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王の紋  作者: Uma
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調査

 謁見の間から来賓館にある自室へと戻ったオリオルは身支度を整えるとさっそく調査を一人で行う――はずだった。

「何やってるんだ、お前」

 クリストフから与えられた部屋から出ると、無愛想な顔をしたリオネルが立っていた。

「べ、別に私がどこで何をしようと私の勝手だ」

 それもそうだ、と納得して、リオネルの横をすり抜けて王宮の外へと向かう。

「おい、オリオル」

 だが、リオネルに呼び止められ、一時中断。

「なんだ?」

「その、これから調査か?」

「ああ、式典まで時間がないからな」

「そ、そうか……」

 オリオルと目が合うのが嫌なのか、視線をしきりに変えている。言いたいことを好き勝手言うリオネルにしては珍しくはっきりしない。

「用がないなら行くぞ」

 と踵を返した。

「ま、待ってくれ! わ、私も一緒に調査に参加させてほしい!」

 また要領の得ない言葉なら無視しようと思っていたが、流石に聞き捨てならなかった。

「なに?」

 しっかりと聞こえていたのが、思わず聞き返してしまう。

「だ、だから、私も調査に参加させてほしいと言ったのだ……」

 だんだんと声のボリュームが下がって、最後は何を言っているのかわからなかった。だが、聞きたいことは聞けた。

「お前は式典でなんか凄い舞いを踊るんだろ」

「双演舞だ」

「そう、その双演舞の練習でもしてろ」

「甘く見るな。双演舞の舞いなど私が十歳の時にマスターしている」

「双演舞っていうのは、自分の契約精霊と踊るんだろ。フィルランテの方は大丈夫なのかよ」

「フィルランテは水の踊り子の精霊だからな。私が舞いの型を教えたら完璧にマスターした。もちろん、私とフィルランテの息はピッタリだからな、二人で合わせても完璧だ」

 そういえばフィルランテはいつも踊り子のような格好をしていたな、などと今さ思う。

「そういえば、フィルランテの姿が見当たらないが」

「ああ、フィルランテは、今母上とお茶をしているぞ」

「お茶って精霊はマナ以外で栄養補給はできないだろ」

「どうやら、人間の真似をして食事をするのが好きらしくてな。母上とも意気投合しているぞ」

 もうそこまでいくと人間と変わりないな。

「ま、お前が大丈夫と言うなら何も言わない。それじゃ俺はこれで」

「ああ……って行こうとするんじゃない!」

 思わず舌打ちしてしまう。

 上手く誤魔化せたと思ったのだが、リオネルはそれほど甘くないらしい。

「さきほども言ったが、私も調査に参加させてほしいのだ」

「ダメだ。たぶんだが、この精霊の消失には、裏に何かある」

「それはどういうことだ?」

 どうやらリオネルは気付いていないらしい。

「この精霊の消失は自然現象じゃない。第三者が意図的に引き起こしたものだ。そうでなかったら、自然の多いリスペクアートから微精霊がいなくなるなんて天変地異は起きるはずがない」

