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王の紋  作者: Uma
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信念

 リオネルは、顔を顰めた。

 さっきの二人のコンビネーションは完璧だった。ラウルの水の元素弾も、オリオルの剣技も、この競技場の受験者の中でも光るものがある。

 しかし、相手が悪い。絶対的な力の前には、技は通じない。つまりはそういうことだ。

「どうやら姫様の買っていた受験者はやられてしまったようですね」

「そうですね」

「ですが、聖騎士の火の元素弾を精霊術もなしに、真っ二つに斬り裂くとはなかなかできることではありませんな」

 セレスタンは、オリオルを庇う。いや、オリオルを買っていたリオネルを庇っているのだ。

 だが、それはリオネルにとって検討違うもいいところだった。

「セレスタン殿、何か勘違いをなさってはいませんか?」

「勘違い?」

「ええ、彼はこんなことで終わるわけがありません。何度倒されても起き上がりますよ」

「ほぅ、まるで見てきたかのような発言ですな」

「はい。まだ短い間ですが、この目でしっかりと見て来ました。何度倒しても、自分の信念ために立ち上がる彼の姿を」

 戦いの時のオリオルは、まさに不死身。精霊術も使えない無契約者が、倒れても立ち上がる姿にはリオネルも戦慄したものだ。

 この男にいったいどれだけの信念があるのだ、と。

 捻じ曲がった性格のオリオルだが、彼はいつも自分の信念は真っ直ぐ前を向いていた。

 信念のもと彼は選択し、行動する。それがたとえ辛いものだとしてもオリオルは甘んじて受け入れる。

 オリオル・デュヴァリエとはそういう男なのだ。

「そうだ。人の信念はそんなに弱いものではない……」

「姫様?」

「セレスタン殿。貴方はさきほど戦友を死なせてしまったことを悔いていましたね。ですが、それは大きな間違いです」

「間違い?」

「ええ、彼らは貴方からの命令を聞き、何も言わず戦場へと赴いた。つまりはそういうことです。みな覚悟は決まっていたのですよ。たとえここで命を落としてもいい。それで民が救えるなら戦おう。彼らはそんな思いだったはず。それを後になって貴方がどうこういうのは間違っている。それとも貴方は彼らがあの世で貴方の命令に従ったことを後悔しているとでも思っているのですか? それは彼らの覚悟に対する冒涜だ。彼らは彼らの信念のもと、戦い、そして散っていった。私は誇りに思います。そんな彼らのような騎士が築いたこのバルミア教国の王女として生まれたことを」

 そうだ。彼らもまたオリオルと同じように信念を貫いた者たちだ。決して後悔などしているはずがない。死ぬ戦いに挑むほどの信念が、そんなにも弱いはずがない。

「姫様……」

「胸を張りなさい、セレスタン・ブランシェ。貴方は死んでいった者たちにそんな情けない姿を晒す気ですか?」

 リオネルがそう微笑むと、セレスタンは長年疲れが取れたようなホッとした顔をする。

「姫様、貴方はなんとお強いお方だ」

「当たり前です。私はこの国の王女なのだから」

 そしてリオネルは視線を競技場へと移す。

(そしてお前は、その私を唯一負かした男なのだ。負けるな、オリオルっ!)



 腹部の痛みは引くどころか、さらに増している。折れてはいないが、たぶん何本かにヒビが入っているだろう。

 戦況は思わしくない。数名の受験者で一人と対峙しているが、即席のチームで連携など出来るわけもなく、なにより相手が悪い。

 まだ均衡は、保っているが、それが崩れるのも時間の問題だ。

 ゆっくりと立ち上がる。腹部以外、痛むところはない。

 剣も握れるし、足も動く。それで十分だ。

 爆音と共に人の悲鳴が上がった。

 ソシオを相手にしていた受験者たちが倒れている。ソシオは彼らをつまらないとでも言いたげな顔で見つめている。

 剣を構える。ここでシータの方に加勢に行かれたら、その時点で受験者組は敗北が決まり、試験は終了するだろう。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。そもそもオリオルは、警備団に入りたいわけではないのだから。

 全ては成すべき使命のため、己の信念を貫くためだ。

「なんだよ、立ったのか」

 ソシオがオリオルの存在に気付いた。これだけの敵意を抜き出しにしていれば当たり前だ。

「一人でやろうってのかぁ。ずいぶん思い切ったことするじゃねぇか。その度胸だけは買ってやるよぉ!」

 先に動いたのは、ソシオ。

 いきなりトップスピードで走りだす、人間離れした突破力。足元に小さな爆発を起こすことで、その衝撃を加速に利用する歩法、爆歩だ。それによって五十メートルほどの距離を詰めるのに五秒もかからない。

