第45話 正気
先ほど柵から乗り出し気味にレイに声をかけた事で、闘技場の職員から注意を受け、ベルは一人、少し後ろの通路側の端の席に座らされていた。
「あ、そっか!」
キョロキョロするベルに、その声の主はカーテンを開けるように何も無い空間を少し開いて、姿を見せた。
「ここだよベル」
そこには妖精のアミティアがいた。
透明になれる伝説の羽衣を、妖精国の宝物庫から借りてきていた。
あいさつを終えると、すぐにまた姿を隠す。
「アミティア! どうしてこんなところにいるの!?」
びっくりして前半は大声で、後半は小声でベルが言った。
マズいと思って辺りを見回すベル。
しかし、他の観客は試合に夢中で、バレていない様子だった。
アミティアとベルは、チェルシーという共通の友達繋がりで知り合った。
チェルシーとベルとレイは、よく森で3人で遊んでいたため、そこでアミティアとも遊ぶようになり、アミティアはベルとレイとも仲良くなっていたのだった。
「チェルシーは悪い妖精に操られていたの、でももう大丈夫。ほら見て!」
アミティアの言葉に、倒れたチェルシーを見るベル。
チェルシーは仰向けの状態からうつ伏せになるように転がると、下を向いてむせた。
その時、口から黒い炎のようなものを吐き出した。
その炎はしばらく燃えた後、小さくなって消滅した。
「なにあれ……?」
「チェルシーはあれを悪い妖精に飲まされたから、おかしくなってたの」
アミティアはことの次第をベルに説明した。
御前試合の前日に悪い妖精がチェルシーの元を訪れて、チェルシーに精神を支配する黒のオーラを飲ませた事。
妖精は目を見れば、その人が洗脳されているかどうかが分かる事。
そして先ほどレイが一撃を入れたあと、黒のオーラを吐き出させる為に、倒れたチェルシーのお腹に妖精の加護を纏った体当たりを決めた事。
「なるほどーそういう事だったのか。アミティアありがとう! ともかくこれでチェルシーは元に戻ったんだね!」
「うん!」
ほっと安堵するベルだったが、レイが切れて正気を失っているのを思い出した。
闘技場を見ると、カウント9で立ち上がったチェルシーは、まだダメージが残っていてふらついている。
そこに容赦ない攻撃を、レイが浴びせていた。
「おおぅ、こりゃダメだ……」
ベルはそう呟くと、アミティアに自身の首から下げたネックレスを見せた。
「これをチェルシーに渡してきてくれない?」
それがどういう意味を持つのかわからないといった表情のアミティアだが、
「うん……、わかった!」
ベルからネックレスを預かって、チェルシーの元へ向かった。
◇
「ッッッ!? 一体! どういう! 状況! なの!?」
レイの斬撃をなんとかかわしながら、チェルシーは間合いをとった。
レイと距離ができ、やや睨み合ったその時、いきなり声をかけられた。
「チェルシー大丈夫?」
アミティアの声だった。
「アミティア!?」
その声に驚くチェルシー。
目では見えなくても、「心眼」で確認できた。
隙ありと言わんばかりに、その瞬間レイが斬り込んだ。
アミティアの登場に驚きつつもレイの斬撃をかわし、その腹を押すように蹴った後、チェルシーは大きく後ろに飛びすさった。
「何してるのアミティア! こんなところで!」
「ベルがこれをチェルシーに渡してって」
チェルシーのマントの内側に入り、腰に何かを入れるアミティア。
チェルシーは、アミティアが離れるとそれを取り出す。
「これは……」
チェルシーはネックレスを確認した。
「チェルシーは悪い妖精に操られていたんだよ。本気で斬りかかってたから、レイはもう謝っても許さないって、とっても怒ってた」
「なるほどね、なんとなく状況が掴めたわ」
精神を支配されていたようだが、友人に酷いことをしてしまったことをチェルシーは悔いた。
「アミティアありがとう。あなたは危ないからベルのところへ戻っておいて」
「うん。頑張ってねチェルシー!」
気配が離れていくのを、チェルシーは感じ取った。
チェルシーの前に立つ人物は、本気の殺意を向けてくる。
「レイ、これを見て」
チェルシーはレイに呼びかけた。
しかし、反応はない。
(やっぱり、一発張らなきゃダメみたいね)
チェルシーは、かつて切れたレイをベルが正気に戻した時のことを思い出していた。
(レイ、何がなんでも目を覚ましてもらうわよ)
チェルシーは殺気を消すと少し右下に流すように、剣を構え直した。
足を揃え真っ直ぐに立つ。
お互いの剣の間合いまで3歩半は離れていた。
一歩踏み込む。
ゆっくりと後ろの足を踏み込んだ前の足に寄せ、再び真っ直ぐに立つ。
レイも同じく一歩踏み込んだ。
正面に構え、足を開いて重心を落としている。
お互いの間合いがぶつかるまで残り一歩半。
チェルシーが半歩踏みだした。
そして、半身を切って腰を落とす。
レイが同じく半歩踏み込んだ。
そのまま、ジリジリと間合いを詰める二人。
そして、完全にお互いの剣の間合いに入った。
上段に構えるレイ。
下段に構えるチェルシー。
二人とも、そのままの姿勢で動かない。
「さあ一両者とも間合いに入ったぞ! しかし動かない!」
実況の吟遊詩人が叫ぶが、観客席は静まり返っていた。
「キッカケを探してるよ。瞬きも命取りになるね」
冷静に解説するミリ。
風が吹いた。
開技場内の二人の髪が揺れた。
瞬間、剣が振り下ろされた。




