第18話 格の違い
試験官が名簿を読み上げていく。
「Ⅲ組、ソフィア・ムーンハート。相手はロザリナ教員。」
ソフィアが前へ出た。対するロザリナ先生は、いつもの穏やかな笑みのまま杖を構えた。
「よろしくお願いします。」
「遠慮しなくていいわ、来なさい。」
開始の合図と同時に、ソフィアが花弁を散らした。
「花の破裂!」
無数の花弁が渦を巻きながらロザリナ先生へ殺到する。だが先生は水の膜を一枚張っただけで、全てを受け流した。
「悪くないわ。でも、まだ甘いわね。」
本来は回復を専門とする先生だ。それでも、学院の生徒たちにとっては手も足も出ない相手だった。
ソフィアは休まず魔法を放ち続ける。
「花の尖り突き!」
放たれた棘がロザリナ先生へ向かうが、先生は無詠唱で風を生み出し、あっさりと打ち払った。
「なんで……!」
「まだ、魔法の精度が弱いわ。」
五分後、判定は加点一。ソフィアは悔しさの滲む顔だった。
「Ⅳ組、リン・レステニア。相手はアレク教員。」
リンが静かに前へ出た。アレク先生は好奇心を隠さない目でリンを見る。
「噂の剣士か。楽しみだ。」
開始の合図と同時に、リンの姿が掻き消えた。
「――速いな……!」
気づいた時には、リンはすでにアレク先生の背後にいた。振り抜かれた一閃を、先生は咄嗟に短剣で受け止める。金属音が響いた。
「一瞬で後ろを取られるとはな。」
リンはそのまま距離を取り、静かに呼吸を整える。アレク先生はそれを油断なく見つめていた。
しばらくの静寂の後——
リンの姿が、再びアレク先生の視界から消えた。
気づいた時には、切っ先が首筋に寄せられていた。
「――ふっ……参った。」
判定は最大点。会場がどよめいた。
「ありがとうございました。」
リンは短く一礼し、会場を後にする。
アレク先生も剣を収めながら、小さく笑った。
「未来も捨てたもんじゃないな……今後が楽しみだ。」
肩を回しながら、ため息交じりに付け加える。
「はぁ……若かった頃に戻りたいものだな。」
「Ⅲ組、エリック・フロストフォード。相手はガイウス教員。」
エリックが涼しい顔で前へ出た。対するガイウス先生は、無骨な戦士然とした体格をしている。
「優秀と称されている氷魔法使いか。冷たいのは苦手なんだがな。」
「安心してください、すぐ終わらせますから。」
開始の合図と同時に、エリックの周囲に冷気が渦巻いた。
「氷刃の舞!」
開始早々、無数の氷の刃がガイウス先生を包囲する。先生は長剣を一閃し、回転しながら刃を防いだ。
「なぁ、お前はもう選抜戦が確定してるんだろう。この模擬戦はどうでもいいんじゃないか?」
「そうもいきません。一応、名誉みたいなものもありますし——何より、友達が見てるので。」
エリックはそのままガイウス先生へ距離を詰める。
「めんどくさいやつだ。……嫌いじゃないがな。」
ガイウス先生が剣に魔力を込めた。横一線の斬撃が飛んでくる。
「氷の壁!」
エリックは防御に徹し、続けて攻撃を放つ。
「氷結の一撃!」
冷気の塊がガイウス先生に命中した。
「まだまだいきますよ、先生。」
その後もエリックは攻めの姿勢を崩さず、ガイウス先生は防御に専念した。五分間で三度、氷がその装甲をかすめた。
判定は加点三だった。
それからも、多くの生徒が教員との模擬戦に挑んだ。だが、どの組み合わせを見ても、教員たちは危なげなく応じていた。次第に、自分の番が近づいてくることが恐ろしくなってくる。
そんな中、ひとりの生徒の戦いが目に留まった。魔物討伐で5位につけていた、シャルマ・ノイスだ。
「Ⅱ組、シャルマ・ノイス。相手はルイン教員。」
シャルマは緊張した面持ちで会場に立った。
「よ、よろしくお願いします……!」
ルイン先生はじっと見据えた。
「さっさと来い。もう何人も相手にしてるんでな。」
「あ、は、はい。行きます!」
シャルマは腰の剣を抜き、一気に加速した。
「身体強化、瞬速!」
一瞬でルイン先生の目前まで距離を詰める。
「な――」
ルイン先生は魔法で蔦を生み出し、シャルマの足首を絡め取って投げ飛ばした。
「ぐはっ……!」
「今のはブリンクか。悪くない素質だ。」
「あ、ありがとうございます。まだ行きます……!」
その後もシャルマは何度も挑みかかったが、結果は二点で終わった。
「続いて、Ⅲ組、セオン・クレスト。相手はハレス教員。」
自分の名前が呼ばれ、俺は前へ出た。
広場の反対側から歩いてくるのは、見覚えのある教師だった。担任でもあるハレス先生だ。
「次はお前か。」
ハレス先生が拳を握り、関節を鳴らした。
「よろしくお願いします。」
(先生は剣を使わない。距離を詰めての接近戦が専門だ。なら——こっちは距離を保って、魔法で応じる。)
先生の腕に魔力が纏わりつき、皮膚の表面がわずかに岩のような質感に変わった。
「俺はもういつでも構わないぞ。」
拳を軽く突き出してみせる。冗談には見えなかった。
「――始め!」
合図と同時に、ハレス先生が地面を蹴った。
姿が一瞬でかき消える。
「――速――」
言い終える前に、拳が眼前まで迫っていた。
咄嗟に炎の膜を張る。だが直撃の衝撃が全身を貫いた。
「がはっ……!」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
「立てるか?さっきのは様子見だ。」
「……なんて重さだ。」
立ち上がりながら、右手に炎を練った。今度は防御じゃない。
「火炎の球!」
放った炎弾がハレス先生へ直撃する。だが岩の装甲がそれを弾いた。
「効かん。」
先生が再び踏み込んでくる。だが今度は見えた。速いが、動きの起点は読める。
横へ跳んで拳をかわし、その隙にもう一発。
「火炎の嵐!」
炎の渦がハレス先生を包み込む。装甲越しにもかかわらず、先生の顔がわずかに歪んだ。
「――ほう、多少は効くみたいだな。」
炎が晴れると、装甲には黒い焦げ跡が残っていた。それでも、先生の表情は揺るがなかった。
「まだ余裕そうですね。」
「当たり前だ。だが——お前も、思ったより粘るな。」
そこで、試験官の声が響いた。
「時間だ、そこまで。」
ハレス先生が拳を下ろした。
「判定、加点二。」
「ありがとうございました。」
「……まぁ、十分よくやった方だ。」
ハレス先生はニヤリと笑い、去っていった。
◇
全ての模擬戦が終わり、生徒たちは疲れた様子で広場に集まった。
「討伐試験、筆記試験、模擬戦——全ての結果を合算し、明日、最終順位を発表する。」
試験官の言葉に、辺りがどよめいた。
長い一日が、ようやく終わろうとしていた。




