第46話 友達
チェルシーは、振り下ろされる剣に合わせにいった。
そして、剣がぶつかる直前、レイの剣を流すように角度を変える。
剣を流し終えると、おおきく振りかぶってレイに振り下ろした。
剣で受けることが間に合わないと悟ったレイは剣を放し、チェルシーの一撃を両の手のひらで挟んで受けた。
とんでもない技の成功にどよめく闘技場。
「レイ選手、素手で剣の一撃を防いだー!!」
吟遊詩人もヒートアップする。
しかし、それはチェルシーの誘いだった。
あえて受けやすいように大袈裟な動作で打ったのだ。
もしレイが受けられなかった場合、剣の平で頭を打つつもりだった。
それでもうまく目を覚ました可能性もあるが、チェルシーは別の方法を狙っていた。
剣を挟み込むレイに向かって、剣をグイと一度押し込むチェルシー。
その動きで仰け反る様な体勢になるレイ。
それを確認したチェルシーは、すぐさま剣を放しレイの右側に回り込む。
そして、レイの右の手の甲と右肘を掴んだ。
レイが抵抗しようとするのを、チェルシーは体の構造上力が入りにくい方向へとレイの右手を動かして、引っぺがした。
右手を取られたレイは、落下する剣を左手で握り込んだ。
チェルシーは右手で掴んだレイの右の手の甲を、内側に折り曲げたうえで外へと捻り、そのまま体の外側へ引っ張り極めた。
同じく、左手で掴んだレイの右ひじをレイの体の内側へと押し込みひじを極める。
手首とひじを極めた状態で、レイの右腕を肩の後ろへと持ち上げ肩を極める。
チェルシーは、そのままレイを後ろへと勢いよく倒そうとした。
が、レイは肩が決まる瞬間、バク宙し技を抜けた。
チェルシーはその動きを待っていた。
本来であれば、腕を肩の後ろ側へと持ち上げるのではなく、外へと開くような形になる技だった。
その場合、体が大きく傾き踏ん張りも効かない為、バク宙などはできない。
レイがバク宙を始めた時、チェルシーは技を解き、レイの手にベルから渡されたネックレスを握らせた。
そして着地と同時にレイの顔を張って距離を取った。
「チェルシー選手の張り手が決まったー!?」
実況席の吟遊詩人が「なんで張り手なんだろう?」という様な、困惑した声を上げた。
顔を張られたレイは、明後日の方を向いていてチェルシーからは表情が確認できない。
「レイ、起きた?」
チェルシーが問うも、レイは少しの間反応しなかった。
レイの手には、チェルシーが渡したものがしっかり握られている。
ややあって、レイはチェルシーを見た。
「……今、どういう状況?」
レイの顔からは、怒りが消えていた。
「私がヘマしちゃったせいで、あなたに迷惑をかけたみたいなんだけど、まだ試合中で決着はついていないわ」
チェルシーの言葉で、御前試合の最中だという事を思いだすレイ。
そして自身の握り込んだ手を見る。
「私、切れちゃったの?」
レイは思い出したように、右手の中のネックレスと同じ物を自身の胸元から引っ張り出した。
「今回は私が悪いわ。操られていたとは言え、あなたに本気で斬りかかったんですもの、怒って当然よ」
チェルシーも自分の胸元から同じネックレスを出す。
◇
「なんだチェルシー、ネックレス付けてたのか」
ベルが呟いた。
「さあ、何やら両選手が話しておりますが、アンチマジックフィールド内ですので、拡声魔法が使えません。一体何を話しているんでしょうかミリさん」
吟遊詩人がミリに問う。
「ん? 知らないよ」
そして冷たくあしらわれる。
「なるほどー、おおっと、動きがありました。試合を邪魔しないように闘技場の外から見守っていた審判が二人に注意しにいくようです。ああっと柵を乗り越えようとして頭から転けました。大丈夫でしょうか」
◇
「操られていた……?」
レイが困惑していると、不意に真横から声がした。
「レイ、久しぶり。目は覚めた?」
アミティアの声だった。
「アミティア?」
声のした方を見るレイ、しかし姿は見えない。
