第63話 雪の精霊③
ボワロンがフレイネルと付き合い始めた頃のこと。
「私の旦那になるんだったら、大隊長ぐらいにはなってもらわないとな。私、世界3位の魔女だし。プラリネにヒモ男とか言われるのも嫌だし」
冗談めかして言った事があった。
後で言いすぎたかもと後悔したので、ボワロンはよく覚えていた。
フレイネルはその言葉を真に受けた。
忙しく仕事をしたのは昇進するためだった大隊長になって結婚を申し込む、フレイはそう心に誓っていた。
「ムーちゃんにビンタされたあと、しばらくしてから大隊長に昇進したんだ。あの後一度も会ってくれなかったから、今日たまたま見かけて今日しかないと思った」
跪き、ボワロンを見上げるフレイネル。
フレイを見下ろすボワロン。
指輪は、いつ弁解のチャンスが来てもいいように、薬草などを入れる携帯用のケースにずっと入れていた。
「俺と、結婚してください」
もう一度フレイネルは言った。
「……」
何も言わないボワロン。
指輪が美しい輝きを放っていた。
◇
ボワロンが、まだ一時保護施設にいた頃の大晦日、子供たちが待ち望んでいた雪の精霊が、ついにやってきた。
「わー! 本物だー!」
喜ぶフレイや他の年少の子供たち。
「なんか院長っぽいな、この精霊」
「本当ね、院長にそっくり」
「だから来なくていいって言ったのに」
一番年上の3人にはすぐ見抜かれる精霊。
「さあさあ、フレイネルくんにはこれをあげよう」
雪の精霊がプレゼントが詰まった大きな袋からお菓子を取り出す。
「わーい! 精霊さんありがとう!」
お菓子を抱き抱えて喜ぶフレイ。
「さあ、君たちにもこれをあげよう」
3人にもお菓子を渡す。
「んー、お菓子もらえるなら、中身が院長でもまあいいけど」
「私も、別に文句はないわ」
「私はもっと別のものがいい」
年上の3人がそれぞれ言った。
「ほー、ボワロンちゃんは何が欲しかったのかな?」
「そんなの教えない!」
怒気を含んだ声でそう言ってどこかへ行くボワロン。
ボワロンは精霊信仰を絵本にした作品を読んで気に入っていた。
その内容は、意地悪な家族に虐げられていた少女の願いを雪の精霊が叶えて、本当の家族が迎えにやってくるという話だった。
◇
時は過ぎ。
ボワロンの気持ちは、ステアとの生活によって多分に癒やされた。
その為、今度は自分で家庭を持ってみたいとボワロンは思うようになっていた。
フレイネルに浮気された年の大晦日、雪の精霊を祀る寺院の前で、泥酔したボワロンは祈りを捧げていた。
「長命なあんたの年齢からしたら、私なんてまだ子供みたいなもんだろ。だから願いを叶えてくれよ。家族が欲しい、家庭を持ちたいんだ」
そして翌日、酔っていたとはいえ恥ずかしいことをしたと、ボワロンは激しく後悔した。
◇
「早くしてくれないか?」
ルシェミが黒い液体を魔法で抑えながら言った。
「誤解だったんだし、受ければいいじゃないボワちゃん」
プラリネも促す。
「雰囲気があんまりよくないのかも」
「私たち、控え室かどこかへ行きます?」
「こんな状況じゃ、落ち着いて返事もできねーよな」
気を遣う教員たち。
顔の前で祈るように手を組んで、キラキラした瞳で二人を見守るヴィヴィアン。
「ボワロン、さっさと決めな」
「デリカシーがありませんわミリ」
「……」
ガサツなミリをたしなめるアルマナと、職務に忠実な魔法重騎士4人。
「はよう決めたらどうじゃ、ボワロン」
「私の若い頃を思い出しますな」
せっかちな姫と、笑顔のニルヴァネージュ。
「こんなことしてていいのかよ」
仏頂面のベンシー。
「もう限界だぞ!」
