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元エリートおっさんの配信ダンジョン~違法迷宮は調子に乗った奴から全滅する  作者: 夷摺木 帳(イスルギ トバリ)


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閑話 六道カズヤの誤算①

 普通の生活が羨ましい。

 ……自分の意志で自分を制御できるのだから。


 高級ホテルの一室。

 窓の外に広がる夜景を眺めながら、俺こと六道《りくどう》カズヤは物憂げに、手元の指輪を転がした。


 先日、ダンジョン攻略の報酬で得た『剛力の指輪』だ。俺が名付けた。

 それがレアアイテムだと知ったのは、配信の後。

 映像を見た視聴者が「何処でドロップしたんだ」と羨ましがり、ちょっとした騒動になった。

 それからは以前にも増して冒険者仲間や、ゴシップ誌の関係者が群がってくる。


 そんなに珍しいのか?

 さらりと引き当てた自分の幸運値に呆れてしまう。


「宿命というやつか……有名になりすぎるのも困りものだね」


 当然、自宅には帰れない。仕方なくホテルに滞在し、年代物のヴィンテージなど嗜んでいでいる。

 どうせならばと、記者やギルド関係者に「実力を知らしめる為にも」格調高いホテルに泊まってやった。


「うわっ、スゴい! ふかふかなソファですぅ。

 素敵な部屋ですね、カズヤ様っ」


 声がする方へ向きなおると、豪奢なソファに寝そべる少女が親しげに笑いかけてきた。

 先日共にダンジョンへ潜った人気のダンジョン配信者、氷見《ひみ》レナちゃんだ。

 仕事仲間であり、今は、自慢のくびれボブが乱れるのもお構い無しに、広めのソファをゴロゴロと堪能している。


「レナちゃん。突然訪ねてきたのもビックリしたけど、こんな時間にどうしたんだい?」


 彼女とは、同じ高校からの付き合いで、卒業を期に知り合った。お互いに泥だらけで、ダンジョン内で自己紹介し合ったのが懐かしい。

 ゴブリンに襲われていた所を助け出したら「カズヤ様」呼びされるようになってしまった。

 少し痛い子だ。 


「カズヤ様!  見ましたか、今日のトレンド。

 興味深いニュースというか、面白い動画が流れてるんですよ!」


 ガバリと起き上がったレナの声は、どこか興奮に弾んでいた。

 忙しい身ではあるが、情報収集はプロの探索者として大事な事だ。

 彼女に促されるまま、タブレットを開いて動画をタップした。


『……おーっす、みんな生きてるか?

 「ダンジョンで死なないための迷宮術」チャンネルの時間だ』


 画面に映っているのは、五人組の冒険者パーティだった。


『さっき、コラボ先で死にかけましたけどね』


『うっせ、うっせ!

 あんなのカウントに入らないって。

 冒険者稼業は命がけだからよ、皆も俺たちの配信を参考に、安全な冒険を心がけてくれよな』


『今日は、大吉《だいきち》さん。

 例の場所に来てるんですよね?