「アミティア、危ないからベルのところへ行っていて」
チェルシーがアミティアに語りかける。
しかしそれを聞かず、アミティアはレイに話した。
「レイ、チェルシーは悪い妖精に操られてたんだよ。でも今は元に戻ったの、だから許してあげて」
それは、友達を思う気持ちのこもった声だった。
続けて、今までの事をアミティアが説明した。
「……そういうことだったの」
レイはうつむいた後、顔を上げるとチェルシーを見た。
チェルシーは右手でネックレスを握っている。
「操られてるんなら、操られてると、そう言ってくれればいいのに」
「え?」
無茶なことを言うレイに驚くアミティア。
「心の中で何度も言ったのだけど? それなのにレイ様ったら全然気づいてくれないんですもの。鈍感すぎて嫌になったわ」
「は?」
アミティアは二人の会話についていけない。
「それは悪かったね、謝るよ。気付けなくてごめんね」
「適当に謝るのはやめてくれない? 私そういうの嫌いなの」
険悪な雰囲気になる二人。
しかし、レイは笑みを浮かべていた。
「どうやら、今は操られてはないみたいだねチェルシー」
「信じてもらえて嬉しいけど、今の会話のどこに私らしさがあったのかしら?」
チェルシーも笑みを返す。
「あ、審判がこっちに来るわ」
「アミティア、ベルのところへ。それとありがとう」
「うん、あ、ベルが美味しいケーキ用意して待ってるってさ、二人とも頑張ってね!」
アミティアの気配が去る。
「こら君たち、ずっと話してちゃダメじゃないか、ファイトファイト!」
審判は注意すると、頭をさすりながら再び闘技場の外へと去っていった。
チェルシーとレイは剣を拾う。
「次の一撃で決めてあげるわ!」
「望むところ!」
ふたりは段取り通りのセリフを大声で言うと、練習の成果を見せ、お互を同時に打ち、同時に倒れ、ダブルノックダウンの引き分けとなった。
倒れるふたりの手には、同じネックレスが握られていた。
◇
幼稚舎時代、初めてレイが切れた時の事。
暴れるレイを、どうしていいか分からなくなったベルが思いっきりピンタした。
そのビンタでレイは正気に戻ったものの、人を傷つけてしまいそうになった事で自己嫌悪に陥り、落ち込んでいた。
ベルは、そんなレイにあるネックレスをプレゼントした。
そのネックレスは小さなハート型で、一定の鼓動を刻む、不気味と感じる人もいるであろう代物だった。
街の外れにある怪しげな雑貨屋兼、占いの館の主、カノー姿さんから買ったものだった。
「この小さな心臓はね、握った人の心を落ち着かせる効果があるんだよ。ひっひっひ」
少女はそれを信じ、友人へとプレゼントする。
「怒りそうになったら、この心音を頼りに落ち着いて」
真偽不明のアイテムだったが、友人が自分のために選んでプレゼントしてくれたことが、レイには嬉しかった。
それからは、滅多に怒らないようになった。
怒りの感情に支配されそうになっても、そのネックレスを握り、小さな心音を感じていると落ち着くことができた。
ネックレスをもらってから一度だけ、怒りを爆発させたことがあった。
正気に戻った際に自己嫌悪が始まった。
そんな時でも、このネックレスが気分を和らげてくれた。
後日、チェルシーもそのネックレスを欲しがった。
「私だってレイと同じような厳しい鍛錬を毎日受けてるんですけど? ベルは私にはくれないわけ?」
めんどくさ味を増す友人にも、ベルはレイと同じネックレスをプレゼントした。
「しょーがねーなーほら」
「まあ嬉しい! じゃあ私たちからも」
「ベル、これ受け取って」
チェルシーとレイ、二人から同じものをプレゼントされた。
「めんどくさい友達に絡まれて、怒りそうになったらそれを握ってね」
どこまで本気かわからないチェルシー。
「ありがとう。チェルシーのおかげで握力が鍛えられそうだよ」
「握力世界一も狙えるんじゃない?」
「ひどーい!」
それは3人の絆を表す物でもあった。




