バレたら、どう説明すればいいんだ
腕時計を見ると時刻は、夕暮れに差し掛かっていた。
もうじき外は仕事を終えた社会人で溢れる時間帯だ。
俺は探索帰りを装って、そそくさとダンジョンの出口を抜けた。
……バリケードが、無残に壊されている。
立ち入り禁止のロープも千切れたまま放置されていた。
「六道カズヤめ……」
複数の痕跡から、あいつの蛮勇目当てに無理やり突っ込んだ馬鹿が他にもいたのだろう。
あるいは本人か。どちらにしても碌な話じゃない。
顔を上げると、視界に広がるのは寂れた商店街だった。
シャッターの下りた店。色褪せた看板。
振り返れば、異物のように口を開けるダンジョンの入口。
現代社会に突如現れた亜空間──ダンジョンは、もはや日常に溶け込んでいた。
危険はあるが、管理がされた「利用施設」というのが世間のイメージだ。
かつては魔物が溢れ出し、都市機能が麻痺したらしい。
そんな話も、今では授業で習う過去の出来事でしかない。
今や行政の管理は、新人研修用から、未踏破のまま封鎖された危険区域まで、多岐にわたる。
そして、俺のダンジョンはというと──
「いやいや。あんな名前、俺は認めないからな」
考えるのをやめて、歩き出す。
向かったのは、商店街から出た先の、オフィス街に建つ、小綺麗な建物だった。
自動ドアをくぐり、賑わいを抜けて受付カウンターへ向かう。
「査定と換金を頼む」
受付に座っていた若い女が、気だるそうに返事した。
「……はい。カード出して、査定品は隣のカゴに入れてください」
目はスマホから離れない。
いつものことだが、相変わらず失礼な態度だ。
言われるままカードを差し出すと、
女はようやく顔を上げ──カードを一瞥した瞬間、口元をわずかに歪めた。
「Dランクの、イスルギさん」
呆れ混じりの小馬鹿にした声音。
「今日も『ゴブリンの石穴』帰りですか」
……不名誉なダンジョン名だ。
試行錯誤しながらダンジョンを作ったら、たまたまゴブリンが多めに湧いただけなのに。
今や別の意味で俺の所有物だと知られたくない。
どうせバレるのなら「え?! あの凄いダンジョンが!!」くらいの箔は欲しい。
受付嬢は、汚いものを摘まむような仕草で、俺が持ち帰った戦利品を洗浄箱へ放り込んだ。
無機質な光が走り、査定処理が始まる。
ほどなくして、結果が俺のスマホに送信された。
「……おい。少なくないか、これ」
「知りませんよ。AIが判定したんですから」
そう言い切ると、彼女はもう俺を見ていなかった。
指先は次の処理へ。視線は画面の向こう。
「もういいですか?
私、無駄な会話はスキップしたい派なんですよね」
ここで食い下がっても意味はない。
わかっている。わかっているが──
日雇い労働者と大差ない収入額を見て、胸の奥が少し冷えた。
今日も、半額セール祭りへの参加が確定である。
探索者センターを後にした俺は、装具の点検を終えると、頃合いを見て馴染みのスーパーに立ち寄った。
店内に流れる陽気なBGMを聞き流し、既に戦いが始まっている惣菜コーナーへと直行する。
悲しいかな、こんな時にダンジョンで磨かれた所作が発揮されてしまう。独壇場だ。
半額シールを貼る店員と客の隙を奪うように、目当ての惣菜を抜き取り帰路についた。
『……あはは、みんなありがとう! そうなんだ、今日の『野良ダンジョン』、あれは本当にひどかったよ』
手元のスマホが、鮮やかな光を放っていた。
画面の中、六道カズヤは高級ホテルのラウンジらしき場所で、白い歯を見せて笑っている。
俺のダンジョンをクリアして、あの後どうしたのかが気になったのだが、見るんじゃなかった。
『そうだね、入り口のバリケードは誰がやったんだろう。
ダンジョンの中は至って平凡。直線だらけの楽勝な所だった。
ゴブリンや、ウルフ系がたまに出るくらい。駆け出しにはお勧めの狩場じゃないかな』
配信画面には、投げ銭をしながら称賛のコメントばかり。
アンチコメントを探すが見当たらない。なぜだ。顔だけのイケメン野郎め。世の中おかしいんじゃないか。
『レベルアップの秘訣かい? それは継続する事さ。
より多くのダンジョンに潜り、修練を繰り返す。何事も続けることが大事なんだ。
そして、放置された“野良ダンジョン”を攻略する事が、みんなの安全に繋がっていると信じている。
冒険者なんて古臭い。これは、ダンジョン探索者の使命さ』
お前はどこの大英雄だよ。みんな、こいつがレベル28の初級冒険者って事わかってるのか?
優雅にシャンパングラスを傾ける六道カズヤの顔面が憎たらしい。
その手指には、今回の報酬で得たのだろう【筋力増強の指輪】が、輝かしい名声を伴って反射していた。
低級ダンジョンでは中々手に入らない逸品だ。
俺のダンジョンの報酬からドロップしたのに、俺も持っていないのが悔しい。
ため息を我慢していると、いつの間にか我が家にたどり着いてしまった。
見栄を張って、住みだしたタワーマンション。その四階にたどり着く。
感知センサーが扉を開錠し、中に入りがてら「ただいま」と独り言ちる。
靴を脱ぎ、向かった先はウォークインクローゼット。いつもの動作でスライドさせた。
『今日も、中堅探索者の実力が激安スーパーで発揮されてしまったぜ』
「おかえり、でいいだろ。そこは」
引き戸をあけた先には、金髪をぴょこぴょこと跳ねさせた謎の少女ラグナがいた。
お察しの通りだ。
そして、低所得にも関わらず、俺が引っ越しできない理由でもある。
俺の部屋は──ダンジョンと、繋がっている。
誓って言うが、俺は何もしていない。本当だ。
ある日、寝室で爆音が轟き、急いでクローゼットを開けたら、中身が、きれいさっぱり消えていた。いや、ダンジョンが広がっていた。
……これ、バレたら、どう説明すればいいんだ?




