体育館の中
「はぁ……疲れた。今日はもう遅いからやめましょうか」
「そうですね。俺ももうクタクタです」
「あの、建物の中をちょっと案内したんだけどいいかしら?」
「ええ、お願いします」
「それじゃ、ついてきて」
移動を始めたリオンさんの後ろを追う。コートを出て、薄暗い廊下へと移動する。やがて、木で出来た扉の前に止まり、リオンさんがその扉を開けた。
その部屋の中にはベンチプレスやベンチマットなどいろんな筋トレようの器具が置いてある。どれもそこそこ年季が入っているがなかなか良さそうな器具ばかりである。
「ここがトレーニングルーム。主に筋力強化の練習をするときに使うところよ」
「おお……」
思わず感嘆の声が溢れた。
俺がいた高校は弱小の高校だったため、こんなに充実した設備はなかった。
曲がりなりにもさすがはプロ育成チームの施設といったとこか。
「それじゃ、次の部屋を案内するわね」
トレーニングルームを出て、再び移動を開始した。階段を上り、白い扉の前についた。
「ここは浴室よ。使用できる時間は午前中は朝の六時から十時までの間。午後は五時から十一までと決まってるわ」
「あの、こっちが男用ですか?」
「いえ、浴室は男女共用よ」
「ええ!?」
驚きのあまり、俺は大きな声を出した。
「だ、男女共用ですか!?」
「何よ、そんなに驚いて……って、あ……」
リオンさんの顔がみるみるうちに真っ赤っかになっていった。
「ちょ、ちょっと! 何想像してるのユウタったら! まさか一緒に入るつもりじゃないでしょうね!」
「そんなこと考えてませんよ!」
「まぁいいわ……お風呂は順番を決めて入ることにしましょう。それじゃ、次は寝室に案内するわ」
浴室から五十メートルほど歩いた先に白色の扉があり、リオンさんは扉の手をかけ、扉を開けた。
「ここが就寝室よ。中に入って」
リオンさんに促され、俺は就寝室の中に入った。
部屋の中には少しカビ臭く、二段ベッドが五つほど置かれているのが目に入った。
「ここが寝るところか……この部屋は男用ですか?」
「は? 男女共用だけど?」
うっそだろ。この世界は男と女で部屋を分けるという概念がないのか。それともここだけか。
俺は取り乱しそうになるのを必死で抑えた。
「そ、そうなんですか。それじゃ、俺はどのベッドを使えばいいんですか?」
「この上の方、私が使ってるからそれ以外なら好きに使って良いわよ」
リオンさんは自身の右に置いてあるベッドを指差した。なんかぬいぐるみとか鞄とか色々置いている。
「えっと、それじゃ……そのベッドの下を使っても良いですか?」
俺はリオンさんが使っている二段ベッドの下の方を使って良いか聞いてみた。
「別に良いわよ」
よし、使おう。別にこれといって深い意味はない。いや、本当に。
「それじゃ、俺はそこで寝ますね……」
「ええ、構わないわ。それより、いちいち敬語で話さなくてもいいわよ。私のことも呼び捨てで構わないわ」
「ええ、でも……なんか、リオンさんの方が年上っぽいですし……」
リオンの見た目的に俺より少し年上っぽく見えるが一体いくつなのだろうか。
「年齢なんて別に関係ないわよ。ユウタの世界では違うの?」
俺のいた世界か……
静岡の高校に引っ越してくる前の東京の強豪校にいた頃は上下関係の厳しかった部活だったと思う。
先輩に廊下であったら必ずお辞儀をして大声で挨拶をしなければならなかった。
体育館のモップがけは必ず一年生がやり、荷物持ちをするなんて当たり前、中には先輩のパシリにされているものもいた。
あの頃の自分は果たして楽しくバスケできていただろうか。
その一方で、静岡の高校でバスケをしていた時はとても楽しかった。
先輩は気さくな方が多く、チームメイトは才能こそ恵まれていなかったものの、本当に楽しそうにバスケをしていた。
そんな環境の下、バスケしていた俺は間違いなく幸せだったのだろう。
「俺のいたところではどっちかっていうと、年齢が上の人を敬う風潮がありましたね」
「ふーん、そうなんだ。ところでユウタはいくつ?」
「十八歳です。リオンさんはいくつですか?」
「私は確か……今年で百二歳だったかしら」
まさかのロリバ……いや違うか。ロリではない。
「それじゃ、俺よりはるかに年上じゃないですか!」