 先日からレアアイテムがドロップするって噂の――』


『『『ゴブリンの石穴、ウェーイ!』』』


 彼らが身につけている鎧や武器は、初心者向けとは一線を画す業物なのか、よく使い込まれているものばかりであった。

 見た目を重視する俺としては、そんな事より装具の趣味が悪い、と鼻で笑ってしまう。

 鎖帷子《くさりかたびら》に、獣のファーストールとか、ダサいし、臭いそうだ。


 何の素材かまでは分からないが、そんなに大した事ないんだろう。

 冒険者達は、俺の配信で偶然映ったダンジョンのクリア報酬──『剛力の指輪』の噂を聞きつけ、検証するという名分で、「例の野良ダンジョン」に乗り込んだ様子だ。


『ここが期待の新人が言ってた「楽勝な狩場」ってわけだな。一応、油断するなよ』


 画面の先では、軽快な口調とともに段取りのよい陣形で、冒険者達がサクサクとダンジョンの奥に進んでいく。


『なんか、つまらんダンジョンだな。

 こんなところで六道君は頑張っちゃてるのね』


『おい、普通に虫がいるぞ。どこの田舎だよ。

 もはやダンジョンなのか、洞窟なのか』


『直線ばっかりで欠伸が出るっす。

 本当にここで『筋力増強の指輪』が出たんすかね。ほら、六道君が厨二くさい呼び方してる……『剛力の指輪』。笑える』


 冒険者たちは、俺が挑んだダンジョンをネタに、少し悪ふざけが過ぎている。

 油断大敵なんだ、ダンジョンを甘く見るな中年共《ちゅうねんども》め。


 だが、無意識に眉がピクリと動いた。

 ……待て。こんな分岐、俺が潜った時にあったか?


 動画の中のダンジョンは、記憶よりも遥かに複雑化していた。

 さらに、彼らが抜けた先には、以前の殺風景な石造りの回廊ではなく、広大な草原エリアが広がっていたのだ。


 ……この草原は何だ?

 この前の探索で見落とした?

 いや、そんなはずない、単調な洞窟だった。


 俺の困惑をよそに、動画内の冒険者たちは順調に「宝箱部屋」を見つけ出してしまった。

 期待に胸を膨らませて箱を開ける彼ら。

 羨ましいとも思いつつ、自分が得るはずだった宝箱の存在に心の内で毒づいてしまう。

 そんな擦れた気持ちも、次の瞬間には肩をすくめて笑ってしまった。


 配信画面の向こう側で大盛り上がりしていた冒険者達が、悪態をついて喚《わめ》いたから。

 宝箱の中から出てきたのは、ひび割れた盾や、破れたマントといった「ガラクタ」の山だった。


『はあ!?  なんだよゴミ箱かよ』


『六道カズヤ、やっぱり配信用のヤラセ疑惑確定だな』


 なんだと、けしからん奴らめ。

 チャット欄には俺のファンも混ざっているのか、『運のない奴らw 乙』だの『ゴミ拾いご苦労様』といった嘲笑中心のコメントが溢れる。


「レナちゃん、これのどこが面白いんだい?

 ただのガラの悪い連中の愚痴じゃないか」


「ふふ、カズヤ様。問題はその“後”ですよ。

 一気に後半まで飛ばしてみてください」


 レナの言葉に従い、動画をスキップする。


 それは・・・・・・まさに驚きのひと言だった。


 ノイズが走る様に、スピーカーから漏れたのは、先ほどまでの余裕が嘘のような、悲痛な叫びだった。


「……え?!」


 画面の中の冒険者たちは、暗い洞窟内を死に物狂いで逃げていた。

 ドローンカメラが激しく揺れ、録音された呼吸音には、死に直面した特有の震えが混ざっている。


『どういうことだよ!』


『ぐああああっ!! 何かが──見えない速さで、何かが……っ!』


『狙われてるぞ、固まるな!』


『無理っす、直線だから通路に分岐がねぇ!』


 重ねた装甲の上から、深い穴を穿たれた戦士が転倒する。


 ――ドドドドドドッ ドドドドドドドドッ!!


 起き上がる前に、連弩の様に何かが突き刺さり、さらに悲鳴が上がった。


『こいつ、まさかコン――ぎゃぁああ!』


 黒い弾丸のような影が、すぐさま脇見をした冒険者に殺到する。


『ヒビキ! ユウマ!!

 くそっ、何だよここ……本当に噂の『ゴブリンの石穴』なのか?!