 人間と契約していない微精霊たちは、自然の植物や動物から溢れるマナを吸って生きている。だから、リスペクアートのように緑が豊かな都市には微精霊が多くいるのだ。

「調査しているうちに、いつかその第三者と戦うことになるかもしれない。悪意によっての行動なら、な」

「それなら仲間は多いほうがいいだろ」

「そうだな。だが、お前は連れていけない」

「どうしてだ!?」

 矛盾しているオリオルの言い分に、ついにリオネルは顔を真っ赤にして怒ったのだが、

「それは、お前を危険なところに連れて行くわけにはいかないからだ」

 そうオリオルが言った瞬間、別の意味で顔を真っ赤にして、また視線をオリオルから遠ざける。

「そ、それは、その、どどどどいう意味で言っているのだ!?」

「どういうって、そのままの意味だ」

「そのままの!?」

 リオネルの顔の赤さは、ついに過去最高まで到達した。

「ああ、双演舞を踊る奴に怪我でもされたら、俺が教王になにをされるかわかったものじゃない」

 リオネルの顔の熱がサーといっきに引いていった。

 そして小刻みに肩が震える。

「おい、何を震えてるんだ?」

「う」

「う?」

「うるさぁいいいっ!」

 王宮の廊下に、なんとも気持ちのいい乾いた音が響き渡った。



 じんじんと痛む頬を摩りながら、王宮の廊下を歩く。結局、リオネルと一緒に調査に行くことになった。というより、あの後一言も口を聞いてもらえず、一緒に行くことを了解したつもりはないのだが、おそらく今の彼女に何を言っても逆効果だろう、とオリオルが折れたのだ。

