第59話 光明
ルシェミが放った黒の液体は、命あるものや、魔法などのエネルギー物質を飲み込む闇の塊だった。
それは、無限に広がり世界を覆うと言われていて、使用はおろか、精製方法を調べることも禁じられていた。
ボワロンの魔法を受けて、そちらへ方向を変える黒い液体。
「げぇー、こっちに来た!」
逃げるボワロンや、その他の教員たち。
「アルマナ、あれはどうやったら消滅させられるんだ?」
ミリがアルマナに問う。
「200年前の文献によれば、時の魔女が最大火力で焼き払ったと書いてありましたけれど……、その時は、握り拳ていどの大きさだったとか」
「握り拳……? その10倍はあるね……」
ミリは苦い顔をしながら笑った。
◇
「あれは何じゃ?」
アルマナとミリは、ラクリマ姫と合流すると事情を説明した。
少し遅れてバニーユとラブラージュも、黒い液体から逃れてやってきた。
「まったく、とんでもないものを呼び出してくれたようじゃな」
「こりゃあ骨が折れそうだね」
腕組みをするラクリマ姫と、顎に手を当てるニルヴァネージュ。
「ニルさま、何とかできそうですか?」
アルマナが不安な表情を浮かべて聞く。
「さあねえ、奥義をぶっ放して消し去ったって話は先代から聞いてるよ。問題はかつての10倍のサイズに対して火力が足りるかどうかだね」
ニルヴァネージュが呵呵と笑った。
「ダメだったらどうなるんです?」
ラブラージュが思ったことを口にした。
「もし、奥義の威力があいつを滅するのに足りなかった場合、その魔力を吸収されると考えると、完全に手がつけられなくなるね。かつての魔女もそう考えて、下手な魔法を撃つより最大火力でいったんだろう」
一転して真剣な表情のニルヴァネージュ。
黙り込む周りのものたち。
「結界があるのは、あれを閉じ込めておく上ではむしろ好都合か。いや、簡単に破壊されるかも知れないとしておいた方がいいか。宰相のやつも国を滅ぼしかねないのはわかっているみたいだね。しかし、私らをあれに飲み込ませた後、収拾する策を用意しているのかね」
目を瞑って考え込んだニルヴァネージュ。
「まあいい、魔女たち、気合い入れていくよ!」
ドスの利いた声で言った。
◇
「あんなのどうやって戦うんだよ」
「ちょっと会長のところに行ってくる」
「私も!」
観客席の最後列、広い通路を3人で走るボワロン、プラリネ、ザブリコ。
そのうち、プラリネとザブリコが離脱した。
それでもボワロンを追いかけてくる黒い液体。
「もー、なんで私の方を追いかけてくんの!」
一人で泣き言を言った。
ボワロンが黒い液体から逃げていると、その液体は急に動きを止めた。
座席に残された肉串などの残飯を漁る黒い液体。
そして少し大きくなる。
食べ終わるとまたボワロンを追う。
「また大きくなりましたな」
「早くしないともっと巨大化しそうだね」
「ええ、まさにこの世界を覆うほどになるでしょう」
皆がボワロンのいるあたりを見ていた。
そしてその時、アンチマジックフィールドが消えた。
◇
アンチマジックフィードが解除された事で、遠隔会話魔法が使える様になった。
ニルヴァネージュは大王に状況を説明していた。
「お待たせしました〜」
アンチマジックフィールドが消えてから少し経った頃。
長身で艶美な女が聖騎士を肩に担いでゲートから歩いてきた。
髪は薄いブルーのボブヘアで綺麗に整えられており、身のこなしも洗練されている。
担がれているのはルシェミだった。
口から黒い霧を吐いていた。
「遅いぞ、ヴィヴィアン」
ニルヴァネージュに叱られたのは、世界2位の魔女、ヴィヴィアン・キルスターシュ、26歳。
彼女は10歳の頃、飛び級で聖騎士学院高等科を卒業し、その後は聖騎士にならずに数年間独自の修行を積む。
16歳になると魔法女学園高等科へ入学し、魔女となった異色の人物だった。
「え~、頑張って運んできたというのに、褒めてくれないんですか~?」
どさりとルシェミを地面に寝かせる。
「とりあえず、あれについて何か知っているか?」
「あれ? 何のことでしょう~」
ボワロンの後を追いかける、黒い液体を指差すニルヴァネージュ。
「なんですか、あれ」
それを見たヴィヴィアンは、素直な感想を述べる。
「生命力や、魔法なんかを無限に吸い込む闇だそうだ」
ミリが答える。
「あ、先輩久しぶりです〜!」
