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王の紋  作者: Uma
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リスペクアート

 試験から半月後、一足先に記念式典のためにリスペクアートへと赴いていたリオネルは怒りを露わにして王宮の廊下を歩いていた。

 怒りの原因は、選抜試験の結果。

 聖騎士と聖術師の圧勝で終わった試験だが、それでも頭角を見せた受験者はいた。その中でも特に目を引いたのは間違いなくオリオルだった、とリオネルは思っている。

 だから、合格者の中にオリオルの名前があったのは当然だと思った。

 そして今日、警備団員を乗せた馬車が来る日。リオネルはまだ合格のお祝を言っていなかったので、オリオルを出迎えにいったのだが、馬車の中にオリオルの姿はなかった。

 聞いた話によると、教王であり、リオネルの父であるクリストフが、オリオルの合格を取り下げてしまったらしい。

 そのことに激怒したリオネルはこうして父親に文句を言ってやろうと、クリストフがいる謁見の間へと向かっているのだ。

「父上、失礼しますっ!」

 止める警備兵を振り払い、謁見の間へと入った。

 そこには王座に座る父、クリストフと、なぜかオリオルがいた。

「……オ、オリオル?」

 事態の理解が追い付かず、見たままを口にする。

「なんだ、アイツも呼んだのか、教王」

「いや、呼んでおらんが」

 一国の王の前でも変わらないオリオルの態度にも驚きだが、今はなぜオリオルがここにいるのかの方が優先された。

「オリオルがどうしてここにいるっ!」

「俺に言わせれば、お前がここにいる方がおかしい気がするが」

「王女である私が王宮にいるのは当然だ」

「それもそうか」

 となんともあっさりとした返答。

「それより私の質問に答えろ」

「まぁ落ち着け、リオネル。今、それを話すところだ」

 混乱しているリオネルを諌めたのはクリストフだった。

「これは王女であるお前にも関係していることだ。聞いていきなさい」

 そう言うクリストフの顔は一国の王たるものだった。

 リオネルもいつもと様子の違うクリストフの態度に、その口を閉じた。

「一か月ほど前からだろうか、今、このリスペクアートで紋章陣が反応しない事例が多く寄せられているのだ」

「紋章陣が、か?」

「召喚陣にいたっては、まったく微精霊が現れない」

 それを聞いて思いついたのは、自分が精霊との契約を行った時のことだ。

 リオネルも召喚陣にマナを流しても精霊が現れなかった。

「父上、召喚陣に流すマナが多いのではないのですか? 私もそれで精霊が紋章陣に近寄ってこなかった経験があります」

 あの時はどうしてだかわからなかったが、精霊学院に通っているうちに気付かされた。

「いや、あの時とは違う」

「なに?」

 予想外なことにリオネルの言葉に反論したのはオリオルだった。しかも、まるでその時のことを、見ていたかのような口ぶりだ。

「どうした?」

 ジッとオリオルの顔を見ていると、尋ねられた。

「い、いやなんでもない」

 慌てて視線を反らす。

「たぶん、微精霊が現れないのは、微精霊がリスペクアートにいないからだ」

「それは真か?」

「ああ、リスペクアートから逃げるようにして飛んでいる微精霊を目撃している。時期も教王の言う一か月前からだ」

「待て、微精霊を目撃した、とはどういうことだ?」

 人が精霊の姿を見るには二つの方法がある。

 一つが契約のために、召喚陣にマナを流して、微精霊を強制的に顕現する方法。もう一つが、精霊術を使用するために契約精霊にマナを流して顕現させる方法だ。

 だが、オリオルが言った言葉は、そのどちらも使用せずに微精霊を見たかのような言い方だ。

「悪いが、お前にそれを説明している時間はない。少し黙っていてくれ」

 しかし、オリオルはそれを説明する気はないようで、視線を教王から外そうともしない。

 だが、そんな無下に扱われて「はいそうですか」と言えるほどリオネルは素直ではない。

「なんだと!」

「リオネル、今は彼の言う通りにするんだ」

 クリストフにそう言われては、素直に引き下がるしかない。

「それでオリオル、もし君が言う通り、微精霊がこのリスペクアートから逃げているというのなら、その原因を突き止めてもらいたい。そのために君の選抜試験の合格を取り下げたのだ」

 そこでようやくリオネルが知りたかったことが聞けた。しかし、それでも納得がいくものではなかった。せっかくオリオルが周り評価される機会に恵まれたというのに、それを捨ててまでオリオルがやらなくてはいけないことなのか。

