心境
翌日、僕は早々に学校へ来ていた。
特に用事はなく、ただ人がざわめいている中登校するのがいやだからだ。
――ガラ
古めいた教室の扉を潜ると、誰もいないと思っていた閑散とした教室に、一人だけいた。
――僕の席に堂々と座りながら。
「……」
僕は絶句した。呆れた。そして意味がわからなかった。
何故転校生が僕の席になに食わぬ顔しているんだ。自分の席は一つ前の隣のはずだ。
そこで転校生は扉の音に気付いたのか、こちらに振り向き、僕を見てパッと花が咲いたように笑った。それもとてもまっすぐな瞳で。
「おはようっ。桜くん」
笑顔であいさつする転校生。
それと僕のことを名前で呼んだ。今さらっと呼んだぞ。
そういえば僕は転校生の名前知らない。どうでもいいけど。
「……」
僕はそれを無視して自分の席の横に鞄を掛けず、踵を返す。
「……あれ、どこ行くの?」
「……」
僕は答えず教室をあとにした。
1
来たのは図書室。ここは司書の人が朝早く来る為いつも早くに開いている。
僕は適当な所に座り道具を取り出す。江戸前先生に出された課題は昨日の内に終わらした。だから教は別の課題をやる。
僕はよく体質でサボりと思われても仕方ない程授業を休んでいる。だから大抵は教師から課題を出されている。
と言っても、大体が僕から頼んだのだけど。
授業は着いて行かなくても大丈夫だけど、ある程度はこなしていたいから。
「……」
室内は本棚がずらりと並び、様々な本種が束を平行して羅列する。
僕はカリカリとノートに文字を書き綴る。
「……」
どれくらい経っただろうか。
チャイムは鳴っていないと思うから、たぶん一時間目であることは間違いないと思う。
「……はぁ」
一つ溜め息を吐き、首を左右に一回ずつ回す。パキパキと子気味よい音が鳴り、楽になる。
そろっと保健室にでも行こう。
僕はそう思って道具を片付け、図書室を出た。
2
僕は保健室に来たことを光の速度で後悔した。
「あ、桜君いらっしゃい」
「いらっしゃい桜くんっ」
転校生が保健室にいたからだ。
この時点で目眩がした。
「……先生」
「何かな」
「桜くん、どうしたの?」
「……僕寝ます。ベット借りますね」
「ええ。どうぞ」
「次も授業サボるの?よくないよ、桜くん」
なんでいるんだよ。
僕に構わないでくれ。
大人しく教室にいてくれよ……。
僕は頭を痛くして眠りに着いた。
3
夢。
これは夢だとすぐに気付いた。
息苦しく、躰が動かない。
いわゆる金縛りというやつだ。
辛く、苦しく、何かが迫って来ているような……恐ろしい感覚。
これで何度目だろうか。
いったい……いつになったらこの悪夢は終わるのだろうか。
……開け。開くんだ。開いてくれ……。
僕の現実の目は、しばらくは開かない。
不安、焦燥、苦痛に襲われ、早く目を醒ましたいと思い願う。
……もう、いやだ……っ。早く開けっ。開くんだ……っ。
4
目を開けると、そこには見慣れない顔があった。
「――っ?」
僕はとっさに飛び起きる。
ギシギシとベットが音を立て、僕は保健室で寝ていたことを決定付けた。
「わ、大丈夫?」
……なんでここに転校生がいるんだ。
寝起きの足りない頭で考える。
そういえば先生となんか親しく話してたっけ……。
「……いや、それより」
「?」
「なんでここにいるんだ転校生。というか授業は」
時計と僕の認識が正しいなら今は三時間目の最中だろう。
転校二日目のこいつが、サボっていいものか。
「桜くんがサボったから私もサボりましたキリッ」
「……」
……いや、その理屈はおかしい。
「それに、私の名前転校生じゃないよ~」
「じゃあ何さ」
「え、知らないの?」
「まったく興味ない」
「ひどいーっ」
表情がころころ変わる奴だな。ちょっとばかし面白い。
「ま、いいや。教えてあげる」
「……」
「私の名前は佐渡八枝。そして少しひねくれてる君は厳島桜くん」
そんな名前を聞いたような気もしない。覚えはないけど。
「僕の名前フルで覚えてるんだね。もしかしてストーカー?」
「違うよっ」
即答だった。
「じゃあ変質者」
「またしても違うっ」
次も即答。
「じゃあ何さ」
「うぅ……ひどい。でも私がどう見られているのかよくわかったよ。……わかりたくなかったけど」
涙目になる転校生……えっと、佐渡八枝だっけ。
八枝は目尻に涙を溜め、僕をおそるおそると言った様子で上目遣いで見る。
「……もしかして、私のこと嫌い?」
「嫌いだけど何か?」
「……ぐすん」
本気で泣きそうだった。
