シュートとは上に飛ぶもの
「タイムアウトお願いします!」
ラグリーの声が耳に届いた。審判が笛を吹き、俺たちはラグリーのいるベンチへと移動した。
このスリーオンスリーの大会、二日目以降は各チーム一回づつタイムアウトを申請することができる。
ちなみにタイムアウトすると一分間の休憩を行うことができる。
そういうわけで俺たちはラグリーにいる、ベンチへと移動した。
「ご、ごめんなさい。二人とも……」
先ほどの一対一でシュートを決められたリオンは少なからずメンタル的にダメージを受けていた。
「気にすることないよ、ハレス。それに試合は終わっていない。切り替えよう」
ラグリーはリオンに励ましの声を投げかけた。だがこの試合、キーとなってくるのはやはりアイリのオフェンス。
これはもしかしたらリオンのプライドが許さないかもしれない。だから俺は恐る恐るこんな提案をした。
「なぁ、リオン。次のディフェンス。俺がアイリをマークしたいんだが、いいか?」
「ユウタにはアイリを止める自信があるの?」
「ああ」
俺は頷いた。嘘ではない。先ほどのシュートは確かに脅威。だが、止める術は考えてある。
リオンは一度、目を閉じると、「フゥ……」と息を吐き出した。やはり、悔しいのだろう。それでも、リオンは自分のプライドよりもチームの勝利を優先するだろう。
「いいわ。アイリは任せる」
「ありがとう。けど、次のオフェンスはリオンで攻めるからな。あいつからスリーポイントシュート決めてくれ」
「す、スリー!?」
驚きの声を上げたのはラグリー。ぐいっと顔を近づけられ、大きな翡翠の双眸が俺の顔を覗き込んだ。
「ああ。次の攻撃にはスリーが必要になる。アイリの得意技のスリーポイントシュート。それをリオンが決めればダメージがでかい。俺がパスを出すからいつでも打てるように準備しておいてくれ」
「ちょっと、裕太! 別に無理してまでスリーを打たなくても……」
ラグリーの言うことももっともだが、ここは強気に行くべきところ。
「リオン。できるか?」
「当たりでしょ! いつでも準備は良いわ! 良いパス頼むわよ!」
リオンがそう応えると、ラグリーは呆れたようにため息を吐いた。
「やれやれ、しょうがないな。よし、ならそれで言ってみよう! いい? みんな、絶対に勝つんだよ!」
「「「おお!」」」
タイマーから『ピー』という甲高い音が鳴り響いた。タイムアウトはもう終わりのようである。
「それでは、エンジェルライトのオフェンスから開始してください!」
審判からボールをもらい、精神を研ぎ澄ませた。
「行くぞ! 二人とも!」
「ええ!」「うむ!」
リオンとハレスが気合を入れた。俺は「ハレス!」と声を掛け、一度、ハレスにパスを出す振りをして、逆サイドに切り込んだ。
「あー!」
ごめん。ハレス、もらう気満々だったようだ。
「抜かせないよ!」
ミツキは特にパスフェイクに惑わされた様子もなく、ディフェンスしてくる。
ミツキには悪いが、はっきり言って、ミツキのディフェンスはリオンと比べると大したことはない。
スピンムーブし、ミツキを抜き去った。数歩先には、リオン、そしてアイリがいる。
俺はあえてゆっくりとシュートモーションに入った。
「ヘルプお願い!」
ミツキが叫ぶと、俺の予想通り、アイリが俺の方に近づいてきた。
ギリギリまで引きつけると、俺は右九十度スリーポイントラインの手前にいるリオンに対してとても速いパスを出した。
「つ……!」
やはりパスが強かったのか、リオンは顔をしかめた。それは悪いとは思うが、これくらい速く出さなければカットされる恐れがある。
こんな速いパス、静岡でバスケをしていた頃では絶対にやらないだろう。パスする相手がリオンだからこそ出来た芸当である。
「打て! リオン!」
「分かったわ!」
リオンは躊躇うことなくスリーポイントシュートを打った。相変わらず、レイ・アレンを彷彿とさせるような洗練された見事なフォームである。
リオンの放つシュートはノータッチで決まった。
会場が静まり返る。おそらく観客もリオンの華麗なシュートに見とれたのだろう。
これで点差は七対七の同点になった。
「どーよ! 裕太!」「おお、ナイスシュート!」「ユウター! パス来るって思ってたのに! もーう!」