 初見殺しにも程がある!!』


『こんな時に軌道《きどう》が――何か照らすものはないか!』


『喋るな走れ走れ――突き当たりで別れるぞ!』


 数日前に俺が「駆け出しにお勧めの狩場」と太鼓判を押したはずの場所で、彼らは正体不明の脅威に晒されていた。


 配信のチャット欄には、様々な憶測が飛び交う。

 音の鳴りから設置型の機関銃だの、魔物の群れなど……ただの石穴に対して話が飛躍し過ぎだ。


 俺は、努めて冷静に観察し「これは不注意で悪質な罠にハマったな」と結論づけた。


 俺ならもっと慎重に行動するさ。

 彼らのこれは、大声でダンジョン内を闊歩した不真面目さによるものだろう。

 油断が生んだのだ、自業自得だ。


 配信はもう終盤にさしかかっていた。

 冒険者は二手に分かれた後、謎の脅威をやり過ごして何とか合流したようだった。

 なるほど。ここらで攻略を諦め、チャンネル登録でも呼びかけるのかと。

 そう思ったが、どうやら違う様だ。


『ここなら、遮蔽になる……少し休もう。くそったれ』


『六道カズヤ……! あの野郎! 許さねぇ……!』


『何がゴブリンに、ウルフ系だ――本当に攻略したのか?

 雑木林の奥から異常な気配がしたぞ』


『……ボアだ。大木に擦れた跡があった。やばいくらいデカい』


『マジかよ。このダンジョン、一階層しかないんだぞ。

 何かおかしい……。……ん?』


 カメラが捉えたのは、一瞬だけ画面を横切った「とてつもない速さの塊」だった──。


 次の瞬間、重量級の冒険者がまるで小石のように空高く放り投げられ、ドローンから見切れる。


『なん──うぉおお?!』『たす──』


 何かが彼らに襲いかかり、カメラが映さない死角で、圧倒的な蹂躙が行われた。


 ──ズシャリ。


 床を踏みしめる重い音が閉幕を告げる。

 その響きを残して、配信は唐突にブラックアウトした。

 直前、鋭い鋼のようなモノが突き刺さった様に見えたが……それを考察できるものは、此処にはいなかった。


 チャット欄は一転して炎上だ。


『通報しろ!』『警察、ギルドに連絡を!』といった叫びがログを埋め尽くしていく。


「ね、ヤバイでしょ。

 あのダンジョン、カズヤ様が攻略した後で、暴走が始まったんじゃないかって。

 すでに考察Tuberが盛り上がってます」


 冷水のように差し込まれたレナの声に、俺は一瞬だけ身を強張らせた。

 俺のせいで、ダンジョンが暴走した?

 心がざわつく。何かが俺を責め立て、駆り立て、震い立つ。

 これが義憤なのか。

 

「……なるほど、状況は分かったよ。レナちゃん」


 口から出た声色は、思う以上に自信に満ちていた。

 ダンジョンで非業の死を遂げた、冒険者達。

 その悲劇は、他ならない彼らの「実力不足」が招いてしまったのだ。


「彼らは油断したんだ。あんな低級ダンジョンに負けるなんて。

 探索者として準備も足りなければ、プロとしての自覚も足りないよ」


 俺の胸中には、彼らの蛮勇への悲しさはあるものの、それ以上に『正義』が燃え上がっていた。


「ああいう命知らずな連中にまで被害が出るのは、俺の本意じゃない。

 参ったね、まさか俺の偉業が起こした悲劇とは。

 この責任は誰かが取らねばならないとするのなら、俺が負うべきだ」


「カズ君……様」


「ふふ。一応、俺もプロだからね。

 どうやら、あのダンジョンをもう一度『正し』に行かないといけないようだ」


 窓に映る自分の姿に激励するように、俺は不敵に微笑んだ。

 そう言えば、ファンの一部がタイムアタックを希望していたと思い出す。

 次の配信にも、ちょうど良いネタだ。


 暴走した『ゴブリンの石穴』を、最短に攻略するもの悪くない。

 遠く視線の先、ダンジョンの最奥で強敵が生まれたとしても、俺の敵ではない。

 何故なら、俺は一度攻略している。

 次はもっと楽しませてもらいたいくらいだ。


 新進気鋭のエースが、暴走したダンジョンを最速で攻略し、また一つ伝説を刻む。


 うっとりするようなレナちゃんの視線を受け、俺は夜景広がる街並みに背を向けた。

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