「なんでそんなに僕に構うんだ?僕なんて放って置けばいいのに」
「だって……」
「一人でいるから可哀想と思ったとか?」
「……」
無言で頷いた。どうやらそうらしい。
余計なお世話だ。
「……あのね。僕は好きで一人になってるんだよ。それを可哀想だからって近寄られると、迷惑極まりないよ」
「……」
「同情するなら金をくれってやつだね。僕の場合は静かでいられる空間だけど」
「………」
「そんな訳で、もう僕に付きまとわないでくれるかな?」
「……………うぅっ」
もう本当に泣きそうだった。
いや、どうすればいいんだ。
「……ん」
「え?」
「やだもん」
「……はぁ。あのさ、いい加減に――」
――ガラッ
扉が音を立て開いた。
入って来たのは先生だった。
「あら、落とし泣き成功?」
「……は?」
先生の言葉を疑った。
八枝を窺う。
「……てへ」
ペロッっと舌を出した。
「……騙したのか」
「……あはは」
「演技だったんだな……」
「えっとー……あはは。ごめんなさい」
シュンと肩を縮めるが、もうどうだっていい。
「……寝る。もう本っ当、僕に関わるな」
「ご、ごめんってばっ!」
「……あらら。もしかして……失言だった?」
「……はい」
あらら。と困った時の先生の口癖を耳にし僕は眠気を誘った。
5
次に目覚めた時にはすっかり日は暮れていた。
「……すー……すー」
そしてなぜか転校生佐渡八枝の寝こけている姿があった。
僕がいるベットの上を上半身だけ乗せて。
「……はぁ」
もはや溜め息しか出なかった。
あと何回言ったら付きまとうのを止めるのだろうか……。いや、止めないだろうな。
……本当、いい迷惑。
「……すー…えへへ」
寝ながら笑うのは、ひどく滑稽だった。
髪は肩にかかるかかからないという位置で、よく見るとサラサラだった。
それに、意外と……顔、綺麗なんだな。
「……うにゅ」
――て、僕は何考えているんだ。
僕はこれまで他人と関わらないようにしてきた。これまでもそうだ。うん。
……でも、こんな無防備で無邪気なところを見せられると、なんだか、やる背なさが押し寄せ、心の堅さが揺らぐ。
……僕はどうしたいんだろうか。
そんな自問自答は空を切る。
「……ん、……あれ?ここは…」
起きたと思ったら、どうやら寝ぼけているらしい。
本当、おかしな奴だ。
「保健室だよ」
僕は優しく教えてやる。
いつまでも突っ張ねても仕方ないしね。
たまには気まぐれを起こそう。
「……そっか。私寝て……ふぁ――ぁ…」
あくびを隠そうともせず、背伸びをして身体をほぐす八枝。
見ていたら気が抜けて、癒された。
いや、癒されてどうする。
「……ん。おはよう、桜くん」
「……おはよう」
なんともまあお気楽な頭なんだ。脳内はどうなっているんだろうか。きっとお花畑に違いない。
僕はそう確信した。
「桜くん、あいさつできる子だったんだね」
「本当に君は人聞きわるいな……」
「だって朝はしてくれなかったから」
「……それは佐渡さんがしつこいからでしょうが」
僕は無意味に避けたりしないっての。
「――あっ」
「……今度は何さ」
今のは耳に響いた。そして頭にも響いた。
さらにイラって来た。
「今、名字だけど、私の名前を呼んだっ」
「……それがどうした」
「だって初めてだったから……桜くんが私の名前呼んだの。名字でも嬉しいよ」
――っ。その微笑みはやばい。今なんか胸に来た。不覚にもかわいいと思ってしまった。
……やっぱり、佐渡八枝、卑怯でずるい存在だ。
少し幼いけども、その整った顔でするあどけない微笑み……甘く、だけど甘過ぎない優しい笑顔。
僕はそこに不覚にもときめいてしまったんだ。
「ふふん」
「……」
にこにこと嬉しそうに吐息を漏らす八枝はすごく女の子らしいと思った。
とても、とても……眩しくて、僕には不釣り合いないい子だと、僕は理解してしまった。
――だから。
「やっぱり……僕は君のことが嫌いだよ」
やっぱり突っ張ねてしまうんだ、僕は。
「……。私は……私は、桜くんのこと、好きだよ」
「――っ!?」
その時の八枝の瞳は、とても真剣で、まっすぐで……今の僕には見詰め返すことができなかった。
6
僕は翻弄されていた。
気まぐれを起こすのではなかった。
いつも大事な場面で失敗する。僕のわるい癖だった。
一人で舞い上がり、一人ですっ転ぶ。
誰も起こしてはくれない。
いつしか僕は他人を拒んでいた。
七転び八起きは、八転び九起きにはならなかった。




