第61話 雪の精霊①
ボワロンが技を失敗するのには理由があった。
技には発動条件があり、それを満たせなくなっていたのだ。
技を発動する条件は——一定範囲内ならば——自由に決めることができた。
ボワロンは、聖騎士フレイネルと付き合い始めた7年前に、この技を会得した。
その時の勢いで、次のような条件付けにしたのだが、後日それを後悔する。
それは、『愛の力を信じて念じる』ことだった。
1年前に浮気され、それを信じることができなくなっていた。
一度決めた条件は変更できない。
以来、技は使用できなくなっていた。
◇
ムース・ボワロンとアステア・フレイネルは同じ一時保護施設の仲間だった。
身寄りのない子供たちは、里親が見つかるまでのあいだ、その施設で過ごす。
一歳年下で犬派のフレイネルは、同じく犬派のボワロンによく懐いていた。
その当時、施設の子供たちの中では、猫派が多かったのだ。
ある年の瀬、フレイネルが、
「ここには雪の精霊さん来ないの?」
とボワロンに聞いた。
年末になると、親が子にプレゼントをあげるイベントがあった。
そのイベントは、土着の精霊信仰と結びついているので、フレイのような言い方となる。
「来るわけないだろ、ここは家じゃないんだから。雪の精霊は家にしか来ないんだよ」
ボワロンが突き放すようなことを言うと、フレイネルは泣き出してしまった。
「やーい、ムースがフレイ泣かしたー!」
他の子にからかわれるボワロン。
「まあまあ、どうしたの? よしよし大丈夫よー」
この施設の職員であるステア・オルストリアがやってきてフレイネルを慰めた。
何があったか尋ねるステアに、先ほどボワロンをからかった同い年のレタン・ネフィルが答える。
「ムースが、ここには雪の精霊は来ないって言って泣かせたんだ、あはは」
「本当のこと言っただけだろ、何も悪いことしてない!」
笑うレタンを追いかけるボワロン。
「ここに雪の精霊は来ないですって? 誰がそんなことを? 毎年来ているというのに」
「……?」
その言葉に泣き止み、ステアの腕の中で顔を上げるフレイネル。
「うそ、来てるの?」
「本当ー?」
走るのをやめ、ステアを見る、まだ信じきれないボワロンと、少し嬉しそうなレタン。
「本当だよ。私去年見たの、院長が雪の精霊を追い返しているところを」
大きなネコの人形を抱きながら現れたのはルルーナ・ミスティフィエ、ボワロンと同い年の5歳。
「ルルーナ、どういうこと?」
ボワロンが近づく。
「さあ、わからない、でもここにも来てるのは事実みたい」
ルルーナが表情を変えずに言った。
「皆さんがそんなことを気にしていたなんて、わかりました! これから真実を話します!」
皆がステアに注目した。
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「……実は雪の精霊は、昔々ここで暮らしていたのです!」
「「「ええー!!」」」
驚く子供たち。
「ここを出て、立派な精霊となって帰ってきてくれたのですが、そんな我が子も同然な者からプレゼントなど頂けません。だからお帰りいただいているのです」
ステアが胸を張って言った。
「えー! すごい!」
「もらってくれよープレゼントー!」
「なるほど、そういうこと」
「……」
他の子供たちが声を上げる中、ボワロンは黙っていた。
生育環境のせいか、仕草や表情を読み取る能力を異常に発達させていたボワロンは、ステアが嘘を言っているのを見抜いていた。
(本当は来ていない)
おそらくルルーナが見たのは、雪の精霊の格好を真似てプレゼントを売りにきた、押しかけ販売員か何かだろう、とボワロンは思っていた。
「……」
でも、何も言わなかった。
みんなの嬉しそうな表情を、壊すようなことはしたくなかったのだ。
「皆さんがそんなに気になっているのなら、今年は来てもらうことにしましょうか」
ステアがパンと叩くように、胸の前で手の平を合わせた。
「本当に一?」
「やったー!!」
「何頼もう」
「別に、来なくていいけど」
他の子たちもやってきて、皆ではしゃいだ。
◇
ボワロンがもうじき6歳になろうかという頃、施設にいたその時のメンバーは、それぞれ里親が決まり離れ離れになる。
最後まで里親の決まらなかったボワロンは、ステアが里親となり、一緒に暮らすことになった。
この国では18歳になると里親の元を去らねばならない。
しかし、成人となりステアの元を離れたといっても、ことあるごとにそこを尋ねるような関係だった。
ボワロンは、それなりに人生を楽しみつつ、仕事に専念して生きてきた。
何人かの男と付き合ったりもしたが、いまいちピンと来なかった。
ボワロンが28歳になる頃、世界3位の魔女の称号を受けた。
その後、宮殿での祭事に招待された際に、聖騎士となっていたフレイネルと再開する。
すぐに意気投合した。
フレイネルが押しまくったことで、あっという間に恋仲となった。
夜、寝る前に一時保護施設での昔話をするのが好きだった。
このまま、二人で一緒に家族になるんだと、ボワロンは思っていた。
しかしそうはならなかった。
お互い忙しく、なかなか結婚の話にはならなかったのだ。
そうして付き合って6年目のある時、ボワロンは見てしまった。
見知らぬ女とフレイネルがキスしているのを。
目の前が黒く染まった。
ボワロンは、フレイネルにズカズカと近づくと思い切りビンタをした。
フレイネルはそれを受けて膝から崩れ落ちた。




