第16話 森の掟
選抜戦まで、残り一か月。
今のままでは勝てない。
リンの斬撃、エリックの氷魔法、グラディスの闇魔法――どれも今の俺とは大きな差があった。
教室で鍛えるだけじゃ足りない。
しばらく考えた末、俺は一つの結論に辿り着いた。
「……実戦だ。」
魔法は使えるようになった。
だが、人に向けて放つのと魔物を相手にするのではまるで違う。
それに――。
(【魔法奪取】も試しておきたい。)
マルコを殺した時に手に入れたこのスキル。
まだ分からないことだらけだ。
選抜戦までに、少しでも多く確かめておきたい。
◇
数日後。
休日を利用し、俺は王国の外れにあるバルスケの森へ足を運んでいた。
この森は魔物が多く生息する危険地帯だが、冒険者も頻繁に訪れるため、学院の生徒でも訓練場所として利用する者は少なくない。
もちろん、エリックたちには話していない。
選抜戦で競う相手ということもあるが、一番の理由はスキルを知られたくなかったからだ。
森へ一歩踏み入れると、湿った土の匂いが鼻をつく。
風に揺れる枝葉が陽の光を遮り、昼だというのに薄暗い。
「さて……。」
魔力を探る。
静かな森の中で、三つの反応がこちらへ近づいてくるのを感じた。
次の瞬間、茂みをかき分ける音とともに姿を現したのは三体のオークだった。
「いきなりオークか。」
棍棒を振り上げ、雄叫びを上げながら突進してくる。
学院で学んだ知識どおりなら、接近戦は危険だ。
距離を取って迎え撃つ。
「――っ!」
右手へ魔力を集中させる。
生み出した炎を、そのまま先頭のオークへ叩きつけた。
炎は胸を貫き、巨体が勢いよく地面へ倒れる。
「グオォッ!」
残る二体が足を止めた。
仲間が一撃で倒されたことに戸惑っているらしい。
(今だ。)
魔力をさらに練り上げる。
「はあっ!」
炎が渦を巻き、二体をまとめて飲み込んだ。
断末魔だけが森へ響き、やがて静寂が戻る。
「……終わったか。」
思ったより手応えはなかった。
だが、初めての実戦で勝てたという事実に、少しだけ胸を撫で下ろす。
俺は倒れたオークへ近づき、スキルを発動した。
──────────
【魔法奪取】
──────────
しかし、何も起きない。
スティールリストにも変化はなかった。
「……やっぱりか。」
予想はしていた。
オークは魔法を使わない。
つまり、このスキルで奪えるのは”魔法を持つ相手”だけということだ。
人間か、あるいは――魔族。
もう一つ分かったこともある。
スティールリストの魔法は複数所持できても、同時に使用できるのは一つだけ。
万能というわけではないらしい。
それでも、一つだけ腑に落ちないことがあった。
なぜ最初から『悪魔の炎』だけ登録されていたのか。
「……考えても分からないか。」
今は強くなることだけを考えよう。
森を見渡す。
まだ魔力反応はいくつも残っていた。
俺は静かに息を吸い込み、歩き出す。
◇
その日から、休みのたびに森へ通った。
ゴブリンの群れを倒し。
毒を持つ巨大蜘蛛と戦い。
魔力が尽きるまで炎を撃ち続ける。
繰り返すうちに、炎の形を安定させられるようになった。
「――っ!」
掌から放たれた炎が一直線に飛び、魔物の額を撃ち抜く。
「よし。」
少しずつだが、確実に成長している。
傷を負えば『癒しヒール』で治療し、また戦う。
学院では得られない経験が、この森にはあった。
―――
数回目の訪問だった。
その日は、狼型の魔物の群れと遭遇していた。
数が多い。一体ずつ相手にしていては間に合わない。
(もっと、まとめて――。)
右手に魔力を練る。いつもより多く、いつもより密に。
炎が掌の上で渦を巻き、圧縮されていく。
「はあっ……!」
放った瞬間、炎は球状の塊となって群れの中心へ突き刺さり、爆ぜた。
轟音と共に、狼たちが一斉に吹き飛ぶ。
「……今のは。」
自分の掌を見つめる。
ただ放っていた炎が、初めて“形”を持った。狙って威力を圧縮し、狙って爆発させた。
これは、奪った力じゃない。
自分の魔力だけで作り上げた、自分だけの魔法だ。
「――『火炎の球』。」
しっくりときた。
―――
それからは、さらに実験を重ねた。
一点に集中させる技はもう掴んだ。今度は、広範囲を薙ぎ払う技を試したかった。
数日後、複数のゴブリンの群れに囲まれた時だった。
囲まれている。逃げ場はない。
(なら――全部、飲み込めばいい。)
両手を広げ、体の中の魔力を大きく解放する。
「――ッ!」
炎が渦を巻きながら周囲一帯に広がった。円状に広がる火の壁が、ゴブリンたちを次々と飲み込んでいく。
悲鳴が重なり、やがて静寂だけが残った。
肩で息をしながら、周囲を見渡す。
焼け野原と化した地面。立っているのは自分だけだった。
「『火炎の嵐』……。」
これも、誰かから奪ったものじゃない。
自分の魔力で、自分の手で、作り上げたものだ。
胸の奥に、静かな確信が芽生えた。
スキルだけじゃない。俺には、俺自身の力がある。
―――
気づけば、森へ来ることが習慣になっていた。




