第31話 すやすや
姫の教師体験終了日の前日。
一年生たちはこの2週間と数日、特別授業として終日グラウンドで剣術の練習をしていた。
その結果、ほとんどの生徒が藁斬りを成功させており、残るはあと一人だけとなっていた。
「えいっ」
ボテッ
ランセのヘナヘナな一撃が藁を襲った。
藁は何事もなかったかのように、そのままの姿を維持していた。
「こおらー! なんだその一撃はー!」
イライラが抑え切れず、竹でできた剣で地面をバシバシ叩くラクリマ姫。
「え? 藁斬りです」
堂々と答えるランセ。
初めは姫を怖がっていたのだが、祖母との比較においてそれほどでもないと結論付けたランセは、姫と普通に会話出来るようになっていた。
「これが藁斬り……、全然斬れとらんではないかー!!」
地団駄を踏みながら竹剣で地面をバシバシ叩く姫。
「ランセ、大丈夫かな」
「コツを掴めばそんなに難しくはないはずなんだけど」
ピノとビートが心配そうに見つめる。
「そもそもあのタヌキ、努力が苦手なんじゃないの?」
「でも、飛行魔法はできるようになったし、これも可能だと思いますわ」
「どうせなら全員で成功したいよね」
エルレとディタとズコットが、ランセと姫のやりとりを見ながら言った。
「姫、こうなったらあの作戦でいきましょう」
「はあー、はあー、なんじゃあの作戦とは」
興奮が収まらない姫が、肩を大きく揺らしながら聞きかえす。
それを受けてボワロンが姫の耳元で、何やら囁いた。
「うーむ、よし!それでいこう!早速あやつを呼ぶのじゃ!」
◇
数十分後。
「久しいですな姫さま」
「遅いぞ、ミリよ! 勿体つけおって!」
世界最強の魔女であり、ランセの祖母であるミリ・ヴァレリアンヌが、転移魔法で現れた。
「うわっ! ミリ様だ!」
「え? 本物なの?」
「ちょっと、後でサインもらう?」
最強魔女の突然の来訪にざわつくクラスメイトたち。
「はっはっは、すみませんな姫さま、畑の手入れをしておりましたもので。で、うちの孫はどこですかな?」
「わらわを待たせるような奴には教えてやらん!」
プイとそっぽを向くラクリマ姫と、あたりを見回すミリ。
「ミリ様、久しぶりですー」
「おお、プラリネ、久しいな」
手を振るプラリネにミリが答えた。
「ミリ様、お久しぶりです」
「ボワロン、孫が世話になっとるようだな」
ボワロンが軽く会釈した。
「この度はご足労いただいてすみません、ちょっとこちらも事情がありまして」
「わかってるよ。で、ランセは今どこに?」
「あそこです」
ボワロンが指差したのは校舎の屋上だった。
ランセが屋上で身を隠しつつ、グラウンドの様子を伺っていた。
姫とボワロンのやり取りから、不穏な気配を感じ取ったランセは屋上に避難していたのだった。
次の瞬間。
ザッ!
「うわっ!」
「まったく、世話をかけさせおってからに!」
移動した形跡のないミリが、ランセの首根っこを掴んで立っていた。
何が起こったかわからないクラスメイトたち。
「さっすがねー全然見えなかったわ」
「私もまだまだだなー」
「ふん、腕は衰えてはいないようじゃな」
プラリネとボワロン、そして姫のその言葉も届かないほど、ミリはランセに混々と説教していた。
そんな時間がしばらく続いた後、
「いやー、恥ずかしいところをお見せしましたな」
ミリは豪快に笑いながら言った。
「よいわ、そんなことより、早く鍛錬を開始したらどうなんだ」
「ははは、お任せあれ。ランセ、指輪を外しな!」
説教のせいで意識が朦朧としていたランセが目を覚ました。
「は、はい!」
返事をすると、おもむろに左手の人差し指に嵌められた指輪を外した。
突如、押さえ込まれていた力が解放された。
髪や体操着がバサバサとはためく。
「えー、何これ?」
「いいからそれでやってみな」
「うん!」
ランセは藁束の前に立つと、木剣を上段に構え一気に振り下ろした。
スカッ!
剣は空を斬るように滞りなく進み、藁束がボトリと落ちた。
「お、おおー!できたー!」
「えー、すご!」
「ランセちゃんすごい!」
「うそだろ? こんなの」
「言葉がありませんわ……」
「いや、ランセはやるやつだと思ってたよ」
ロ々に驚くクラスメイトたち。
「能力を抑える指輪をはめてるなーとは思ってたんですが、まさかここまでとは思わなかったですよ」
笑顔のボワロンが言った。
「なんじゃ、できるなら最初からやっておいてくれれば手間もかからなかったのだが?」
「申し訳ありませんな姫さま、努力する癖をつけておかないと孫のためにならんと思っておりましたもので。それに、まだうまく力を扱えないのですよ」
拗ねる姫をなだめるようにミリが言った。
「あ、あれ……」
ランセはよろけた後、尻餅をついた。
そしてそのまま横向きに倒れると、すやすやと眠ってしまった。
「ほれこの通り。自身の力の強さに体の方が追いついていないのです」
ミリはランセを抱き抱えた。
そして指輪を再びランセの指にはめた。
自分か許可した時か、ランセや大切な人の命が危険な場合を除いて外せないよう印を込める。
子供が振り回すには危険な力だった。
「まあよい、大王が視察に来る日にはお主もその童に付き添え」
「わかりました、姫さま」
こうして、姫の教員生活は終わった。




