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元エリートおっさんの配信ダンジョン~違法迷宮は調子に乗った奴から全滅する  作者: 夷摺木 帳(イスルギ トバリ)


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2/9

居候のダンジョン少女

 足早に移動しボス部屋に足を踏み入れた瞬間、も抜けの殻と化した殺風景な大部屋に落胆した。


 ──くそっ、逃したか。

 

 報酬が入っていた空箱が虚しく転がっている。

 すでにダンジョンを踏破した六道《りくどう》達の陰はない。

 その代わりに、中央に立ち尽くすのは、ダンジョンには不似合いな少女の背中。


 近づくと流れるような金髪が、淡く揺れた。

 振り返った蠱惑的な瞳は、宝玉のように澄んで──次の瞬間、呆れたようなジト目に変わる。


『不甲斐ないマスターが、ようやく到着しました。

 ラグナは、失笑を禁じ得ません』


「第一声がそれかよ」


 自分を『ラグナ』と名乗るこの少女は、先ほどダンジョン内に響いた無機質なアナウンスと、まったく同じ声をしている。


 ダンジョンそのものが実体化した存在──少なくとも、俺はそう理解している。

 たぶん。まぁ、要するに共同運営者だ。


「どうぞ笑ってくれ。こちとらレベルまで下がった凡人マスターだ」


『……へっ』


「おい。今、笑ったな?」


『マスターが惨めの底まで叩き落としてくれと言ったので、

 ラグナは心を鬼にして、切なく嗤ってあげました』


「そこまで言ってないよね?

 あと、その言い回し、絶対わざとだろ」


『頭の上からうるさいです』


 ラグナは俺を一瞥すると、ふいっと視線を逸らした。


『ラグナは今から修繕(リペア)で忙しいので、

 頭でも撫でてください』


「傷心のマスターへの気遣いが雑すぎないか?」


 文句を言う間もなく、ラグナは小さな手を虚空へとかざした。


 空間が、清涼な音を奏でて揺らぎ始める。

 波紋が水面に広がるように、魔力がボス部屋全体へと行き渡っていく。

 ひび割れていた床は静かに塞がれ、焦げ跡の残る壁も、みるみるうちに元の石壁へと戻った。


 いつもの――何も起きていないかのような、ボス部屋の姿だ。


 言われるまま、俺はラグナの頭に手を置いた。

 さらりとした髪。

 撫でると、彼女の耳がぴくり、と動く。

 甘い吐息が、微かに漏れた。


『……あ。

 冷蔵庫のケーキは、二つとも美味しかったです』


「二つとも、食べたんかい」


『今日の修繕(リペア)は腕が鳴るぜ。

 ラグナは、いつもの二倍は頑張った気がします』


「因果関係がおかしいだろ……」


 まぁ、いい。

 ケーキくらい、また買えばいいだけだ。

 俺は小さな頭をもう一度撫で、ボスのいないボス部屋に背中を向けた。

 途端に感じる、どこか意味ありげな視線に、気づかないふりをしながら。


「……わかってるよ」


 可愛い顔して、ペシペシ足音を立てるんじゃないよ、まったく。

 空っぽの広間へと視線を戻す。

 いかにも、何かが待ち構えていそうな装飾が施された広間だ。


 空のボス部屋。


 誰もいないというわけにはいかないので、いつもスーパーで買った鶏肉を置いている。

 しばらくすれば緑の小鬼(ゴブリン)達が数体は集まるのだ。

 まぁ、だからこそ、容易に踏破される。


『何度も言っています。

 ラグナは、ボスを務めることができます』


 そう言って、彼女は拳を握りしめると、

 シュシュ、と拙いシャドーボクシングを始めた。


「……」


 その姿を見て、俺は深く肩を落とす。

 こんな華奢なボスなんて、見たことがない。

 ちょっと大きめの緑の小鬼(ゴブリン)でも据えたほうが、まだそれらしく見えるだろう。


『な、なぜため息をつくのですか』


 頬を膨らませるラグナに、俺は指を伸ばし、その柔らかい頬を、ぷにっと突き刺した。 


『ぷぎゅっ』


「ありがとな」


 礼は、言っておく。

 何も考えなしでダンジョンを放置しているわけじゃない。──当てなら、ある。


 視界の端に浮かぶアイコンを、視線で操作する。

 インベントリが開き、俺はその中から一つを選択した。


 手のひらに現れたのは、白く、淡く光るキューブ状の物体だ。


『さっき50pt使ったので、残りは375ptです』


 宙に浮き上がり、神秘的にゆっくり回転するのは──ダンジョンコアだ。

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