ルシェミが吠えた。
それを受けてボワロンが、
「んーッ!! わかったよ!」
覚悟を決めた。
「じゃあ、ほら」
そっぽを向きながら左手を差し出すボワロン。
一瞬驚きつつも、慌てて指輪をはめるフレイネル。
「必ず幸せにする」
指輪をはめ終わると、フレイが決意の籠った笑顔で言った。
ボワロンはそのまま横を向いた。
顔の前にその手をかざして指輪を見る。
「アステア、子供は何人欲しい?」
指輪を見ながら聞くボワロン。
「1人、養子を迎えよう」
即答するフレイネル。
「はは、いいね」
フレイを見るとボワロンは笑った。
次の瞬間技が発動し、9つの奥義が一つになった。
◇
ボワロンの頭上で、その魔法はバチバチと音を立てていた。
「ボワロン、少しの間そのままでいろ!」
ミリはボワロンの後ろで飛び上がると、
9つの奥義が一つにまとめられた魔法を圧縮し始めた。
ボワロンの頭上で、巨大な光球がみるみるうちに小さくなる。
圧縮が進むたびに空気が震え、地面が揺れた。
「よーし! いいよ!」
ミリのその言葉に頷くとボワロンは叫んだ。
「はあああああああああああああ!!!!!」
ボワロンが掲げた腕を振り下ろす。
放たれた究極魔法は、地響きと共にその力場によって地面をえぐりながら進み、ルシェミの光の魔法を砕き、黒の液体に命中した。
巨大な爆破音が響き、爆風が辺りを包む。
闘技場と、それを覆う結界は爆風によって砕け散った。
◇
爆発による煙が晴れた。
少し離れた先で黒の液体を魔法で閉じ込めていたルシェミを、ヴィヴィアンが介抱しているのが見える。
その先に、砕けて一部しか残っていない闘技場が見えた。
黒の液体は消滅していた。
闘技場の屋根は吹き飛び空が見えていた。
チラチラと雪が降ってきている。
「……」
ボワロンは空を見上げた。
「どうやら一件落着のようじゃな」
「よくやったよ、みんな!」
笑顔の姫と、ニルヴァネージュ。
「ふーやれやれ、これでここの修繕費はボワロンに請求できるね」
「全く、何言ってるんですか」
自分が壊した時より、ボワロンが激しく損壊させた事で安堵するミリと、怒りながらも笑うアルマナ。
「ふう、どうやらうまく言ったみたいだな」
「ええ」
「はっはっは、よかったよ本当に」
「今日は、飲みに行きますか」
気が緩んだのか、私語を喋り出す魔法重騎士たち。
「早速結婚式場探さないと!」
「私は海の見えるところがいいと思いますわ」
「湖の方がシックでいいだろ」
「年末だからどこも休みだってば」
人の結婚式場をどこにするか勝手に相談する教員たち。
「は一あ、疲れた」
頭の後ろで手を組むベンシー。
「終わったな」
そう言いながら、ボワロンの肩を抱くフレイネル。
「触んな」
フレイネルの腕を掴んだままくるりと背中へと回り、彼の肩関節を決めるボワロン。
「お前さっき、聖騎士の女にキスされて悪い気はしなかったって言ったな? やっぱり浮気だったんじゃねーのか!」
「いててててててて、違うって!」
自身の極められた肩を叩いて、ギブアップの意思を示すフレイネル。
「おーい大丈夫かー?」
ボワロンとプラリネの旧友、ムーランが医療班を連れて空から降りてきた。
そして、フレイの肩を極めるボワロンを見る。
「これ何やってんの?」
「さあ? ただのスキンシップじゃない」
プラリネがジャレつく二人を見て笑った。
この地方には、雪の降る大晦日には雪の精霊が現れて、子供たちの願いを叶えてくれる、そんな民間信仰があった。
「本当だろうなー!」
「痛てててて! 本当だってばー!」
雪がおだやかに降っていた。