 リオネルの憤りは増すばかりだ。

「わかった。どうせ俺もそのことでリスペクアートに行こうと思ってたところだ。好都合だ」

「そうだったのか!」

 つまり、選抜試験に参加したのもそのためだったということだ。

 さらに憤りが増す。

「おい、なに機嫌悪そうにしてるんだ」

「気のせいだっ」

 プイッとそっぽを向くリオネル。

「リオネルは、オリオルが活躍する姿を見れないことに憤っているのだよ」

「なっ! 違います、父上っ。私はそのようなことは……」

 顔を真っ赤にして言っても説得力の欠片もなかった。

「オリオルよ。こんな素直じゃない娘だが、よろしく頼むよ」

 クリストフが悪ノリをしてそう言うと、リオネルの顔を赤さは最高潮に達する。

「父上っ!」

「はっはっは、そう怒るものではないぞ、愛娘よ」

 とリオネルに微笑む。

「式典まで残り少ない。教王としては、なんの不安材料もなく式典に臨みたいのだよ。よろしく頼むよ、オリオル」

「言われなくてもやる」

 そう言い捨てるとオリオルは、踵を返し謁見の間から出て行った。

 その背中はどこか孤独を帯びていて、とても虚しさを感じさせた。

 それでだろう、ずっと心の中に仕舞い込んでいた疑問がぽろっと漏れてしまった。

「オリオルはいったい……」

「そんなにオリオルのことが気になるのか?」

「えっ、いえ、私は別にそんな、気にあるとか、ぜんぜん」

「隠さなくてもいい。あれほどの断固たる信念を持つ少年も珍しい。お前が興味を持つのも、王女としての使命を持つものとして当然だ」

 使命を果たすための信念を持つオリオルと、王女の使命を果たさなければならないリオネル。二人は似ているが、信念の強さが違う。その強さがどこからくるのか、興味があるのは確かだ。

「オリオルはなぜそれほどの信念を持っているのですか?」

「それは私の口からは言えない。いや、そもそも私が知っていることが全てではないだろう。彼には私やお前よりも重い責務を背負っているのかもしれないな」

 王としての責務より重いもの。それをオリオルは背負っているという。普段はただの生意気で、無愛想な学生の彼の肩にはそんな重いものが圧し掛かっている。

 知りたい。オリオルのことが知りたい。

 そんな気持ちが溢れ出てきてしまいそうで、胸をギュッと握りしめた。

「父上、一つお聞きしたいことがあります」

「言ってみなさい」

「私が小さい頃、一人で精霊と契約した時のことです」

「ずいぶん懐かしいな。いきなりリオネルの周りを飛ぶ微精霊がいたのでとても驚いたのを覚えているよ」

「ですが、私は一人で精霊との契約を果たせたわけではないのです。精霊の森で、私は私と同じくらいの歳の男の子に助けられました。とても乱暴な口ぶりの無愛想な子でした。それと彼は、まるで顕現していない精霊が見えているように感じたのです」

「それで?」

「もしかしてその子はオリオルだったのではないですか? オリオルは昔、この王宮に住んでいたのではないのですか? もしその子がオリオルなら、彼には何か特別な力があるのではないのですか?」

 まくしたてるように喋るリオネル。

 クリストフは、少し驚いた顔をしたかと思えば、そんなリオネルを見て微笑んだ。

「聞きたいことは一つではなかったのか?」

「あ、も、申し訳ありません」

「はっはっは。そうだな。私はその少年がオリオルなのか、知るところではないな」

「そうですか……」

 クリストフなら知っているかと思ったが、当てが外れた。

「ただ言えるのは確かに昔、オリオルはこの王宮に住んでいたことがある、ということだけだ」

「それは本当ですか!?」

「それは確かだ。彼は学院に入学する前まではこの王宮に住んでいた」

 王宮に住んでいるからといって、偶然出会えるほど王宮は狭くない。だが、可能性がまったく零ではなくなった。

 胸から込み上げてくる喜び。そして居ても立って居られなくなった。

「ありがとうございます、父上っ。私は少しやることができたので、これで失礼しますっ」

 クリストフに一礼して、リオネルは謁見の間を足早に出て行く。

 今追えば、さきほど出て行ったオリオルに追いつける。

 そして――

「そして、どうするのだ、私は……」

 直接、「幼い頃、私と会ったことがないか?」などとでも訊くのか。いや、オリオルが答えるわけがない。答えたとしても嘘を吐く可能性もある。オリオルは無駄な嘘をよく吐くのだ。

「そもそも、あの子がオリオルだったら私はどうする気なのだ?」

 その時のことを想像してみる。

 なぜか湯浴みをしたかのように全身が火照って、顔も水を浴びたいほどに熱くなった。

「とてもじゃないが、オリオルと顔を合わせられそうにない……」

 それがなぜかはわからない。

 けど、あの子とオリオルを重ねた瞬間、何とも言えない高揚感が全身を襲う。

「ダメだ、聞けない。聞けるわけがない……」

 でも知りたい。あの子がオリオルなのか。それとも別の誰かなのか。

 リオネルは王宮の廊下で頭を抱えながら、ジレンマに悩み続けた。


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