なんかのファンタジーに関する本でエルフ族は長命と聞いたことがあるが、これは本当だったようだ。
「だーかーらー! そんなの気にしなくていいってば! この世界は実力主義だから! 少なくとも私とユウタとの実力には大きな差はないわけじゃん! 敬語禁止! オーケー?」
「お、オーケー……」
リオンの気迫にケーオーされ、俺はオーケーした。そう言うわけでリオンとはタメ口で話すことにした。
「よし! ユウタも納得してくれたところでそろそろご飯にしましょうか! 食堂に案内するからついてきて!」
俺はリオンに誘導され、食堂へと向かった。二階の薄暗い渡り廊下を渡った先に、いくつものテーブルが並べられている部屋があった。
「すみませーん!」
リオンが厨房に向かって大きな声を出した。すると、ズカズカと足音が聞こえてくる。
「はいはーい!」
厨房から出て来たのは、ふくよかな体型をした割烹着を着た愛想の良さそうな女性だった。
リオンのように耳は尖っておらず、普通の人間のようであることが確認できた。
髪は金髪で外国人のような容姿をしていた。
「あら、リオンちゃんそこのイケメンの男の人は?」
「今日からエンジェルライトに入団することになった五十嵐裕太です! ユウタも挨拶して」
「は、はじめまして。五十嵐裕太です。よろしくお願いします」
俺は深くお辞儀して挨拶した。
「そうかい。私はこの厨房で働いているコーホンだよ。よろしくね」
コーホンさんは優しく微笑んでくれた。
「それじゃ、コーホンさん。今日は日替わり定食でお願いします!」
リオンは料理を注文した。
「あいよ。それにしても良い男が入ったねぇ。リオンちゃん、間違い起こさないよう気をつけなさいよ」
「な、なななな何を言ってるんですか! コーホンさんってば! もう……」
リオンは顔を赤くさせた後、上を指差した。
「裕太。上にメニュー貼ってあるからそこから選んで。一日二食までなら無料で食べれるから」
おお、中々福利厚生しっかりしてるんじゃないか。
「わ、分かった。それじゃ、レッドドラゴンの唐揚げ定食一つお願いします」
「あいよ」
注文を承ったコーホンさんは厨房へと戻っていった。
「よし、それじゃ座って待ってましょ」
そういうと、リオンは手前にあるテーブルの椅子に腰をかけた。
俺もリオンの向かい側の椅子に座った。
「裕太がエンジェルライトに入ってくれて良かったわ。あと三人集めないとね」
「三人か……一番近い公式戦はいつなんだ?」
「えっと、確か三ヶ月後くらいね」
「ま、まじか……」
三ヶ月くらいしか集める期間がないとわ。体良く集まれば良いのだが。
「集まらなかった場合はどうなるんだ?」
「今シーズンの試合は諦めなければならないわ」
リオンは「はぁ……」とため息をこぼした。
「そ、それは困るな。なんとか集める方法はないのか?」
「ないこともないわね」
「一体、どんな方法だ?」
「アマチュアリーグのチームに入団するには基本的には希望者の人から入団試験を申し込むのが基本なの。けど、こっちから入団を持ちかけることもできるわ」
「つまりスカウトっていうことか」
「ええ、まあそうね」
「めぼしい選手は誰かいるのか?」
「いえ、けど。五日後にスリーオンスリーの大会があってね。毎年結構、すごい選手が出場してくるのよ。それに出ている選手を誰か勧誘しようと思ってるわ」
「スリーオンスリーか。面白そうだな。俺たちも出れるのか?」
すると、リオンは不思議そうな顔をした。
「何言ってるの? 私と裕太の二人しかいないでしょ」
そう指摘され、恥ずかしさのあまり顔から火が吹きそうになる。小学生でも分かるような簡単なことを忘れていた。
「そ、そうか。でも、万が一、大会前に誰か入って来たら出れるんじゃないか?」
「ええ。まぁ前日までなら申し込みOKだから一応ね。けど、そう都合よく来るわけないわよ」
リオンの言う通り、そうそう来ることはないだろう。いやぁ、大会出たみたいな。スリーオンスリーの大会なんて今まで出場したことがない。
そして自分の実力をコートで披露したい。
「はい、お待たせ! 日替わり定食とレッドドラゴンの唐揚げ定食ね!」
コーホンさんが注文した料理を運んで来てくれた。香ばしい唐揚げの香りに食欲がそそられる。
「ありがとうございます!」
俺はコーホンさんにお礼を言った。
