でもない自由民のゴミ村じゃないか」
言葉が刃のように刺さる。でも、言い返せなかった。
「土下座して謝れ」
「……肩がぶつかっただけで、ですか」
「はぁ? 文句あるのか、自由民」
一歩近づかれるたびに、胸が苦しくなる。結局、僕は膝を折って頭を下げた。
「おい、本当にやりやがった!」
「自由民のくせに土下座だけは早いな!」
囃し立てる声が、耳の奥にこびりついた。地面を見つめたまま、唇を噛む。今すぐ、この場から消えてしまいたかった。
その時――誰かの声、誰かの顔。一瞬だけ脳裏をよぎって、すぐに消えた。
断片的な声。知らない声のはずなのに、なぜか初めての気がしなかった。
「時間だ、行くぞ」
金髪の少年たちは笑いながら去っていった。
膝についた土を払う気力もなく、僕はしばらく地面を見つめたままだった。
「大丈夫か?」
駆け寄ってきた教師が、僕の肩に手を置いた。
「あいつはグリムウェル家の息子でな。ここでも特権階級なんだ。すまない、俺には止められなかった」
「気にしないでください」
そう答えたけれど、声は思ったより硬かった。
「……君の名前は?」
「セオン・クレストです」
教師の目が、わずかに見開かれた。
「君が……。試験官の間でも名前が挙がっていた生徒だ。」
「魔法が使えないのに、あれだけの魔力量を保っている。訓練次第では、スキルに目覚める可能性もあると言われている」
名前が挙がっていた。その一言に、僕は思わず目を伏せた。お母さんの言葉は、外れていたわけじゃなかったのかもしれない。
スキル。魔法とは異なる、特別な力。生まれ持つ者か、特定の出来事をきっかけに目覚める者だけが持てるという。
「これが制服と寮の鍵だ。着替えたら入学式会場へ」
「ありがとうございます」
制服に着替えながら、さっきの声を思い出す。
一体、何だったんだろう。
答えは出ないまま、僕は入学式の会場へと足を向けた。
それでも、あの感覚だけは、まだ耳の奥に残ったままだった。




