第56話 苺の香り
魔法が今にも放たれようかという瞬間。
殺伐とした闘技場に美しい音楽が鳴り響いた。
それは、一瞬にして場の雰囲気を変えた。
「これは……」
状況の変化に驚くノワゼット校長。
音の発生源は、プラリネの前に立つバニーユだった。
自前の楽器を激しく演奏していた。
それは、緊張状態を弛緩させるのに十分な美しさだった。
バニーユは、3発の魔法を受けるため、1発はカウンターマジック、1発は愛用の楽器を犠牲に、最後の1発は自分が受ける覚悟でいた。
長年愛用していた楽器が、これから砕かれるというその前に、今まで鮮やかな音を奏でてくれことへの感謝を捧げたいとバニーユは思った。
これは、別れを告げるための演奏だった。
その音が聖騎士たちの心を撃つ。
そして、彼らは動きを止めた。
「……美しい」
デウス校長が思わずつぶやいた。
バニーユが愛用している楽器は、名のある名工が作ったものではなかった。
子供の頃、占い師の婆さんから買った、どこの誰が作ったかもわからない安っぽい代物だった。
歳を重ね、名器と呼ばれる楽器も複数所有していたが、気づいたらいつも手に取っていたのはこの楽器だった。
魔女が長く演奏していた事で、その安物の楽器は、構成している木材に魔力が宿り、異常に芳醇な響きを発するようになっていた。
バニーユに演奏の楽しさを教えてくれた楽器は、彼女の影響で名器と同等かそれ以上のものへと変化していたのだった。
ひととき演奏に聴き入っていた聖騎士たち。
「え?」
ふと我に返って周りの状況を確認したバニーユ。
「予想外……」
そして自分のやったことに驚く。
聖騎士たちは、バニーユのその言葉で我に返った。
そして再度魔法を撃とうとする。
しかし、一歩遅かった。
「準備完了よ」
プラリネの詠唱が終わった。
◇
フレイスベリーは効果が高すぎたため、幼な子には毒だった。
故に、6歳を過ぎてから与えられる。
その神聖なイチゴは神の加護(わずかな防御力の上昇効果)があるとされていた。
あらゆる能力値を大きく上昇させる、その真の効果に気づいているものはいなかった。
聖騎士たちは驕りのため、自分の力は自分自身の生まれ持った能力によるものだと信じていた。
その事が、フレイスベリーの真の効果に気づくことを妨げた。
プリムの黒のオーラの影響もあって、聖騎士たちは気に入らない者たちの子息には神聖なフレイスベリーを与えないようになっていた。
そのせいで、平民出の聖騎士の子であるキース、ディタ、ユズたちはフレイスベリーをもらえなかった。
聖騎士たちによって宗教的な意味を与えられたフレイスベリーだったが、実は誰でも栽培できた。
世界最強の魔女ミリ・ヴァレリアンヌたちはフレイスベリーの効能に気付き、自分達も育て、食べるようになっていた。
育てるのに適した土壌が限られているので、大量に作れるというわけではなかったが、魔法女学園の寮の食事に定期的に出せるぐらいには収穫できた。
それによって魔女たちの基礎的な能力は上昇し、フレイスベリーの効力に座を描いていた聖騎士たちの能力をやや上回っていたのだった。
◇
魔女と聖騎士、生徒たち同士の戦いは佳境に入っていた。
目がくらんだ聖騎士たちの腹を殴って沈めていた魔女たちだったが、聖騎士たちは状態異常を解除する魔法を使用して立て直していた。
聖騎士学院の2年生の隊列まで攻め込んだキースたち2年生。
「キース! お前は僕が直接始末してやるよ!」
視界を取り戻した聖騎士学院の2年生で、元従兄弟のヴォルター・キルスターシュが、木剣で斬り込んでくる。
聖騎士学院では、金属製の剣を持てるのは三年になってからだった。
ヴォルターの打ち下ろしをロングロッドで捌くキース。
そしてそのままガラ空きの腹にパンチを叩き込んだ。
