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現在

何日経っただろうか。

僕は初めて登校拒否をした。

それは学校へ行きたくないからではなく、会うのが怖い人がいるからだ。

どちらしろ、学校へ行けば会うから、学校に行きたくないのと変わらないかも知れないが。


「おにぃちゃん。ユキ、学校行くね」


僕は返事しないで布団の中で踞(うずくま)る。


「……。無理はしないでね」


それだけ言い残して立ち去る。

下へ降りたであろう、妹の足音が小さくなり消えた。

僕は目を瞑る。

……。

…………。

………………。

そして目を開ける。

起きた時には冷や汗ができていた。

また金縛りに逢い、悪夢を見たからだ。

最近、頻繁に見るようになった気がする。

あまりにもリアル過ぎて、頭がどうにかなりそうだ。


「……はぁ……はぁ…っ」


やはり寝るのも起きてるのも辛い。


「……課題やろ」


僕は額の汗をシャツで拭い、ベットから降りた。



1

……カリカリ。

チクタクと時計の針が進む音とペン先がノートを擦る音が閑静とした部屋を支配する。

時間はゆっくりなのかどうかもわからない状態で流れてゆく。

その中黙々と手を動かし課題を片付けて行く。

そうした方が余計なことを考えずに済む。


「……」


今何時だろうか。

チラっと壁に掛けてある時計を見る。

ちょうど10時を過ぎた頃だった。

僕は息抜きにネットでも模索しようとノートパソコンを取り出した。

開いて電源を入れる。

パスワードをインプットしてホーム画面に移りインターネットのアイコンをクリック。

とりあえず適当に打ち込む。


――嫌いな人の避け方


出て来た件数は万単位だった。


「……まぁ、こんなものか」


手当たり次第にサイトへ飛び、黙読する。


「……というか、なんでこんなの調べているんだ…僕は」


思い浮かんだ言葉を打ち込んだつもりだったが、結局は考えてしまった。

なぜか僕に近付く転校生のことを。


「……」


僕はもういやなんだ。失敗して、避けられて、自分からも避けて、避けて……見知らぬ振りをして……もうあんな思いはいやだ。


「……どうしたらいいんだよ…」


何も思いつかず、無気力のまま時間が過ぎるばかりだった。



2

時間は昼頃だろうか。

何もする気が起きなくて、ボーッと机の上に突っ伏していた時に、家の中にインターホンが鳴った。


――ピンポーン


誰だろうか。

何かの勧誘だろうか。

出る気もしない。

僕は居留守を決め込むことにした。


――ピンポーン


もう一度鳴り響く。

出る気しないんだってば……。


――ピンポーン


放って置いてくれ……。


――ピンポーン、ピンポーン


時間が過ぎる度に鳴るチャイムは速度を増す。

うるさいなあ、もうっ。


「……誰だよ、本当」


僕は鳴り止まぬ音にイラつきながら一階玄関に向かった。


「……誰ですか」


僕はげんなりしながら玄関の扉を開ける。

そしてそこにはひさしぶりに見る顔があった。


「……えへへ」


それを一瞥して扉を閉めた。

どうやら僕は疲れて幻覚を見るようになったらしい。

なんとも悩ましい……。


『え、あれ……桜くん?桜くーん』


声まで聞こえて来る。これも幻聴なんだろう。

あの転校生がここまで来る理由が見当たらない。

…………いや、ないな。もしそうだとしてもこれは夢だ。幻だ。


『開けてよ桜くん。――ピンポピンポピンポーン――桜くん。桜くーん』


……なんでだよ。

もうここまで来るとストーカーだよ、本当。

そして一周して感心するよ。感心して呆れるよ。


「……」

「もう、帰ろうかな……でも桜くんと話したいし……いや、これもまた試練だよ。うん」