 前を歩くリオネルからまだ怒りを感じさせる。だが、流石にこのままというわけにはいかない。

「おい、フィルランテは呼んでおけ。さっきも言ったが、戦いになるかもしれないんだ」

 リオネルはオリオルを一瞥すると、「そんなことはわかっている」とそっぽを向く。

 ほどなくして王宮の外へと出た。そこで待っていたのは、フィルランテ。相変わらずの笑顔を振りまき、リオネルに抱きつく。

「フィルランテ、母上とのお茶はどうだった?」

 リオネルの問いに今まで以上の笑顔を見せる。返答はそれだけで十分のようで、「それはよかった」とリオネルは頷く。

 すると、フィルランテは後ろに立っていたオリオルを見つけると、リオネルからオリオルへと宿り木を変える。

「うおぉ!」

 数歩後退するも、なんとかフィルランテを抱き止める。

「いきなり呼び出して悪いな、フィルランテ」

 気にしてないよ、とでも言いたげに首を横に振る。

「そうか」

「オリオル、いつまでフィルランテと抱き合っているのだ。さっさと調査に行くぞ」

 不機嫌さを隠そうともしないリオネルの声。

 だが、そんな契約者を見てもフィルランテは笑顔を崩さない。それどころか、心なしかさっきより嬉しそうだ。

「どうしてお前は笑ってられるんだ?」

 フィルランテには契約の繋がりによってリオネルの不機嫌な感情がわかるはずだ。にも関わらず笑っていられるのは、フィルランテが相当能天気なのかもしれない。

「お前の契約者は気分屋で困る」

 本人の前では言えない愚痴を、その契約精霊の前で漏らす。

 リスペクアートの市場街には、まだ式典の半月前だというのに、露天や曲芸師、様々な楽器の演奏者、そしてそれを目当てに来る人で溢れかえっていた。

「おぉ……」

 そんな街の様子に圧倒されたのか、リオネルは開いた口が塞がっていない。

「おい、何呆けているんだ?」

「べ、別に呆けてなどいない。ただ、こんなにも人がたくさんいる光景を見るのが初めてで、少し驚いただけだ」

「お前、何度か式典で群衆の前に立ったことがあっただろう」

「それとは少し違う。こっちの方が民はみな、楽しいそうだ」

 不機嫌だったことも忘れて、顔をほころばすリオネル。民が幸せそうな姿を見ることができて嬉しいのだろう。彼女が生まれながらにして民の上に立つ王女だということだ。

「それなら、少し見ていけばいい」

「何を言っているのだ! 私たちは調査に来たのだぞ!」

 正確には私たちではなく、オリオルだけなのだが、そのことを蒸し返すつもりはない。

「と言っても俺たちには何の情報も手掛かりもない。まずは聞き込みだ。客になって何か買った方が、露店の店員なんかは口が軽くなる。フィルランテもその方がいいだろう?」

 フィルランテを仲間に付ければ納得するだろう、と考えて話しを振る。食べ物が食べられるとあって、当然のごとくフィルランテは首を縦に振った。

 しかし、理屈が通っているが、サボっているような罪悪感があるのかリオネルは不満そうだ。

「時間がないんだ。とりあえず行くぞ」

 いちいち構っていられないので、手近な露店に早速入る。「いらっしゃい!!」という店主の野太い声が響く。

「オヤジ、三つだ」

「ハイよ」

 代金と引き換えに、揚げたパンに砂糖をまぶした揚げ菓子を受け取る。

 その次いでとばかりにオリオルは話を切り出した。

「オヤジ、この頃、ここらへんで何か変わったことはなかった?」

「変わったこと?」

 店主の視線がフィルランテとリオネルに向けられる。

「こんな綺麗な嬢ちゃんに会えたことだな」

 がははは、と上機嫌に笑う店主。

「そういうんじゃなくてだな……」

「お! もしかしてそっちの嬢ちゃんは精霊かい?」

 フィルランテを見て驚いた声をあげる。

「そうだが」

「へぇ、こりゃすげ、人の姿をした精霊なんて初めてみたぜ。というより俺たち庶民には精霊自体お目にかかれる機会は少ないんだがな」

 そう、たとえ契約精霊でも、契約者がマナをあたえ顕現させない限り、その契約者を含めた人の目には映らないのだ。普段、精霊術師はマナの節約のために、無闇に精霊を顕現させることはしない。例外としてリオネルは、いつでもどこでもフィルランテを顕現させている。しかも、自分とは別行動をさせてしまう始末だ。本人曰く、「お互いの意思を尊重している」らしい。

 まぁそれ故に、一般人は精霊を見る機会が極端に少ない。こういう式典や祭り以外で見られることは殆どないだろう。

「いやー、こんな綺麗な精霊もいたんだな。驚きだ。ほれ、そこの綺麗な嬢ちゃんたちにもう一つオマケだ」

「あ、ああ。すまん」

 と揚げ菓子を受け取る。

 一軒目は空振りに終わった。といってもそう簡単に情報が得られると、楽観視していたわけでもないが。

 さて次にはどこの店に聞き込もう、と悩んでいると、リオネルが揚げ菓子をジッと見つめるばかりで、食べようとしていないことに気付く。

 そんな契約者を差し置いて、フィルランテはもう二つ目の揚げ菓子を食べているというのに。

「どうした。もしかして揚げ菓子、嫌いだったか?」

「あげがし? これはあげがしというのか?」

 どうやら揚げ菓子自体を知らなかったらしい。

「これはパンを揚げて砂糖をまぶした菓子だ。もともとはパン屋が売れ残って冷めたパンをまたおいしく食べられるように考案したらしい」

「なるほど」

 と相槌を打って、一口。

「おいしい」

「確かに美味いな」

 あの中年オヤジの店主がこれを作ったとは思えないほどだ。

 揚げ菓子を食べ終えると、次はどこに声をかけようと、見回す。

「あ、コラ、フィルランテ」

 すると、フィルランテが一人、ある露店に向けて走り出す。

 それを追ってリオネル、そしてオリオルも続く。

 そこは綿菓子の露店。フィルランテは、露店で売られている綿菓子をしきりに指差している。

「フィルランテ、さっき揚げ菓子を食べたばかりじゃないか」

 リオネルに諌められると、今度はオリオルをすがるような目で見つめる。

 その目はどうか綿菓子を買ってください、と懇願している。

「いいぞ」

 その目に快く頷くオリオル。

「オリオルっ!」

 両手を上げて喜ぶフィルランテに対して、リオネルは不満の声を上げる。

「別にいいだろ。どうせいくつか回るんだ」

「そうだとしても……」

 理解はしているみたいだが、何か納得いかないらしい。

「それにフィルランテが我儘を言うなんて珍しいだろ。たまにはいいんじゃないか?」

「むぅう……」

 リオネルが唸っている間に、オリオルは露店で綿菓子を二つ購入する。フィルランテとリオネルの分だ。綿菓子は甘すぎで、オリオルの口に合わない。

「なぁ、最近ここらへんで何か変わったことはなかったか?」

 当然、本来の目的は忘れていない。

「変わったことかい? うーん? あ、そういえば」

 威勢のよさそうなおばちゃんが手を打つ。


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