ダンジョンがクリアされました
誰しも、人に言えない秘密があるはずだ。
かつて防衛省がその気にさせた「国家の矛」の極秘選抜。
国土交通省が利権集約に推し進めた前人未到の深部探索。
いつごろから世界に現れた欲望の澱に浸かって。
俺もまた、特大の秘密を抱えてる。
俺は……国に黙って、ダンジョンを所有している。
効率よく最強を目指す?
楽してスローライフ?
そんな、ありきたりな理由じゃない──
これは、人生を賭けた生存戦略だ。
どういう意味か。そのままだ。嵌められたともいえる。
自分に都合のよい未来を期待して、そんなものは幻想だと思い知った。
ダンジョンは所有者にも牙を剥く。
普通に魔物は襲ってくるし、油断すれば死ぬ。
世界は非情だ。甘い希望はロストレベルという現実の前で砕け散った。
それでも、だから、俺は今日もダンジョンの奥にいる。
「……マジかよ。
レベル35で習得したスキル、めっちゃ便利なんですけど」
湿った石壁を見上げ、かすかに光る魔力苔の様子を確認する。
手をかざすと、視界の端にアイコンが表示されるので、視線で『直線通路を作る』を選択した。
途端に目の前の石壁が重厚な音を立てて流動し、空間が開ける。
わずかな間で、数メートルの通路が完成だ。
そう、ここは俺が管理している──いや、現在進行形で作っているダンジョンだ。
魔物の配置、罠の難度、階層構造。
すべてを把握している……はずなんだが。
「思考までは、読めないってか――」
背後から不穏な気配を感じて飛び退く。
石壁を擦る金属音が空振り、床に落ちた刃から甲高い音が反響した。
――ヒヒッ。
媚びるような声。盾を構えて振り返った先には、錆びた小剣を手に持つ猫背の魔物がいた。
――『緑の小鬼』だ。
「グリーンカラーの癖に、わらわらと」
小鬼の体色は緑。最弱で、そして狡賢い。
不意打ちも、卑屈な声音も、全ては俺の油断を誘ってる。
目の前の一体を素早く切り伏せるも、間髪なく倒れる仲間を蹴飛ばしてきやがった。
「そういうところ、だぞ」
ひらりと躱して壁を背に見渡す。
既にぐるりと囲まれていた。
想定より、湧きが早い。
ダンジョンは生き物だ。放っておくと、勝手に成長する──だから、管理が必要になる。
程よい通路設計。徘徊者を引き込む小部屋。
適度な間引き。
「毎日毎日、面倒くさいんだよな」
ものの数分で手際よく小鬼の集団を片付けた、その時だった。
耳慣れた、無機質な声が天井から響く。
──『ダンジョンがクリアされました』
「…………え?」
思わず動きが止まる。
クリア?
誰が?
今日は侵入者が来る予定はないはず──
──『踏破者、六道カズヤ様。レベル28』
「……なッ」
嫌な名前が出た。
あの若手の成り上がり冒険者だ。
最近やたらと評判がいい。
協会公認、配信付きの若手スター探索者。
慌てるようにスマホを取り出して、動画配信サイトにアクセスした。
ほんの数十分前のライブ配信を見つけて再生する。
『――はい、皆さんこんにちは! 冒険者チャンネル『六道の軌跡』へようこそ! 今日も隣には、大人気配信者の氷見レナちゃんが来てくれています!』
スマホの画面越しに、眩しいほどの笑顔が弾ける青年がカメラ越しに笑いかけてきた。
背景は、今にも崩れそうな古い商店街の空き店舗。そこはダンジョンの入り口だった。
『みんなーっ、ヒミレナだよ。
カズヤ様、今日のターゲットは、この不気味な『野良ダンジョン』なんですよね?』
『そうだよ、レナちゃん。見てごらん、入り口に人工的ともいえるバリケードが……。
魔物が人間の真似をしているのか、それとも誰かが悪戯したんだろう』
『最近、不審者が出入りしてるなんて噂もありますからね。気味が悪いですぅ』