「相変わらずふわふわしてるねー、お前は」
キッチリとした硬質な見た目や、明らかにキレのある身のこなしとは裏腹な、ふわりとした喋り方、その乖離は、彼女が演技していることを示していた。
「そろそろ、私にも奥義とやらを教えてくださいませんか~?」
「師匠、何でこいつを連れてきたんですか?」
ミリがニルヴァネージュを見る。
「色々な事に詳しいし、動ける奴が必要と思ったんだけどね。失敗だったね」
「失敗とか言わないでください~」
そんな呑気な会話をしているうちに、残飯を食べ徐々に大きくなる黒い液体。
観客席のボワロンが、ニルヴァネージュの方を見て何かを訴えている。
「話している暇はないよ! ヴィヴィアン、ボワロンと交代してきな!」
魔女とは言え、ヴィヴィアンは聖騎士側の人間だという認識を持たれていた。
奥義を外部に漏らすわけにはいかないため、ヴィヴィアンは奥義が使えなかった。
ヴィヴィアンに、黒の液体に追われる役を交代してもらったボワロンがやってきた。
「ボワロン、この手順でいく、わかったな?」
「は、はい会長」
ニルヴァネージュは、ボワロンに作戦を伝えると早速実行に移した。
「魔女たち! 全員で撃つよ!」
人が持てる限界をはるかに超えた魔力を、手のひらに集めていくニルヴァネージュ。
魔力の切れたミリと、中心的役割を担うボワロンは奥義を使わずそれを見守る。
学園の教員4人と、姫に付き従う魔法重騎士4人がニルヴァネージュに続いて、奥義のための魔力を集める。
「おおお~、あれが奥義!?」
黒の液体に追われて、走りながらも目を輝かせるヴィヴィアン。
しかし、高濃度の魔力を感知した黒い液体は、究極魔法が発動する前にニルヴァネージュたちに襲いかかった。
「チッ!」
「師匠!」
魔法を解除して避けるニルヴァネージュと魔女たち。
そして距離をとる。
「動きを止めないと打てないね」
「どうやって止めます?」
ミリとその師が話している最中、黒い液体は倒れているルシェミに近づこうとしていた。
「いけません! すぐに助けなければ!」
アルマナが叫ぶ。
すぐさま、ヴィヴィアンがルシェミを助けに動いた。
「起きて〜、おじさま~!」
言葉とは裏腹な俊敏な動きで、搔っ攫うように抱き起こし、黒い液体の前を走り去るヴィヴィアン。
「う……、ぐ……」
その騒動で意識を取り戻すルシェミ。
「おじさま起きました〜?」
「ここは……」
直接黒のオーラの塊を飲まされたチェルシーと違って、黒のオーラに汚染された畑で採れたイチゴを通して、微量ずつ摂取していたルシェミや他の聖騎士たちは、朧げな記憶を残していた。
「あれは、私が造ったものか……止めなければ……」
後ろから迫る黒い液体を見てそう呟くルシェミ。
「おじさん~、あれを止める方法を知っているの?」
ヴィヴィアンが聞くと、
「ああ……、下ろしてくれヴィヴィアン」
ルシェミの言葉を受け、ヴィヴィアンはその液体と距離が取れたところで下ろした。
「来い」
構えるルシェミ。
「おいおい、あいつ何をするつもりだ?」
「何か手があるのか?」
それを注視するミリとニルヴァネージュ。
「はあああああ」
ルシェミは黒い液体を、光属性の捕獲魔法で四方から囲むと呪符を投げ、呪印を施した。
光の檻に入れられたような格好となる黒い液体。
「捉えたのか!?」
ニルヴァネージュが目を見開いた。
パシャーン!!
数秒後、光の檻は砕け散った。
「なに!?」
ルシェミが実験室で試した時は、この方法で封じ込めることができていた。
現に、瓶に入れて持ち歩けていたのはこの方法が成功したおかげだ。
しかし、それは小さいサイズの時だけしか機能しない方法だった。
瓶に入るサイズの10倍以上の大きさになると、もはや呪印で抑えることができなくなっていた。
「そんな……」
顔面蒼白のルシェミ。
そのまま黒い液体に飲まれそうになる。
「ヴィヴィアン!」
ニルヴァネージュが叫ぶと、ヴィヴィアンがルシェミをまた担いで逃げた。
「どうやら、あいつの切り札は効かなかったみたいだね」
「ええ、でもニルさま、一つ光明が」
アルマナが人差し指を立てた。
「先ほどの光の捕獲魔法は砕けましたが、吸収はされませんでした」
「……そういえばそうだね、これで魔法を撃つ時間が稼げるかね」
ニルヴァネージュが目を細めた。




