めっちゃ荒らしとるやないか
『大鷲の鳥人』を召喚してから、翌日。
俺はいつものように、ダンジョンへ足を踏み入れた。
入口をくぐった瞬間──違和感に、足が止まる。
「……なんだ?」
空気が、違う。
湿っぽい石の匂いも、通路に残る魔物の気配も、どこか研ぎ澄まされている。
息を潜めているような、不穏の溜まりに耳裏がざわつく。
違和感を抱えたまま、石壁の回廊を東へ進むことにした。
他の冒険者に見つからないように警戒しながら。
しばらくして曲がり角を抜けると、視界が開け草地にたどり着いた。
踏み固められていない地面。
遠くに見える、緩やかな丘。
突然景色が変わるのもダンジョンの醍醐味だ。
侵入してくる者への無言の警告。
──準備が足りないなら引き返せ。
いつもなら、ここに足を踏み入れたところで、背後から草原の猟犬が噛みつくように飛び出してくるのだが。
「……そういうことね」
風が届ける香りと共に理解した。
注意深く周囲を見渡すと、草木が所々荒れている。
地面には、爪痕とも槍痕ともつかない、深い抉れ。
不機嫌な羊の姿も、まばらだった。
昨日まで、やたらと突進してきた連中が、まるで間引かれたかのよう。
「……さっそく食事か」
再び魔物が湧き出すまでは、まだ時間がかかるだろう。
ただ、この静けさは都合がいい。
今日は草地の丘を少し広げて、ボス部屋まで、なだらかな傾斜の道で繋げる予定だ。
ラグナの意見を採用し、曲線を意識して動線を整えておきたかった。
俺は足を止め、手元に白いキューブを取り出す。
ダンジョンを作るための、資産額。
階層ボスを召喚するために消費したが、まだ少しある。
どれくらい残っていたかと軽い気持ちで数値を確認し、固まった。
「…………ダンジョンスコア……増えすぎだろ、これ」
表示されている数字が桁違いに増えていた。
明らかに、ダンジョン内で異変が起きている。
「……どんだけ喰ったんだよ」
思わず、呟く。脳裏に浮かぶのは、あの重たい翼。
値踏みする視線。
「大鷲の鳥人め、俺のダンジョンで好き勝手しやがって……。
ありがとうございます!!」
奴にとっては食事だろうが、魔物を狩ってダンジョンスコアを稼いでくれたんだ。ハグしてお礼を言いたいくらいだ。
こうなると分かってたなら、早く召喚しておけばよかった。
『ラグナは見ました。
吠えるワンちゃんを鷲掴み、逃げ惑う羊さんを空へ運ぶ大きな翼……
出た、バードンマン!』
めっちゃ荒らしとるやないか。
振り向くと、涼風に髪をなびかせた小さな影がいた。
ラグナだ。
さっきの怪談話の続きをやる気なのか、わざとらしく顔を歪めてこちらを驚かせにくる。
……驚かないけど。いや諦めろよ、驚かないって。
代わりに、乱暴に頭を撫でてやる。
『わひゃっ、ひょええ!』
「いつもなら管理者部屋でテレビでも観てる時間だろ。こんなところまで、どうしたんだ」
『大鷲の鳥人が、話があるってラグナのところに来たので。
ボス部屋で待つよう、返事しておきました』
「え。……やだ、重いって」
ぼやきつつ、手元の白いキューブを操作する。
草地の丘が、じわりと広がっていく。
緑が連なり、石造りだった天井は、いつの間にか青空へと変わっていた。
ダンジョンの『部屋』は、一定以上の広さを持つと、環境に応じて壁や天井の在り方そのものが変化する。
『労働者の声を聞くのも、管理職の務めですよ』
空の高さを感じるように両手を突き出すラグナの背を見守りながら。
「……どこで覚えたんだよ、そんな言い回し」
仕方なく、丘の端へと移動した。
今度は、ボス部屋へと続く通路の構築だ。
理屈は相変わらずよく分からないが、扉で区切らない限り、次々に作った通路は、自然と“あぜ道”のような形を取りながら、向こうへ向こうへと続いていった。
──そろそろ来ると思ってたよ。
駆け足を隠そうともしない下手くそな不意打ちを躱して、通り過ぎる影を蹴飛ばす。
悲鳴を散らしながらも飛び掛ってくる――『草原の猟犬』だ。
飛び出してきた1体を斬り伏せ、振り返ると追加で3体。
適当にあしらって仕留めると、一息ついて気が付いた。
いつの間にか、作ったあぜ道は丘を回り込むように悠々と傾斜を描いていた。
草原の向こうはどこまで続いているのだろう。なかなか良い景観だ。
足元の、まだ新しい土を踏みしめ、肺を空気で満たす。
『そういえば、今朝のテレビで面白いニュースがありました』
唐突に、ラグナが思い出したように言った。
「おいおいラグナさんや、自分でハードルなんて上げちゃって。
とうとう衆議院が解散した?」
『……経済新聞しか読まないマスターに教えてあげましょう。
今日のエンタメ速報。新進気鋭のレベル30冒険者 六道カズヤ。
美人ダンジョン配信者と、深夜の高級街で密会!?