ちがう。今日はダンジョンをメンテナンスするために、入り口にバリケードを築いたんだ。
だが、六道カズヤは格好つけた手つきで、俺が時間をかけて丁寧に構築したバリケードを蹴り壊した。
『さあ、行こうか。放置されたダンジョンを、正すんだ』
配信画面には『カズ君、流石!』『不法投棄みたいなダンジョンw』といった視聴者のコメントが滝のように流れている。
あいつめ、少々の異変などお構いなしに踏み込んできやがったのか。
わざわざダンジョンの外に作ったんだぞ。
普通は警察か役所が立ち入り禁止にしたと思うだろ。それがなんで……。
──『ダンジョンスコア50ptを消費し、踏破特典を進呈しました』
「待て待て待て!」
天井から淡々と続く声に、思わず叫びながら、配信映像をスキップする。
動画配信の終盤だ。六道カズヤは、ボス部屋の扉を優雅に開け放った。
『危ない! カズヤ様!』
扉を開けるや否や、死角から小柄な鬼が、油断しきった男女に飛び掛かった。
六道カズヤは、一瞬ひるむも、配信者の女性を庇って腕を負傷する。
「カズヤ様!」
「大丈夫だよ、レナちゃん。
……この程度の低級種。くらえ、『豪・火炎連斬』!」
叫びとともに、炎をまとった大振りの回転斬りが複数の魔物を切り裂いた。
撮影が上手いのか、画面からはみ出すように炎が渦巻く迫力だ。
「イタい技名で叫ぶなよ……ただの【火属性付与】だろ、それ」
配信画面のチャット欄には、盲信的なファンしかいないのか、祭りのように騒ぎ立てている。
『……おや、この奥がゴールだね。あまりに簡単すぎて、配信の尺が足りないかな?』
カメラがボス部屋の最奥、光を放つ白いキューブを映し出す。そこへ手をかざして……。動画を止めた。くそっ、また、やられた。
ダンジョンを攻略された。
そこへ、待っていたかのように、天井から声が落ちる。
──『ダンジョンコア再生のため、管理者イスルギの存在値を消費します』
「いい加減にしろよ、六道カズヤッ!!」
──『レベルが1低下しました』
次の瞬間、全身を襲う虚脱感。
体が、重い。いや──軽すぎる。
盾を叩いた手が思ったよりも痛く、乾いた響きが反響した。
急いでステータス画面を開く。
【レベル:35 → 34】
「……レベルが、おい、まさか?!」
声が裏返った。
「ちょ、待て!
何度もレベルを下げるな、やりすぎにも程が──」
──『ダンジョン維持のため、必要な処理です』
「そんなッッ、くそ!」
俺は壁に拳を叩きつけた。
つまりは、そういうことだ。
俺はダンジョンを所有している。
だがそれは、所有しているだけで得をする代物じゃない。
誰かが踏破すれば、俺は損をする。
成果は踏破者に搾取され、俺はレベルが下がり、力を失う。
それでもダンジョンを手放せば、今まで注ぎ込んだ時間も、命も、全部無駄になる。
国には言えない。ギルドにも。・・・・・・内緒で所有しているのだ。
知られたら、即没収──下手をすれば逮捕。
「……はは」
情けない笑いが漏れた。
動画配信のチャット欄には、レベルが上がった六道カズヤの成長を褒め称えるコメントで溢れている。
俺はスマホをしまい祈るように手をかざすも……何も起こらなかった。
「……やっぱり無くなってる」
レベル35で得たスキルを失い、虚無感に満ちた溜め息が漏れる。膝から崩れ落ちそうだ、それでも。
「……ボス部屋、修繕するか」
小指の力は、ほどけなかった。
ダンジョンの奥で再生するコアが脈打つのを感じながら、剣の柄を握り直す。
まだ、終わったわけじゃない。
弱小ダンジョンの所有者、俺の名はイスルギ。
今日の目標は、報酬に浮かれて油断した不法侵入者を叩きのめす。
取り敢えず、話はそれからだ!!




