第42話 試合開始
ボワロンは思案していた。
(ここで抗議しにいけば聖騎士に止められ、揉めるのは必死。生徒たちのいる場でそんなことは避けるべきだが……)
ノワゼット校長が考え込むボワロンを見て、その肩に手を添えた。
「まずは、これから戦う生徒を応援しましょう」
そう言って校長は、闘技場のレイを見た。
「廃校になる条件は取り下げられたなんて言ってしまって、フランベールには悪いことをしたわね。動揺していなければいいのだけれど」
「あいつは大丈夫でしょう、動揺したり緊張したり、そんな姿は想像できませんもの」
校長の言葉に三年の担任のザブリコが答える。
「しかし、ひでえやり口だなーこりゃ」
「ええ、でもミリ様やアルマナ様も動いてくださっているので、なんとかなると思いますわ」
音楽教諭のバニーユと、美術教諭のラブラージュが言った。
「勝てば良いだけよ、こうなったら」
腹を括った2年担任のプラリネはつぶやくと後ろを向いて、
「フランベールを応援するわよみんな!」
生徒たちに呼びかけた。
生徒たちも教員もレイに声援を送った。
試合開始の鐘が鳴った。
◇
試合開始の鐘と共に、聖騎士学院生徒会長のチェルシー・キルスターシュはアンチマジックフィールドを発動した。
闘技場全体がそれに覆われた。
技が未熟なものは複数人でしかマジックフィールドを発動できないが、チェルシーは一人で広範囲の発動が可能だった。
チェルシーが使ったアンチマジックフィールドは、聖騎士たちがすでに解析を済ませた既知の魔法の発動を阻害するものだった。
魔力を込めても魔法が発動する前に霧散してしまうのだ。
魔法女学園三年、生徒会長のベル・キャラメリーゼが同じく二年のキースやロザリエの魔法を霧散させたのも、この原理と同じだった。
だが、フィールド内にあっても魔力自体が抑えられるわけではない。
その為、魔力に反応する武具や、聖騎士が知らない未知の魔法などは使用が可能だった。
「さあ、チェルシー選手、試合開始と同時にアンチマジックフィールドを展開しました! これによって一気に聖騎士有利に傾いたように見えますが、どう見ますか解説のミリさん」
実況を務める吟遊詩人の隣に座る、世界最強の魔女ミリ・ヴァレリアンヌ。
「お互い魔法が使えなくなって、ここからは剣術の腕が勝敗を分けることになるよ。聖騎士も魔法は魔女よりもある意味巧みに扱うから、魔法で押したって聖騎士が有利なんだが、魔法が絡むことで魔女の攻撃のバリエーションが増えることを嫌ってのアンチマジックフィールドだろうね。冷徹に最短距離で勝ちを取りに来てるよ」
「ありがとうございます。一つ気になるのですが、両選手ともに顔を覆う防具などをつけていませんし、急所を狙った攻撃も禁止ではありません。選手たちは大丈夫なんでしょうか?」
吟遊詩人の問いに、ミリの隣に座る聖女アルマナが笑顔で答えた。
「それについては私が、後遺症が残るような怪我や、致命傷にはならないように闘技場内は光の加護を事前に施していますので安心してください」
「なるほどー、安全安心な環境の下での戦いとなっているわけですね。これでわたくしも安心して解説することができます」
そんな白々しい安全説明のやり取りを聞きながら、魔法女学園の教員たちは白目を向いていた。
「あんたら何やってんだー!!」
聖騎士の横暴を止めるために動いていると思っていた、世界最強の魔女ミリ・ヴァレリアンヌと、王国第一聖女アルマナ・シトロンルージュが、呑気に解説しているのを見た魔法女学園校長は二人に向かって叫んだ。
