ボス部屋改装、うっそだろ、おい!
バードンマンが、ちらりとラグナを見た。
開始の合図でも頼むつもりか。
──そう思った刹那。
黒い塊が、視界を埋めた。
「野郎っ、せこい真似を!!」
物凄い速さで飛び込んできた。
反射的に斜め前に踏み込み、盾で体当たりを受け流す。
間一髪、直撃を避けた。
緊張と威圧の中で、スローモーションのように視界が流れる。
ギャリギャリと盾の装甲がゆっくりと削り取られ――衝撃が過ぎ去ると、巻き戻る感覚と衝撃に姿勢が崩れた。
「くそっ──」
その隙を嘲笑うかのように、大鷲の鳥人は天井近くまで跳び上がる。
既視感が警鐘を鳴らす。ぐるりと旋回、そして。
一直線に、落ちてきた。
──ご丁寧に、さっき見せたアレか!!
「なめん、な!」
手早く白いキューブを操作する。
着地地点に『結着する罠』を展開し、すぐさま横へ飛び退く。
風切音が遅れて届き、落下した巨躯が石床を踏み砕いた。
割れ砕かれた床材が跳ね上がる。
同時に、衝撃地点から立ち上がった青白い粘性網が破裂し、螺旋を描くように大翼の大男を巻き取った。
決まった──
『大鷲の鳥人』ごと、幾重にも巻き付いた強粘性の網。次の瞬間、ビシリと音を立てたソレは、大きな繭となって締め付けた。
猛獣さえも動きを奪う代物だ。これで試合終了といっていい、だが。
「――浅知恵、ご苦労!」
大翼が広がる。軽く振り払うように。
粘性網が、いとも容易く引きちぎられた。
それだけで終わらない。鋼鉄の羽根が散弾のように放たれた。
機関銃のような勢いで床から壁へと穴が走る。
受けきれるのか?!
咄嗟に盾の陰へ身を丸めたが──それがいけなかった。
「あぐっ?!」
何かに肩を掴まれる、万力のような衝撃で。
痛みに目を細めた次の瞬間、世界が反転した。
上空に放り出されたと理解した時には、もう遅い。
『鳥さんの勝ちです。
下剋上された不憫なマスターを、抱きとめてください』
「ふむ。承知した」
屈辱だった。ラグナの毒舌も、今だけは受け止めきれない。
放物線を描いて落ちた俺を、大鷲の鳥人が、軽々と抱き止める。──それも、お姫様抱っこで。
英雄にはなれなくても、中堅冒険者の矜持くらいはあった。
それが今、見事に粉砕されてしまった。
「最初の威勢だけは良かったぞ、管理者殿」
何も言い返せない。
ゆっくりと地面に降ろされると、全身の力が抜けた。
足がよろめいたのは疲労のせいじゃない。……自尊心の方だ。
大鷲の鳥人は満足気に息を吸い込むと、力強い声色で俺の思考を押さえつけてきた。
「それでは約定通りだ。
私が勝った。ここを雑木林に改装してもらおう」
有無を言わせないとはこの事か。
背後のラグナもウキウキとした表情で見てくる。
「……わかったよ」
遅かれ早かれというやつだ。
だが、主導権を握られたようで、胸中が掻き乱される。俺は、また負けたのか。
情けない気持ちをせめて隠すように、拳の力を解いた。
観念して、手のひらに白いキューブを出現させる。
音もなく、澄んだ輝きが静かに立ち上がる。
視線操作で起動すると、空中にダンジョン全体の立体映像が立ち上がった。
俺のダンジョンが、ミニチュア模型みたいに表示される。
ボス部屋を選択し、詳細な情報を操作する。
地形、環境、属性、魔物湧出傾向、生態系バランス……
管理画面が次々に開き、雑木林に変更する要素が展開される。
この辺りは正直わからない。
いつもダンジョンにお任せで構築しているのだ。
それにても……思わず、苦笑が漏れた。
「高ぇな……」
雑木林に改装するのに必要なダンジョンスコアの消費量。
だが、問題はないだろう。
昨晩から大鷲の鳥人が好き勝手に狩り散らかしたおかげで、ダンジョンスコアは見たこともない数値まで膨れ上がっている。
それでも、大部屋の、それもボス部屋の改装は初めてだった。
できれば、少しずつ改装して変化を楽しみたかった。
……まぁ、約束だからな。
俺は、改装条件に目を通し、ボス部屋を雑木林に変更する意思を確定した。
地形:起伏増加
植生:広大な雑木林
環境難度:上昇
視界制限:中
▶ 改装実行
光のラインがホログラム内を走る。
──『ダンジョンスコアを消費し、第一階層・ボス部屋を雑木林に改装します』
天井から、いつもの無機質なアナウンスが落ちる。
ラグナと変わらない声色だが、当の本人は我知らずと大鷲の鳥人の鉤爪をつついてる。
「……あれ?」
何も起きない。
石床はそのまま。空気も変わらない。
──『特注素材が選択されていません』
「はい?」
──『改装に必要な適合素材が不足しています』
いや、聞いてない。聞いてないぞ……?!
何か、嫌な予感が過ぎる。
──『不足分を補填します。管理者イスルギの存在値を消費します』
「ま、待てまてまてまて!!」
手元の白いキューブが強く発光した。
──『レベルが1低下しました』
「うっそだろ、おい!!」
胸の奥から、何かが“引き剥がされる”感覚。
心臓の鼓動がワンテンポ遅れた。
気だるいような重みがのしかかり、同時に身体が軽くなる。
慌ててステータス画面を確認するがもう遅い。
【レベル:34 → 33】
下がっちまったじゃないか!
焦る間にも、現実のボス部屋の床が、びきびきと音を立てて割れ広がり、石床が土へと変質していく。
苔が走り、根が伸び、若木が芽吹き、瞬きの間に、景色が“屋内”から“広大な森”へと塗り替わった。
天井の岩盤は霧と枝葉に隠れ、光は木漏れ日へと変わる。
レベルを対価に、雑木林が産声を上げた。
──何が……いけなかった?
ホログラムに表示された改装ログを見て、俺は言葉を失った。
▶第一階層 改装ログ・ボス部屋
千年大樹 ×1
高木 ×600
低木 ×3000
緑のダム ×2
精霊の通り道 ※所持していません
豊穣のゆりかご ※所持していません
光の柱 ※所持していません
「……なん、だ、そりゃ」
所持していない。
つまり、ダンジョンスコアだけでは創れない?
「見たことも聞いたこともないぞ、こんなもん」
精霊の通り道……豊穣のゆりかご?
「どうやって集めろってんだ……」
一流冒険者になれば辿り着くのだろうか。
英雄だけが入手できる領域なのか?
愕然とする俺をよそに、大鷲の鳥人が大木の枝へと飛び乗る。
その姿は、既に“この領域の主”そのものだった。
『マスター、鳥さんが気持ちよさそうに、寝そべってます。
ラグナもあれがやりたいです。
管理人室にハンモックを要請します!』
他人事みたいに言ってくれるな。
こちとら数日でレベルが二つも下がってしまったんだ。
「……覚えとけよお前ら。
次の増築費は天引きだからな!!」
誰も返事はしなかったが、俺のうちの何かが告げていた。
ダンジョンは確実に“強く”なっている。
そしてたぶん──俺は、少し弱くなった。




