第12話 気配なき者
学長室を後にした俺は、学院の裏手へ足を運んだ。
昼間でもここに来る生徒はほとんどいない。人の気配もなく、静かだった。
右手をゆっくり前に出す。
「……使える」
指先から、小さな赤い炎がふわりと舞い上がった。スキルじゃない。俺自身の魔法だ。
まだこれくらいだが、訓練していけば……
思わず笑みがこぼれた。
「——あのー」
背後から声がした。
「!?」
反射的に振り返る。そこに立っていたのは、小柄な女だった。茶色の短い髪に、腰には細い刀。まるで最初からそこにいたかのように、自然に立っている。
気配が、全くなかった。
「ここで何してるの?」
少女は不思議そうに首を傾げた。
(独り言、聞かれたか……)
「息抜き。静かだから」冷静を装いながら答えた。
「そうなんだ」
あっさりと返される。特に疑う様子もなく、ただこちらを見ている。
「……君こそ、なんでここに?」
「強い魔力を感じたから来てみたら、君がいた」
あまりにも平然とした口調だった。この距離で、俺の魔力に気づいたのか。
「いつからいたんだ」
「いま来たばかりだよ。そしたら君が炎出してたから声かけた」
(……独り言の後か。)
安堵する一方で、別の疑問が浮かんだ。ここまで近づかれていたのに、なぜ気配に気づかなかった。
しばらくの沈黙の後、少女が口を開いた。
「君、強いね」
「いや、俺なんてまだ全然だよ」
「そんなことないと思うけど。ボクがこの学院で見た中で、君は強い部類だよ」
上から目線だと思ったが、さっきの気配の件が頭から離れなかった。
「それを言うなら君の方が強いだろ。気配すら感じなかった」
少女は少し考えるように視線を逸らした。そして。
「うん、ボクの方が強いよ。魔力量は負けるかもしれないけど、今の君とボクじゃ相手にならないと思う」
迷いも遠慮もない。ただ事実を言っただけ、という顔だった。
否定できないのが、悔しかった。
俺がそう思った瞬間、少女はくるりと背を向けて歩き出した。
「あ、待って。俺、セオン・クレスト。君の名前は?」
少女は立ち止まり、目だけこちらに向けた。
「リン・レステニア」
そのまま歩き出す。
「次会う時は選抜戦だね。楽しみにしてるよ、セオン」
「ちょっと待——」
止める間もなく、リンは足音も気配も残さないまま歩き去っていった。
静寂が戻る。
「……選抜戦?」
それよりも——リン・レステニア。
この学院の生徒で会った誰よりも、強いかもしれない。