「はぁー!? どーなってんの!? ……もーこうなりゃやけだ! ビール買ってくる!!」
「あ、あたしのもお願い」
「じゃあ、私も」
「私は甘いカクテルがいいです」
「私はワインで」
などとボワロンを筆頭に壊れ出す教員たち。
「ダメに決まってんでしょ!!」
唯一理性を保った教頭が止めに入った。
「なんか、すごいことになったね」
「うん、先輩大丈夫かな」
二年生のバニラとユズ。
「私たちの新魔法ならあの中でも使えるんだろ?」
「うん、お母さんに確認したから間違いないよ」
同じくロザリエとキース。
「まさかこんなことになるなんてね」
「レイ先輩はやる人だから大丈夫よ」
「先輩一!頑張ってー!」
さらに同じくマルシュとビスキュイ姉妹。
◇
チェルシーは腰に差した禍々しい剣を抜くと、レイに向けて恐ろしいまでの殺気を放つ。
それを受けてレイは、
(あ、そうか、本気味を出さなきゃいけないんだった。さすがだなチェルシーは)
呑気にそう思った。
なぜなら、今日の試合は旧友であるチェルシーと、両者引き分けの作り試合をやる予定で来ていたからだった。
レイも校長から預かった剣を抜き、殺気を放った。
お互い、隙を伺うように円の動きをした後、チェルシーが剣を下段に構え突進した。
(よし、この斬り上げをかわして、斬り返すだな)
チェルシーと一緒に練習した殺陣を思い出すレイ。
しかし、チェルシーは練習した時とは違い、少し遠い間合いで剣を振り上げた。
(え!?)
そして正面に構えるレイの剣を弾く。
ガキィン!
来ることを想定していない一撃を覚悟なく受けた為、剣が左手からすっぽ抜け、剣を持った右手が放り出される格好となった。
チェルシーは右下段から斬り上げた剣を、弧を描くように自身の胸の前に引きつけると、間髪入れずにレイの顔面に突きを放つ。
ザッ!
レイは剣を弾かれた際、やや右に重心を崩されていた為、顔めがけて放たれた突きをそのまま右へと体を倒してかわした。
剣はレイの頬をかすめ血しぶきが飛んだ。
「チェルシー選手の強烈な突きが炸裂ー! レイ選手、間一髪でかわしました!」
巻き起こる歓声と、実況の吟遊詩人の絶叫。
頬への一撃を受け、作り試合であるということが吹き飛んだレイ。
命の危機を察知した体が、急激に戦闘モードへと移行する。
血流が早まり、脳や体が戦いに必要な緊張状態を作った。
レイは右へと大きく傾いた姿勢から反撃に出ようとした。
しかし、
(ッ近い!!)
距離が近すぎて二の腕が当たる。
チェルシーの突きの踏み込みは予想外に深かった。
二人の体の間には、隙間がほとんど無い。
チェルシーは突きを引き際、肘打ちをレイの顔面に狙う素振りを見せた。
(どうする!? かわせるか?)
などと思った瞬間、ミシミシと右膝が軋んだ。
目だけでそちらを見ると、レイが前に出していた右足に、チェルシーの前に踏み込んだ左足が絡みついていた。
チェルシーは器用にも、正面から自身の膝をレイのすねに当てつつ、つま先をレイのかかとに回すようにして、レイの膝を極めていた。
チェルシーのしゃがみ込むような動きで、右膝がどんどん曲がってはいけない方向へ伸ばされていく。
(壊される!)
レイは慌てて右足のつま先を体の外側へ向け、チェルシーの膝への極め技から抜け出す。
「ぶしッ!!」
意識を下に散らされ、肘打ちを顔面にまともに受ける。
すでにレイの体は着地することに全てを捧げていた。
チェルシーの肘打ちは、次の袈裟斬りへの予備動作となっており、横にした8の字を描くように、肘打ちから袈裟斬りまで一呼吸で流れた。
ザンッ!!
レイは吹き飛び、2回転してうつ伏せで倒れた。