「ぼえー!」
黒い霧を吐いて倒れるヴォルター。
「あ、勝てた」
聖騎士に、勝つことなどできないと思っていたキースは驚いた。
「姉様すごいですわ〜!」
遠くから妹が笑顔で手を振ってくる。
それに対してキースも手を振った。
「姉様危ない!」
その声に振り返ると、先ほどとは別の木剣が迫っていた。
打たれると思った刹那、ロザリエがその剣を受け、弾き返した。
「全く、よそ見してんじゃないよ!」
「ごめん、ありがとう」
謝りつつ、方々から迫る木剣や魔法に対処するキース。
「レモちゃん大丈夫一?」
クラスメイトのユズが近づく。
「うん。大丈夫」
乱戦の中にあって、会話する余裕があった。
「なに、ニヤニヤしてんのよ。戦いの最中だってのに」
言いつつロザリエが聖騎士の剣を捌いた。
「笑ったって別にいいじゃない、ねーレモちゃん」
ユズが聖騎士の腹に一発入れたあと、キースの方を向く。
「あはは、うん、ごめん、なんかおかしくって」
キースは放たれた炎魔法を相殺すると、ロングロッドを正面の相手に振り下ろした。
魔女たちが聖騎土相手に互角に戦えている。その事がキースには嬉しかった。
「ユズ、私の前に立つとはいい度胸ね」
「キース、よくもヴォルターをやってくれたね」
ユズの従姉妹のアン・シャンペルノと、キースの元従兄弟のラルジュ・キルスターシュが、目の前にいた。
「アン、決着をつけましょう」
「ラルジュ・・・」
睨み合いが始まった。
まだ距離があった。
「私たちだけまだ手柄がないよ! 行くよマルシュ!」
「うん!」
キースとユズの後ろから、バニラとマルシュが飛び出し、アンと、ラルジュに襲いかかった。
「えっ?」
「ちょっ!」
驚くキースとユズ。
そして、バニラとマルシュはロングロッドを投げつけた。
面前に迫るロッドを、アンとラルジュは木剣を難いで弾く。
投げながらこちらへ突っ込んでくる魔女に魔法を放つ、聖騎士学院の二人。
それは、先ほどのお返しと言わんばかりに閃光魔法だった。
しかし魔女たち二人は防御魔法を発動し防いだ。
そして、そのままあっさりと腹を殴打したのだった。
「ゔえー!」
「ぼぇー!」
黒い霧を吐き出すアンとラルジュ。
「やったー!」
「やったね!」
ハイタッチして喜ぶバニラとマルシュ。
「ちょっと一、私の宿敵なんですけどー」
「あはは」
困惑するユズと、笑顔のキース。
「あとは一年だけか、気が引けるけどしょーがない、痛くないようにやってやるから我慢しなよ!」
ロザリエが先陣を切って一年の隊列に突っ込んだ。
「私たちも!」
「行くよ姉さん!」
ビシュキュイ姉妹がロザリエの後を追った。
「私も!」
マルシュも追いかける。
三年生たちもやってきて、もはや一方的な展開だった。
「ぎゃー」
遠くでジルと思わしき声が響いた。
「せっかくだし、私たちの作った新魔法使っとく?」
ユズが提案する。
「え? この状況で使ってもしょうがなくない?」
バニラが答える。
「いや、せっかくだし使おうよ」
なぜか乗り気のキース。
二年生たちが作った新魔法は、地面から苺の香りがするという魔法だった。
戦いの後、殺伐とした空気を洗い流すかのように、そのフィールドは苺のすっきりとした香りに包まれた。
こうして生徒たち同士の争いは、魔女たちの勝利に終わった。
◇
「お前たち何をしている! 私を支援しろ! そしてその他ものは魔女たちを始末せんか!」
ルシェミ・キルシュターシュが叫んだ。
その言葉を聞いて、動き出す第四聖騎士団。
ボワロンと戦いたくない隊長のアステア・フレイネルが、心の中で舌打ちをする。
「よし! 第四聖騎士団、第1小隊はルシェミさまの支援、それ以外は俺に続け! 魔女たちを捕える!」
聖騎士たちは観客席から闘技場へと飛び降りた。