扉を開けると、なんか一人でぶつぶつ呟く少女の姿があった。というか案の定八枝だった。


「……何の用」

「あ、桜くん。やっと出てくれたぁっ。もう嫌われたかと思った~っ」

「……いや、嫌いだけど」

「がーん、ショック。でも私は好きだもん」


――ドキ。

好きという言葉に反応する。

息が苦しい。

やっぱりこの女と一緒にいたら、身が持たない。


「……来たところわるいが、早々に帰ってくれ」

「だが断る!……あのね、わるいと思っているのなら、中に入れて…くれちゃったりしない?」


勢いが劣ろえ最後辺りは遠慮がちに訊いて来る始末。


「いやだ」

「だよね、やっぱりねっ。でもどうしてもお話がしたいんだよ…」


しょんぼりとして元気なさをアピールする。


「……少しだけだぞ」

「――え、いいのっ?」

「…………少しだけだ」

「うんっ」


僕の意思は女の子の笑顔に負ける程に弱かった。



3

訪問者の八枝をリビングに招き入れ、お茶とお菓子を用意する。


「あ、別にそこまでしなくていいのに」

「勝手に押し寄せて来ても客は客だ」

「……ほえー。えらいね」


別にそんなんじゃない。

頭の中で返事をする。

お茶はほうじ茶、お茶請けに手作りクッキーを出す。


「うわ、ありがとうっ。美味しそうだよぉ」


大袈裟だと思うが。

だけどあえて口には出さない。面倒な会話は避けたかった。


「それで、話って」


口にクッキーを頬張る八枝の様子に気が抜けるのを感じながら訊いてみる。


「むぐむぐ……んく。あ、うん。なんで学校に来ないのかなって」

「佐渡さんがいるから」

「……うぅ。わかってたけど、実際に言われると効くよぉ」


なら訊くなよ。


「じゃあ、次はこっちが質問」

「うん。なになに?」

「なんで僕なのさ。他にも仲良く相手はいるだろ?転校生なんだから、そのアイデンティティを活かしたらどうなんだ」

「そだけど……桜くんがよかったんだもん。なんかこう……桜くんを見た瞬間から、この人と仲良くなりたいって思ったんだもん」


理由になってない。

直感で動いていたのか。


「本当は?」

「……本当だもん」

「嘘」

「嘘じゃっ……ないもん」


じゃあなんで自信なざげなんだ。


「……桜くん」

「なに?」

「桜くんは……大切な人とか、いる?」


――ドクッ

大切な人という単語に心臓が跳ねた。

いやな汗が押し寄せる。


「……いた」

「……そう」


僕の返事に目を伏せる。


「私もね……いたんだ。大切な人」


八枝は苦い顔をする。


「でもね、もう会えないんだ。遠くへ……遠くへ行ってしまったから」


顔は僕の方を向いてはいるけど、目の先にあるのは僕ではなく、別の何かだった。

それがわかった時、僕は苦しくなった。


「それは、死んだって……こと?」

「……うん。半分当たってる、かな」

「半分?」

「うん。半分」


半分ってことは、一応生きてはいるってことなのか……?知らないけど。


「その人ね、事故に遭ったんだ……それも交通事故。それでね、私はすごく焦ったんだ。とても大切な、本当に大切な人だったから……」


泣きそうな、苦しそうな顔をする。


「その人はね、もう目を覚まさないの」

「……」

「植物状態だって。私ね、それを聞いた時ショックだったな……でも嬉しくもあった。だって、死ぬかも知れないって、諦めかけてたけど……死んではいないってわかったから」


無理な作り笑いを浮かべる。

僕は黙って話を聴く。


「私は逃げて来た。現実から目を反らすように。その大切な人を残して……だって、怖かったから。いつか失くなってしまうじゃないかって……そんな風に思ったら、とてもその場所に留まることなんてできなかった。だから私は卑怯で最低なんだ……」