パスをもらう気満々だったのに、もらえず、怒り気味なハレスを宥め、ディフェンスに移った。
俺がマークするのはエレメンツのエース、アイリ。
「ふーん、今度はあんたが私をマークするんだ」
「俺じゃ不満か?」
すごいプレッシャーを感じる。強い選手とマッチアップする時、よく『ゾク』っと鳥肌が立つのだが、アイリも例外ではなく体中から鳥肌が立っていた。それもいつも以上に。
アイリはシュートフェイクを一つ、左に行くと見せかけ、またシュートフェイクをしたが、俺は動じなかった。どれもフェイクとは思えないほど、リアリティがあり、危うく反応しそうだった。
「ふん、やるじゃん」
「そろそろ何かしないと五秒立つんじゃないか?」
俺の軽口に「ちっ」とアイリは舌打ちし、右方向にリオンばりの荒々しいドライブをした。
互いの身体がぶつかり合い、思わず倒れそうになる。というか実際に倒れた。
審判が「ピー」と笛を吹いた。
「ディフェンス! 白五番!」
ファールを取られてしまった。実は倒れたのは演技で、オフェンスファールを狙ったのだが、失敗してしまった。
再び中央スリーポイントライン手前からアイリがボールを持ち、オフェンスを開始する。
今度はノーションからの左方向からのドライブ。だが、ハレスよりは速くはない。
しっかりとついていくと、アイリはステップバックした。
さて、ここからが分かれ目。そのままスリーポイントを打つか、間合いを詰めようと前に移動したところを狙ってのドライブ。
どっちにしろ、スリーポイントシュートを打たれたら負けなのでついていくしかない。
スリーポイントラインの手前に移動すると、アイリは躊躇うことなくボールを両手で持った。
おそらく、打つ気だ。
俺はアイリの持っているボール――ではなく、アイリの足元を観察した。
重心が僅かに俺から見て右に傾いたのを確認し、俺は飛んだ。
アイリと同じ、俺から見て右横の方向に。
「な……!」
「もらった!」
アイリのシュートをブロックし、すかさずルーズボールを拾った。
すると、観客席から『ワー!』という歓声が沸き起こった。
しかし、まさかスリーポイントでさっきの横っ飛びシュートをしてくるとはな。
流石に心臓が縮こまった。
アイリが横にジャンプする際、重心が僅かにジャンプする方向に移動しているのが先ほどのリオンとの一対一を見て分かった。
だが、実際に対応できるか、正直自信はそんなになかったが、なんとか上手くいった。
「やって……くれんじゃん!」
アイリがものすごい形相で俺を睨む。アイリは冷静さを失いかけている。ここはチャンス。
そして、俺たちの攻撃。このオフェンスに入る前、少しリオンとハレスに指示をしておいた。
ボールを持っていない状態でゴール下に入り込むリオン。当然、アイリもついていく。
リオンにパスを出す――振りをして、ディフェンスを見事交わしたハレスにパスを出した。
やはり予想通りだった。オフェンスに入る前に二人にこう指示しておいた。
「リオン。次のオフェンスはゴール下に切り込んでくれ」
「分かったわ」
リオンが頷き、次にハレスにも指示を言い渡す。
「ハレスもリオンと逆サイドからゴール下に切り込んでくれ。できればディフェンスを振り切って欲しい」
「分かった!」
見事作戦が功を期した。水を得た泡のようにハレスはいい位置でボールを受け取った。
「貰った!」
ハレスはそのままレイアップの体勢に移る。いいぞ、決めてやれ。
「ヘルプ!」
アイリが止めにいったが、流石に間に合わず、ハレスがシュートを放った後、アイリはハレスと衝突した。
「いた!」
ハレスが痛そうに声を上げた。運良くハレスのシュートはボードに四角の角に当たり、入った。
「ファール黒四番! バスケットカウント、ワンスロー!」
「ナイス! ハレス! グッジョブよ、グッジョブ!」
リオンはハレスの肩を叩き、珍しく褒めた。
「お、おお! 当然だ、我の力を持ってすれば!」
嬉しそうなのを必死にハレスが隠しているのが伝わってきた。
フリースローの権利が与えられたハレスはフリースローラインの手前に立った。
審判が『ピッ』と軽く笛を吹き、ハレスにボールを渡した。
ハレスは緊張した様子だった。ハレスにフリースローを教えていない。
というか、ゴール下のシュートすら決めるのは危うい。
「ハレス! リラックスして打て! 落ちても拾ってやる!」
