第1話 あの日の幸福
あの日感じた喜びを、きっと一生忘れない。
セオン・クレスト、16歳。
どこの国にも属さない、50人ほどの小さな集落――ハルマベイルで生まれ育った。
魔法で操られた鳥が運んできた手紙を、何度も読み返す。
差出人はセイクリッド学院。開いた瞬間、目に飛び込んできたのは「合格」の二文字だった。
「合格したー!!」
叫んだ声が、静かな村に響いた。何人かがこちらを振り返る。少し恥ずかしかったけれど、それでも口を閉じることができなかった。
【でも、僕には引っかかっていることがあった。十六になっても、僕は魔法が使えない。普通なら、幼い頃には誰でも小さな灯りくらいは点せる。】
合格通知を握りしめる手に、じわりと汗がにじんだ。
「セオンの優しさや真面目さが、ちゃんと試験官に伝わったんだよ」
母のテアルがそう言って、セオンの頭を撫でた。その手のひらの温かさに、胸の奥がふっと軽くなる。それでも、拭いきれない違和感は消えなかった。
父は聖騎士だった。母もかつては魔導師だった。二人の背中を追いかけて育ったセオンにとって、魔法が使えないという事実は、誰よりも自分自身が一番受け入れられずにいた。
――父は、強かった。それでも、魔族には敵わなかった。
護衛任務の最中、魔族に襲われたのだという。共にいた仲間のほとんどは、あっという間に命を落としたと聞いた。それでも父だけは、最後まで剣を振るい続けていたらしい。
墓の前で膝をついた母の背中を、今でも覚えている。
グロウド・クレスト――父の名が刻まれた墓標を、母はいつまでも見つめていた。あの日から、この村を守れるものは何もなくなった。
だから、決めていた。
「ライトサイドになる。この村を、僕が守るんだ」
独り言のように呟いた言葉に、母は少し驚いた顔をして、それから静かに微笑んだ。
「ありがとう、セオン。……でも、辛くなったら、いつでも帰ってきなさい」
「うん」
短く答えた声が、思ったよりも震えていた。
――――――――
旅立ちの朝。
扉を開けると、村のみんなが見送りに来てくれていた。
「セオン、頑張ってね!」
「絶対に戻ってくるんだよ!」
「無事を祈ってるから!」
「ありがとう! 行ってきます!」
大きく手を振り返す。馬車に乗り込む足が、少しだけ重かった。
「セオン!」
背後から声がした。振り向くと、カイルが息を切らして走ってくる。
カイルとは物心つく前からの付き合いだった。木の棒を剣に見立てて、二人でどちらが先に「聖騎士」になれるか競い合った日々を思い出す。あの頃はまだ、僕も魔法が使えると信じて疑わなかった。
込み上げてくるものを、僕は必死に飲み込んだ。
「頑張れよ、セオン! 俺、絶対に追いつくから。次の試験、セイクリッド学院に入ってみせる!」
「うん……待ってる」
差し出された拳に、自分の拳を重ねる。
馬車が動き出す。村が、母の姿が、少しずつ小さくなっていく。強い日差しの中、頬を伝う熱いものを、僕は拭わなかった。
あの日感じた喜びを、きっと一生忘れない。




