階層ボスが下剋上宣言しやがった
ボス部屋の扉をくぐった瞬間、軽口でも叩いて出方を探るという気は失せた。
空気が重い。
──準備が足りないなら引き返せ、か。
無言の圧が、喉の奥で言葉を詰まらせる。
部屋の四隅に転がっているのは、なんだ?
巨大な岩の塊が積まれている。
いや、鱗に覆われた長い胴体が幾重にも折れ曲がっている。
黒曜に濡れた額が特徴的な大蛇──『地底の抱擁』。
階層主クラスの魔物だ。それも数体。
それが、四方の壁際に無造作に討ち捨てられていた。
「ボスクラスが……湧いたのか」
大鷲の鳥人の気配が、この部屋の環境を書き換えたのかもしれない。
強い生物がいる場所に、強い魔物が引き寄せられる。
ダンジョンとは、そういう場所だ。
『一晩で、弱小ダンジョンが初見殺しと化してしまった件』
ぴょんっ、と俺の脇から前に跳び出し、ワクワクした表情で振り返るラグナ。
「……ああ、だが、一階層しかないウチのダンジョンには、過酷すぎる環境だ。
食事は構わないが、もう少し力を抑えることはできないのか?」
視線だけを上げて声を投げる。
天井近く、新たに切り出したような石柱の影。
そこに、巨大な翼がゆっくりと動いた。
「管理者殿か」
低く、愉悦を孕んだ声が降ってくる。
「なんの。こやつらときたら、我が寝床に湧き出したようでな。
可食部は少ないが、力を取り戻すには悪くない手合いなのだ」
ゆらりと翼を広げて降り立つ巨体。
床がわずかに沈む。
無意識に息を詰めていたのを、ラグナが腹をつついて気づかせてくれた。
──というか、でかくなってないか?
筋肉の張り。鋼の如き羽の艶。飛行ゴーグルの奥から漏れる眼の光。
昨日より、……レベルも上がってるよな。
平然を装って、手元に白いキューブを出現させる。
視界の端を操作して、鑑定画面のウィンドウを立ち上げた。
▶ 階層主:■■の■■
ステータス:開示拒否
「ん。……え?」
表示はそれだけだった。口元が引きつる。
開示拒否なんて、初めて見たぞ。
──この鳥野郎、何考えてんだ?
頭上から、喉の奥で転がすような笑い声が落ちてきた。
「俺にステータスを見せたくない理由でもあるのか?」
ちらりとラグナの様子を見る。
いつも通りだ。ラグナは無警戒に大鷲の鳥人に近づき、兵装に覆われた筋肉や、鋭い鉤爪を弄んでいる。
つまりは、ダンジョン側は、これを正常扱いしているらしい。
「管理者殿にお願いがあってな。
そう易々と手の内を晒しては、興が削がれるだろう?」
「……何が言いたい」
ぞわり、と空気が重くなる。
バードンマンは石造りのボス部屋を見渡し、
最後にゆっくりと、視線を合わせてきた。
「翼の調子を確かめたくてな。軽く、ダンジョンを散策した」
ドンッ──!!
視界から巨躯が消える。慌てて目で追うと、大鷲の鳥人は、既に上空から見下ろしていた。
「だが、どうも寝付けなくてな」
巨体が旋回し、垂直落下に降り注ぐ。
次の瞬間、ボス部屋が揺れるほどの衝撃が、石床を荒々しく砕いた。
「良い“寝床”が見つからん」
着地と同時に空振が生じ、衝撃が胸を打つ。
土埃が顔を打ち付けるが目を逸らしてはいけない。
「管理者殿よ。ゲームといこうではないか」
『おっふ。何ということでしょう……昨日、修繕したばかりのボス部屋が、まるで料理研究家がキッチンごと爆発させたような仕上がりに』
カッコつけた大鷲の鳥人の決めポーズに対して、うちのラグナさんが水を差す。
聞こえてないふりして固まってるじゃないか。
おかげで少し、冷静になった。
「……言いたいことは大体わかった。
要するに、ボス部屋の改装だろ?
ゲームとか面倒な手順踏まなくても、もう少し──おい待てって」
大鷲の鳥人の周囲の空間が揺らめいた。
うねるような戦意が、物理的な圧となって肌を撫でる。
勝手に重心が落ち、腕が反射的に武器を構えた。構えさせられた。
「合理的なのは嫌いではないが、──それではつまらん事もある」
おいおい、マジかよ。
『マスター、準備したほうがいいですよ。
鳥さんは“序列”を確認したいそうです。
ラグナは、少し楽しみです』
「軽く、ひと当てといこう。私が勝てば、この部屋は、広大な雑木林に変えてもらう」
鋼の輝きを散らして、大翼が広がる。
「失望させるなよ、管理者殿」
マスクに隠れた口元が、わずかに吊り上がったように見えた。
「命の保証は──置いてこい」
──来る。