「ありがとうございます。コーホンさん! それじゃ裕太。食べましょうか!」
「ああ、いただきます」
「いただきます!」
俺は茶色い衣で覆われているレッドドラゴンの唐揚げを一口齧った。
「ん……美味しい」
衣はサクッとしており、肉は赤みを帯びており、中から肉汁が出て来た。味は普通の唐揚げのようで美味しい。
「でしょ? コーホンさんの作る料理は全部絶品なんだから!」
リオンはまるで我が事のようにコーホンさんの料理を褒め称えた。
ちなみにリオンの食べている日替わり定食は大きいハンバーグとサラダが盛り合わせられている大皿とスープで構成されていた。
中々にボリューミーだと思う。食べきれるのだろうか。
「うーん! 美味しい〜このために行きてるもんだわ〜」
ギャル曽◯のように美味しそうに食べるリオンを見てなんだか少し和やかな気持ちになりかけた。本当に幸せそうに食べるなぁ。
ご飯を食べ終えたあと、リオンはトレイを持ち、返却口へと持っていった。俺も食べ合えたあと、トレイを返却口へと持っていき、食堂を後にした。
「うーん! なんかご飯食べたら眠くなってきちゃったな……」
リオンは大きく上に伸ばした。胸はうん……そこそこあるのではないだろうか。
「私、お風呂行って来るからシューティングするなり休憩するなりして、時間潰してもらえる?」
「分かった」
するとリオンはピンと人差し指を立てた。
「いい? 絶対に覗きはしないでね! 私は感知系の魔力を使えるから覗こうとしたらすぐ分かるんだから!」
「し、しねーよ! そんなこと!」
覗き、ダメ、絶対。それにしても、感知系の魔法か。厄介だな……いや、冗談だよ?
「そう。なら良いけど……上がったら声かけるから」
「あ、ああ」
リオンはお風呂へと向かっていった。
さてと……覗きにいくかな、ってのは冗談で俺はコートへと向かった。
用具室の中からボールを取り出し、スリーポイントラインの手前からシュートを打った。
シュートはスパッと決まった。
何本かシュートを打っていく。四本目まで連続で入ったが、五本目はリングの奥へと当たり、外した。
「もっと精度を上げないとな」
俺はシューティングしながら静岡の高校の部活メンバーのことを思い出した。
みんな、元気だろうか。俺がいなくてもなんとかインターハイで勝ち抜いていって欲しいものである。可能なら一緒にインターハイを戦いたかった。
俺はひたすらシュートを打ち続けた。百本打ったあたりで、俺は汗だくになってしまった。
「頑張ってるね。裕太」
「うわ!」
突如、背後からラグリーが現れた。突然の出現に俺は驚き、情けない声を上げてしまった。結構怖いから勘弁して欲しい。
「なんだ、ラグリーか。ビックリした」
「驚かせてすまない。はい、これ。着替えとタオル。お風呂に入る時に使って」
「ああ、わざわざありがとう」
「いやぁ、リオンのお風呂を覗きに言ってしばき倒されてるんじゃないかと心配だったけど、大丈夫そうで安心したよ」
「なんなんだ! ラグリーまで本当!」
俺ってそんなに覗きしそうな雰囲気を醸し出しているのだろうか。
「裕太。練習も良いけど、明日はクエストだから早めに寝るようにね」
「ああ、ってかさ。俺って魔法とか使えるようになってるのか? クエストに行っても役に立つ?」
「いいや、全然」
あっさりとラグリーが否定した。まじかよ。魔法とか使えたら面白そうだなあとちょっと期待していたんだが。
「裕太には基本、荷物持ちをしてもらう。もちろん自衛用に武器を渡すから雑魚モンスターくらいは倒しても良いけど、戦闘は私とラグリーに任せてもらう。こういっちゃ、あれだけど……あまりでしゃばらないように気をつけて」
「お、おう……」
あまりでしゃばらないようにか。もしそれをバスケの試合で言われていたらかなり凹みそうだな。
「それじゃ、無理しないようにね。おやすみなさい」
ラグリーはシュンとどこかに瞬間移動して消えていった。
その後も五十本ほどシュートを打っているとラグリーがやってきた。リオンは白いシルクの素材のバスローブのようなものを着ていた。
「おまたせ裕太。私、お風呂終わったから入って良いよ」
「あ、ああ。そうだな」
風呂上がりのせいか、なんだかとても良い匂いがする。少しドキドキしてきた。