「分かった!」
そこまで身長差があるというわけではないが、リバウンダーの身長はややこちらの方が高い。
リオンに「リバウンド取るぞ」という意味合いでアイコンタクトを送ると、ハレスは頷いた。
リングの方向を見る。ハレスが力を込めてシュートを放った。
うん、改めて見るとフォームがひどい。後でフリースローについても教えてやらないとな。
しかし、意外にもボールは真っ直ぐに飛んでいった。一瞬、入るか? と期待したのだが、ボールはフープの奥側に当たり、高らかに舞い上がった。
「「リバウンドォ!」」「「「リバウンド!」」」
両チームのリバウンダーが同時に叫んだ。ボールは俺の近くに降りてきた。
高さこそ俺が優っているものの、がっちりとミツキにスクリーンアウトされ、後ろからリバウンドを取るのは少々厳しい。ならば……
「リオン!」
俺はボールを指で弾き(タップし)、リオンがいる方へと送った。
リオンはすかさずボールに飛び込み、ゴール下でボールを受けた。
「止める!」
アイリが手を伸ばし、リオンをマークした。だが、ゴール下にいるリオンを止めるのはそう安易なことではない。
リオンはものすごい力でアイリを押し込むと、地面を蹴り込み、高く――飛んだ。
それに合わせてアイリもジャンプした。
「絶対に決めさせない!」
両手でアイリはリオンのシュートを防ごうと試みた。
しかし、驚異的なジャンプ力のリオンの前ではそれは意味をなさず、アイリが空中から落ちていっているのに対し、まだリオンは鳥のように宙に止まっている。
「これで終わりよ!」
リオンは派手な右手のワンハンドダンクを決めた。今日一番の威力である。これが決勝点となり、会場から壮大なスタンディングオーベーション、そして歓声が巻き起こった。
「ブラボー!」「リオン! リオン!」「エンジェルライト! エンジェルライト!」
観客の大半はリオンに賞賛の声を送っていた。
試合の決着がついたので、俺たちはセンターサークルに整列した。
「十対七でエンジェルライトの勝利です」
「ありがとうございました!」
俺は敬意を込め、エレメンツの三人に深々と頭を下げた。本当に強いチームだった。
「いやぁー。負けたよ。ユウタくん。次の試合も頑張ってね!」
「ああ、頑張るよ」
ミツキが微笑みながら手を差し出してきたので、握手した。
「ハレスちゃん! 次の試合も頑張ってね!」
「ふはははは! 任せておけ! 必ず優勝してやるぞ!」
リンカとハレスもいい感じで話している中、アイリとリオンも無言で見つめあっていた。互いにガンを飛ばし合っているようにも見えなくない。
「……」「……」
何か怖えな。数秒ほど見つめ返すと、アイリは身を翻し、コートの出口へと歩いきだした。
「リンカ、ミツキ。出るよ」
「はいはーい! それじゃ、エンジェルライトの皆さん! 頑張ってね!」
ミツキは笑いながら俺たちに手を振った。いやぁ、ミツキはとてもいい人そうである。おそらくミツキとはうまくやっていけるであろう。
「みんな、お疲れ様。一度外に出て休もうか」
ラグリーがやってくると、外に出るよう言うので、俺たちは一度、体育館から出た。
日陰のあるベンチに座り、休むことにした。
「いやぁ、楽しい試合だったわ。正直、こっちが負けてもおかしくなかったけどね」
リオンの言う通り、かなりのシーソーゲームだった。
「そうだな。結構、危なかった。それよりもラグリー、予定通りあの三人をうちのチームに勧誘したいと思う」
「分かった。それは私が交渉してみるよ。次の試合まで一時間くらいあるから、みんなはゆっくりとここで休んでて欲しい」
「分かった。ラグリー、よろしくな」
ラグリーはエレメンツの三人を勧誘しに、体育館の中へと戻った。
「あの三人がうちのチームに入ったら、他の二人はともかくとして、アイリと上手くやっていけるか不安だわ……」
「まぁ、なんとかなると思うぞ」
これは今までの経験則だが、チームにおける得点源の二人というのは、プライベートではあまり親しくなくても、試合になると絶妙なコンビネーションを見せる傾向がある。
「うーん、そうかなぁ」
多分、大丈夫だろう。きっとアイリ達の加入によって、このチームの攻撃力は大きく跳ね上がる。
もっとも、アイリ達がチームに入ることを承諾すればの話だが。




