居候のダンジョン少女
足早に移動しボス部屋に足を踏み入れた瞬間、も抜けの殻と化した殺風景な大部屋に落胆した。
──くそっ、逃したか。
報酬が入っていた空箱が虚しく転がっている。
すでにダンジョンを踏破した六道達の陰はない。
その代わりに、中央に立ち尽くすのは、ダンジョンには不似合いな少女の背中。
近づくと流れるような金髪が、淡く揺れた。
振り返った蠱惑的な瞳は、宝玉のように澄んで──次の瞬間、呆れたようなジト目に変わる。
『不甲斐ないマスターが、ようやく到着しました。
ラグナは、失笑を禁じ得ません』
「第一声がそれかよ」
自分を『ラグナ』と名乗るこの少女は、先ほどダンジョン内に響いた無機質なアナウンスと、まったく同じ声をしている。
ダンジョンそのものが実体化した存在──少なくとも、俺はそう理解している。
たぶん。まぁ、要するに共同運営者だ。
「どうぞ笑ってくれ。こちとらレベルまで下がった凡人マスターだ」
『……へっ』
「おい。今、笑ったな?」
『マスターが惨めの底まで叩き落としてくれと言ったので、
ラグナは心を鬼にして、切なく嗤ってあげました』
「そこまで言ってないよね?
あと、その言い回し、絶対わざとだろ」
『頭の上からうるさいです』
ラグナは俺を一瞥すると、ふいっと視線を逸らした。
『ラグナは今から修繕で忙しいので、
頭でも撫でてください』
「傷心のマスターへの気遣いが雑すぎないか?」
文句を言う間もなく、ラグナは小さな手を虚空へとかざした。
空間が、清涼な音を奏でて揺らぎ始める。
波紋が水面に広がるように、魔力がボス部屋全体へと行き渡っていく。
ひび割れていた床は静かに塞がれ、焦げ跡の残る壁も、みるみるうちに元の石壁へと戻った。
いつもの――何も起きていないかのような、ボス部屋の姿だ。
言われるまま、俺はラグナの頭に手を置いた。
さらりとした髪。
撫でると、彼女の耳がぴくり、と動く。
甘い吐息が、微かに漏れた。
『……あ。
冷蔵庫のケーキは、二つとも美味しかったです』
「二つとも、食べたんかい」
『今日の修繕は腕が鳴るぜ。
ラグナは、いつもの二倍は頑張った気がします』
「因果関係がおかしいだろ……」
まぁ、いい。
ケーキくらい、また買えばいいだけだ。
俺は小さな頭をもう一度撫で、ボスのいないボス部屋に背中を向けた。
途端に感じる、どこか意味ありげな視線に、気づかないふりをしながら。
「……わかってるよ」
可愛い顔して、ペシペシ足音を立てるんじゃないよ、まったく。
空っぽの広間へと視線を戻す。
いかにも、何かが待ち構えていそうな装飾が施された広間だ。
空のボス部屋。
誰もいないというわけにはいかないので、いつもスーパーで買った鶏肉を置いている。
しばらくすれば緑の小鬼達が数体は集まるのだ。
まぁ、だからこそ、容易に踏破される。
『何度も言っています。
ラグナは、ボスを務めることができます』
そう言って、彼女は拳を握りしめると、
シュシュ、と拙いシャドーボクシングを始めた。
「……」
その姿を見て、俺は深く肩を落とす。
こんな華奢なボスなんて、見たことがない。
ちょっと大きめの緑の小鬼でも据えたほうが、まだそれらしく見えるだろう。
『な、なぜため息をつくのですか』
頬を膨らませるラグナに、俺は指を伸ばし、その柔らかい頬を、ぷにっと突き刺した。
『ぷぎゅっ』
「ありがとな」
礼は、言っておく。
何も考えなしでダンジョンを放置しているわけじゃない。──当てなら、ある。
視界の端に浮かぶアイコンを、視線で操作する。
インベントリが開き、俺はその中から一つを選択した。
手のひらに現れたのは、白く、淡く光るキューブ状の物体だ。
『さっき50pt使ったので、残りは375ptです』
宙に浮き上がり、神秘的にゆっくり回転するのは──ダンジョンコアだ。