声が震えている。

そして僕の目を、どこでもない、僕の目を見る。


「でも、今度は逃げないよ。私は今度こそ本気なんだ。だから……桜くん」


真剣な、とてもまっすぐな眼をして、言う。


「明日、早朝に学校の一番大きな桜の木の下に来て。ずっと……待ってるから」


僕はそれの返事をすることができなかった。



4

早朝。それは何時を指すのかはわからないけど、僕は早目に起きる。

だけどそこから動けない。


「……」


八枝は学校で一番大きな桜の木って言ったけど、そこは学校の告白スポットだ。

それを知って呼び出したに違いない。

それに対し、僕は何を答えればいい。何をすれば……いいんだ。

僕は間違えるのが怖い。嫌われるのが怖い。他人と関わって、失敗するのが恐い。

何より、そんな風に考える自分自身が一番嫌いだ。

他人を避けて、避けて避けて……それで解決した気になって、上手くいかない現実から目を反らして……。僕は本当、何がしたいんだ。


「……はあ…っ」


ごちゃごちゃ考えて、ぐずぐずして、これは僕の昔からのわるい癖だ。

まるで自分がわるくないような答えを探して……本当、僕って奴は…。


「…………よし」


とりあえず学校に向かうことにした。

新しい一歩を踏み出す為に。

僕自身を、取り戻す為に。

そして――八枝に返事をする為に。



5

桜の大樹は学校の裏手にある。

そこは元々旧校舎の中庭にあたる場所だからだ。

僕は今そこに向かっている。

今でも怖いけど……八枝はずっと待ってるって言ったんだ。本当に待つに決まってる。


「転校生が学校を何度もサボりやがって……印象がわるくなったらどうするんだよ」


僕はあいつの、佐渡八枝の心配をしている。

今は自分の心配しなくちゃいけないのに。

学校に着くと、校舎の横をぐるりと回る。

裏手の方には5本の桜の木がある。その真ん中にあるのが大樹だ。

5月だって言うのに、まだ桜が咲いてるよ。

淡いピンクの花びらが舞い散り、春という季節だと言うことをいやでも思い知らされる。

それももうすぐ終わるって言うのに。

そして大樹の下、一つの人影があった。

佐渡八枝だと、それは見なくてもわかった。


「来てくれたんだね」

「いつまで待つかわからないからね」

「ずっと待つよ……来るまで、ずっと」


僕の皮肉に真面目に返す。

それほどに真剣で大事なことなんだろう。


「……」


彼女は口をつぐみ沈黙する。

僕は何を言えばいいかわからず、ただ八枝が言葉を放つのを待つ。


「……」

「……」


しばらく待っていると、彼女の口が震え、ゆっくりと開く。


「……私」


言葉が紡がれるのを僕は黙って待つ。


「私は桜くんのことが好きです。私と、付き合ってください」


僕は身構えていたけど、思ったより身体の反応は正直で……すごく震えていた。これは怖さなのか、嬉さなのか……それともまた別の――。


「……」


彼女は一点の曇りのない眼で僕を見る。

僕も答えないと。焦りが募る。


「……僕は」

「……」


彼女は僕が言うのを待つ。

最近、心臓にわるいことばかり起こるな……。

僕はそんなことを思ってしまった。

彼女があんなにも真剣なんだ。僕もそれに答えないと……。

でも何を言えばいいのかわからない。

間違えたくない。そんな自分勝手なことばかり考えてしまう。

もう、あんな失敗はしたくない。

でも、何を言えばいいのか……わからない。


「……」

「……」


……いや、わかってはいる。わかってはいるけどそれを言うのが怖いんだ。

昔の失敗を恐れ、また失うのが怖いから。

でもそれでいいのか?彼女はあんなに僕にぶつかろうにしているのに、その当の僕がこんな情けなくて。昔の二の舞になりたくないんじゃなかったのか?だったらまた踏み出せばいい。そしてまた失敗したらまた踏み出せばいいんだ。

わかってる。わかってるんだ。

そんなの、僕だって……。

だったら言えよ。その持ってる答えを、佐渡八枝にぶつけてやれよっ。

自問自答の末、僕は垂れていた顔を上げ、彼女、佐渡八枝と向き合う。


「……僕は。……僕は君が、佐渡八枝が嫌いだ」

「……」


言葉を紡ぐ。例えそれで、悲惨な目にあっても。


「……でも、どこか嫌いになれない自分がいる。それは、僕が君を、他人を嫌いになろうとしていて、避けていたからで……本心ではなかった。だから、僕は本当のことを言う」


だから伝える。それがどんな未来になろうとも。


「……僕は、佐渡八枝、君が好きだ」


例え後悔しても、何もしないで後悔するよりは、まだましだ。


「…………それが僕の本心だ」


僕がそれを伝えると、彼女の目から、何滴もの水の雫が流れていた。

泣いているのだ。ボロボロと水滴が頬を伝い落ちる。


「……ふぇ。……う、涙がとまらないよ…」

「……」

「……え」


僕は黙って抱いた。それしか今の僕にはできなかった。

優しい言葉もかけてあげることができなくて、涙を拭いてやることさえも、頭にはなくて、ただ……そうしてあげたいって思った。


「……泣いていい。泣いて、いいんだよ」

「……うん。うん。……うぅっ」


もう僕は迷わない。これが正しいのかも、昔の僕を克服できたのかもわからない。

けど、僕は自ら進むことを選んだ。

これは、自分で決める道で、現在(いま)だから。

もう過去には縛られない。そう思い、願い、僕は一歩を踏み出す。


そして、僕は……僕と彼女は明日を見据えるのだ。



6

朝、少し遅くなって教室の扉を開ける。

自分の席へ座り、鞄を横にかける。


「おはよう。桜くん」


笑顔であいさつをして来たのは、顔を見なくても声でわかった。


「……うん。おはよう。八枝」


僕と彼女は少し照れながらもあいさつを交わし合う。


「……なんだか改めると、照れるね」

「……ん、そうだね」


それでいい。少しずつでいいんだ。

僕達は歩き出した。

今は5月半ば。まだ桜は咲き続いている。


「私達……なんだかいい感じだね」

「それはどうだろうね」

「うわ、桜くんいじわるだ」


まだ開きかけの花びらの僕達だけど……いつかは完全に開くのを待つんだ。

それがいつになるかはわからない。

だからこそ、僕達は笑う。


「あはは」

「……あは、は」


外を見ると、やっぱり桜は舞い散っていた。


これで前編は終わりです。

次は後編です。少し出て来た妹の雪が中心となって出て来ます。

でもやっぱり最後は……。


では、次があることを信じて。

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