第39話 来訪者
収穫祭から二ヶ月が過ぎ、季節は冬を迎えていた。
レイとの試合の打ち合わせも、ベルからの太鼓判をもらって完成し、いよいよ御前試合が明日へと迫っていた。
父親であるルシェミ・キルスターシュに呼び出されたため、チェルシーは生家に帰って来ていた。
呼び出した割に父は家にいなかったので、チェルシーは自室で待つことにした。
チェルシーにはずっと気になっていることがあった。
昔は皆に寛容だった父が、いつの日からか魔女を憎むようになっていた。聖騎士や貴族、王族意外の人々を見下すようになっていた。
父のみならず、親戚や聖騎士学院の学生たちも多かれ少なかれ同じような状況なのだ。
一族が集まる場では、一つ下の双子の従兄弟がキースやディタを毎度のことのようにいじめていた。
どうして皆がそのようになってしまったのか、などと考えていると窓が勢いよく開け放たれた。
「チェルシー!」
妖精のアミティアが、慌てた様子で飛び込んできた。
アミティアとは、森で凶暴な鳥に追われていたのを助けたのが縁で、しばしば遊ぶような関係となっていた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
手のひらの上で四つん這いになって呼吸を整えるアミティアを肩に移しつつ、チェルシーは雪の混じる夜風を押し返すように窓を閉めた。
アミティアが呼吸を整え終わり何かを言おうとした時、チェルシーの背後でドアが開かれた。
「魔女との打ち合わせは無事終わった?」
振り向くと、チェルシーと同じぐらいの背丈の見知らぬ少女が立っていた。
身なりの良い服を着ていて、どこかの貴族の令嬢かとも思われたが、その背中からは青紫のマダラ模様のあるトンボの羽のようなものが生えていた。
チェルシーは驚き、身構えた。
「父親の言いつけを守らない悪い子には、お仕置きをしないとね」
「何者!」
無造作に部屋に踏み入ってくる少女から距離を取り、壁にかけられた木製の剣を取って構えるチェルシー。
「あなたの加護があったから、効かなかったわけか」
少女は、チェルシーの隣で羽ばたくアミティアを見て笑った。
「プリム……。なんでここに!?」
「知り合いなの?」
少女を見据えつつ尋ねるチェルシー。
「妖精族で私の事を知らない子はいないよ、っていうのは自惚れすぎかな」
言い終わると、獰猛な殺気を放ちながらプリムと呼ばれた少女は手を伸ばし、アミティアに飛びかかった。
しかし、少女とアミティアの間にチェルシーが割って入る。
「ぐっ!!」
突進の勢いを止められず、ドンという音と共に、チェルシーは壁に叩きつけられた。
「チェルシー!!」
アミティアは叫ぶが、すくんで動けない。
少女は右手で木剣を握りつぶすと、左手でチェルシーの首を掴んだ。そして片手でゆっくりと持ち上げる。
「くっ、がはっ!」
振り解こうと、チェルシーは掴み掛かられた腕に炎魔法を纏った拳を落とし、プリムの体に同じく炎魔法を付与した蹴りを放った。
しかし、それはプリムの怒りを買っただけに終わった。
さらに強く絞めあげられる。
「やめてー!」
動きを取り戻し、プリムの腕に縋り付くアミティアだが、あっという間に捕まえられ、人間ではあり得ない大口を開けたプリムに、ゴクリと飲み込まれそうになった。
「ッ!!」
それを見たチェルシーは、自身の背後の壁を蹴ると、プリムの腕に飛びつくようにして、氷魔法を纏った足で側頭部を蹴った。
そして、足を首に絡めて胸を反らせ、腕の関節を極めようとした。
しかし、プリムの腕は軟体動物のように柔軟で思うようにいかない。
だが、その一連の動きにバランスを崩したプリムはアミティアを放り出し、地面に片膝と手をついた。
「ッに、ッげて」
声を絞り出しつつ、プリムに雷魔法を放つチェルシー。
アミティアはどうしていいかわからず狼狽えている。
プリムは片膝をついた体勢から立ち上がろうとしていた。
「行ッッて!」
チェルシーは足を掴まれそうになるのをかわして、かかとをプリムの顔面に叩きつけると、アミティアに向かって風魔法を放った。
突風が吹き、吹き飛ばされたアミティアはガラスを破って館の外へ放り出された。
プリムは再び顔を蹴りにきたチェルシーの足を掴んだ。そしてチェルシーの巻きついた腕を持ち上げると、床に振り下ろす。
チェルシーは木の床に叩き付けられ、意識朦朧となった。
「一匹逃したけどまあいいわ」
やや苛立ちを含んだ声でそう言うと、プリムは自身の右手で生み出した黒い火の玉を、チェルシーの口の中に押し込んだ。
「ただの妖精の加護は、こうすれば関係ないんだよね」
誰に言うでもなくプリムはつぶやいた。
黒い火の玉を飲み込んだチェルシーは、一瞬瞳孔が開いたような表情を浮かべた後、気絶した。
◇
しばらくすると、チェルシーは意識を取り戻した。
「気分はどう?」
プリムに問われたチェルシーは、自身の体の感覚を少し味わってから答えた。
「ええ、とってもいいわ。今なら簡単に魔女どもを葬れそう」
そう言って笑うチェルシーの瞳からは、光が消えていた。
それを見て、少女は満足げな笑みを浮かべた。
◇
御前試合当日、魔法女学園入口の大門の前で、全校生徒がレイを見送っていた。
門の前の石畳や、門の両側にある大きな花壇の常緑植物には、早朝、うっすらと雪が積もっていた。
しかし、空は快晴で、日が上ると、日差しを受けて雪はすぐに溶けてなくなった。
「雪のお城作りたかったなー」
などとランセが言っていると、水浸しの石畳の上を屋根が白く車体が赤い、金の縁取りのある緻密で豪華な装飾が施された馬車が走ってきた。
レイを御前試合の会場まで送る馬車だった。
「フランベール、気負わずに頑張りなさい」
「はい」
校長がレイに笑いかけた。
校長からは一ヶ月前に、
「負けた方の学校が廃校となるという条件は、大王に言って取り下げてもらったわ」
と、説明を受けた。
だがレイは、その言葉を信じきれないでいた。
事実、チェルシーに会った時に聞いてみたが、そんな話は聞いていないと彼女は言った。
あの時、サインなどしなければそれで済んだ話だったのかもしれないと思うと、深刻に考えなかった当時の自分に、レイは悪態をつきたくなった。
しかし、このような条件を出してくるような相手なら、出場しなければしないで、不戦敗で負けた可能性もある。
いずれにせよ、今日これから自分たちがやること、「作り試合による引き分け」が最善の方法なのだと、レイは自分に言い聞かせた。
「レイ、またあとでね」
「うん」
白い息を吐きながら軽く手を振るベルに返事を返すと、レイはその馬車に乗り込んだ。
見送りの生徒達から激励の言葉が飛んだ。