「すごい汗だくじゃない。頑張るのも良いけど風邪ひかないようにね。それじゃ、私は寝るからおやすみなさい」
そう言うとリオンは寝室へと向かっていった。
俺はラグリーから渡されたタオルと着替えを持ち、お風呂場へと向かった。
着替え場には着替えを置いておく白い脱衣カゴが置かれており、その向かい側には大きな鏡が備え付けられていた。
俺は練習着と下着を脱いだ。そういえばこの練習着とか、下着はどうすれば良いのだろうか。
ふと、あたりを見渡すと、俺の数メートル先に洗濯機のようなものが置いてあった。
おお、洗濯機はあるのか。思ったよりこの世界は文明が発達していていいな。俺は洗濯機の中を覗き込んだ。
「こ、これは……」
中にはリオンの服や下着と思われるものが入っていた。
俺は一度目を瞑り、もう一度中を覗き込んだ。
リオンが先ほど着ていた練習着、そして白色のパンティやブラジャー。
よし、何も見なかったことにしよう。俺はそっと洗濯機の蓋を閉じた。
俺は一旦、自分の練習着や下着のことはひとまず置いておき、浴室へと向かった。
浴室には大きめの湯船とシャワーがあった。
シャワーは十人分ほど備え付けがある。
俺はシャワーで身体の汚れを落とした後、湯船に浸かった。
「あー、極楽極楽……」
おっさん臭い俺の独り言は風呂場の湯気の中に吸い込まれていった。
十五分ほど湯船に浸かった後、俺は風呂から上がった。
ラグリーから受け取った白いシルクのような生地でできた寝巻きに着替えた。
脱いだ練習着や下着はとりあえず、脱衣カゴに置いておき、後でリオンにどうしたらいいか確認してみることにしよう。
「あー、喉乾いたなぁ……」
風呂上がりのせいで喉がカラカラになった。
コートの外にある水飲み場へと俺は赴いた。
ひんやりとした外は冷たい空気が風呂上がりの身体の体温を一気に低下させるのだった。
「あー、うめぇ」
水を飲むと、一気に喉が潤った。冷たい風を浴び、身体がブルっとくる。
ふと、空を見上げると、散りばめられた宝石のようにキラキラと輝いていた。
綺麗だなと思った。
俺が住んでいた静岡の某所も中々綺麗に星空が見えるところだったが、ここの夜景はそれを凌駕するくらいすごかった。
キランと光る流れ星が見えた。しかし、一瞬にして光の筋を残し、流れ星は消えてしまった。
「ああ……願い事言えば良かった」
願い事。それは今の自分にとってバスケがもっと上手くなりますようにくらいしかないが。いや、これは自分で叶えるべきだな。なら、早く五人揃いますようにとか願うべきか。
その後、しばらくの間夜空を眺めていた。しかし、流れ星は一向に現れなかった。
星空を見るのも飽きたところでもう寝ようと思い、俺は寝室へと移動した。
寝室に入ると、どういうわけかリオンが俺のベッドに座り込んでいた。
「あの……リオン。それ、俺のベッド……」
「ね、ねぇ……ユウタ。風呂場でさ、何か変なことはなかった?」
「ああ、そういえば……」
そこで俺は言葉を止めた。十中八九、自分が脱ぎ捨てた服や下着ことを言っているのだろう。
「何かしら?」
リオンは微笑んでいるが、目は全く笑っていない。ぶっちゃけ怖い。
「いや……特には何も。それよりも、今日使った練習着、そのまま風呂場に置いてきたんだけど、どうすれば良いんだ?」
シラを切るため、俺は洗濯の方法について訊くことにした。
「そう。なら着替えは私が洗濯しておくわ」
「え……」
俺の着替えをリオンが洗濯する? さすがにそれは抵抗がある。
「いや、良いよ」
さすがに親でもない人に自分の下着やら何やらを洗ってもらうのは抵抗がある。
「なーに? もしかして照れてるの? 別に気にしなくても良いのに!」
少し小馬鹿にした様子で微笑むリオン。合宿での経験だと洗濯とかそういうのって年功序列でやるものだったな……ってよく考えたら、それは『男子バスケットボール部』だからであった。俺がリオンのを洗うのは明らかに変態行為と呼んでもいいだろう。
「いや、リオンは洗濯機に下着を置きっ放しにするくらいだから気にしないかもしれないけど、俺は抵抗があるんだよ」
「え?」
「あ……」
数秒ほど、沈黙が続き、自分の血の気がサーと引いていくのを感じた。
「何見てんのよ!、このド変態!」
この後、どうなったのかは想像のおまかせしよう。