二人はネオンの灯りに消えた……!』
ぴし、と、指が止まった。
「びじ――レベルがあがるの、早くないか?
……いや、密会が羨ましいとかそういう事ではなくて」
『ラグナは、マスターが六道カズヤに向ける、人目をはばかるほどの深い感情を知っています』
金髪をいじり、からかうように唇をとがらせる。
「いやいや、恨みな。憎くもある。あと嫉みね。レベル返せよ、こんちきしょう」
『羨望ではなかったですか?
“ダンジョンは夢を掴む場所だ”』
「うおおおおい! なに人の日記読んでるの?!」
即座に照れを隠したが、しっかり下からのぞき込まれた。
笑い過ぎだ。あれは、駆け出しの頃に書いた自分へのスローガン。
ダンジョンに潜れば、全て努力で報われると思っていた。青い熱だ。
テレビの画面越しに笑う六道カズヤは、なりたかった未来そのものだった。
『偶像は偶像のままにしておくのが、一番なのです』
「凄く大人な事言ってるけど、ぜったい意味わかってないよな」
鼻歌交じりに駆けていくラグナを追いかける。
たわいない会話をしているうちに、あぜ道の先に、見覚えのない抜け穴が現れた。
「……ん?」
ボス部屋の手前だ。
通路の脇に、小さな石造りの部屋が口を開けている。
「こんなところに、部屋なんて作った覚えないぞ」
気配を消して中を覗くと、ひんやりとした空気が頬を刺した。
部屋の中央には、ひとつだけ見覚えのある箱が置かれている。
「宝箱……部屋……?」
『おお!』
ラグナの声が弾む。
『ダンジョンが拡張されて、活性化してきた証拠ですよ。
物知りなラグナが思うに、これは宝箱部屋です』
「そんな都合のいい話、あるのか?」
半信半疑のまま、宝箱に近づく。簡単に探るが、罠の類はなく、鍵もかかっていない。
開けてみると、中には数枚の紙幣と、ガラクタが入っていた。
……ひび割れた小手。刃こぼれした長剣。
へし折れた魔法杖……どれも、使い込まれている。
「……まぁ、戦利品には違いないか」
俺はそれらをリュックに詰めると、宝箱に蓋をした。
ダンジョンは安全な場所ではない。
引き際を誤った奴が、いた。そういう事だろう。
無謀にも、最奥の奴に挑んだ勇者でも現れたか?
宝箱部屋を背に、ラグナと共にボス部屋へと向かった。
さて……わずか一晩で、俺のダンジョンを掌握した階層主との対面だ。
『ラグナにまで緊張が伝わってきます。ぞわわ』
「うるせいやい」
一晩だ。活性化なんて、可愛い言葉では済まない。
背負ったリュックの布地越しに、折れた杖が、ミシリと俺の背を押した。