 だが、そんなことは全て予想できている。

 爆歩は火の精霊術師の常套手段で、その速力も初撃の時に見た。避けることは可能だった。しかし、あえてオリオルは迎え撃つ。

 策などない。ただソシオの一撃を受けきってやりたいだけだ。

 つまり意地。

 剣と剣が火花を散らし、耳障りな音を上げて、交わる。だが、どちらの体も動くことなく、力は均衡した。

 爆発の威力も合わさったソシオの突破力を、オリオルは正面から受けきったのだ。

「やるじゃねぇか!」

 ソシオを後方に火の元素弾が二つ。オリオルがすかさず後ろへと飛ぶと同時に火の元素弾は放たれる。オリオルが元いた場所は、爆発が起こり黒く焦げた。

「いい反応だ。ちったぁ楽しめるみたいじゃねぇか」

 ソシオが初めて剣を構えた。

「耐えろよ。じゃねぇとつまねぇからな」

 空気が変わった。重く圧しかかるような威圧的で、危機感が全身をかけめぐるような空気。無意識に体が後方へと飛んで、ソシオとの距離を取っていた。

 オリオルはここにきて、自分のいるこの場所が試験会場などではなく、戦場であることを戦慄に理解した。

「来いやぁ! コロナァ!」

 ソシオの契約精霊、コロナが顕現する。火の大蛇は、ソシオの腕を伝い、剣の刃へと絡みつく。そしてその姿を変え、火を纏った刃となった。

「術化! 火剣大蛇!!」

 間違いなく、これは精霊の術化だ。

 契約精霊を微精霊から中級精霊に、そして上級精霊へと昇華させ、さらなる修練を重ねたものが使うことのできる精霊術師の最高到達点。

 契約精霊を術そのものにしてしまうことで、契約精霊にマナを送るというプロセスを覗くことができ、術師は自分の意思で契約精霊の力を引き出すことができる。

 オリオルは精霊の力をそのものと戦うことになるのだ。

 だが、術化にもデメリットがある。それは大量のマナを消費することだ。一度術化を使用すれば、もうそれ以外の精霊術を使うだけのマナは残らない。

 つまり、ソシアの術化さえ破れば、オリオルの勝利ということなのだが――

「ったく、剣一本でどうにかなるわけがないだろ……」

 ソシオの術化によって強化された剣と比べれば、オリオルの持っている剣など、ただの棒切れと一緒だ。

 心許ない。

「切り替えろ。術化を出された時点で、俺の負けは決まってるんだ」

 ならせめて一撃の借りを返そう、と心に決める。

 まずはソシオの術化を見極めるために、初撃を全力で避ける。そのことに意識を集中させる。

「いくぜぇ」

 剣先をオリオルに向け、突きの構えを取るソシオ。

「喰い焼けぇコロナァ!!」

 剣が突き出されると、その勢いで刃が蛇腹状に分離し、鞭のように変形する。

「――っ!」

 右に体を回転させて、なんとか避ける。警戒していなかったら完全にやられていた。

 放たれた刃先は、オリオルの後方。刃を戻すまでの間、ソシオは身動きがとれない。

 すかさずオリオルは動いた。ソシアに一撃を与えるチャンスは今しかない。

「甘ぇよ」

 ソシオの口元が緩んだ。

 無規則に燃えていただけの火に規則性が生じ、刃に纏った火が変質する。

 それはまさしく蛇。蛇腹状の刃は、火の蛇となり、その本質を開花させた。

 蛇頭と化した剣先は、物理学を無視し、大きくカーブする。

 予想外の動きに対応することもままならず、蛇頭がオリオルの背中へと激突する。

「ぐぁあああ!」

 背中に熱した鉄を押し当てられたような激痛が襲う。そして衝撃を受け止めきれず、数メートル体を吹き飛ばされる。

 ジュウと肉が焼ける音が背中から聞こえてくる。

「安心しろ、刃はたててねぇ。といっても背中は重度の火傷だ。さっさと医者に診てもらえ」

 まるで、もう終わったかのようなソシオの口ぶり。

 オリオルは痛みに堪えながら、視線を上げる。

 そこには剣の柄に繋がった火の大蛇が、大口を開けてオリオルを威嚇している。

「こ、これが……精霊の、術化……」

 無機質のものがまるで生きているかのようだ。いや、精霊が宿った時点で、それはもう一つの生命なのだろう。

「おい、さっさと救護班来てやれ。コイツはもうダメだ」

 ソシオに呼ばれて、医療班の委員が競技場内へと走り出す。

「ふざけるな……」

「なに?」

「まだ、終わりじゃない」

 ソシオはまるで子供の駄々を聞いた時のような顔をし、大きな溜息を吐く。

「お前は見えないだろうが、背中、ヤバいことになってるぜ。皮は焼き切れて、肉が丸見えだ。ほっとくと化膿して、ウジがわくぞ」

 オリオルはソシオの忠告を無視し、剣を杖代わりに立ち上がる。

「おいおい、やめとけ。お前はもう限界だ」

「黙れよ。自分の限界を決めるのは俺だ」

 剣をソシオに突きつける。

「俺はまだやれる!」

 ソシオの顔に笑みが生まれる。

「救護班来るなぁ!」

 ソシオの咆哮で、救護班の委員が止まる。

「コイツは俺が責任を持って医務室まで連れて行ってやる。だからさっさと戻れ」

「しかし、聖騎士ソシオ。彼はもう限界です。すぐに治療を」

 委員の一人が反論すると、ソシオの大蛇が委員たちの方を睨み、大口を開けて威嚇する。

「聞こえなかったのかぁ? コイツは俺が連れて行くって言ってんだよぉ。それともお前たちはのこのこ戦場に来て巻き込まれたいのかぁ? あぁん!?」

 委員の顔が真っ青になる。そして後ずさりするように、競技場から離れて行く。

「身勝手な奴だ。自分で呼んでおいて」

「テメェがさっさと起き上がらねぇのが悪いだろぉーが。それにどうもテメェには、他の受験者とは違う何かを感じる」

「それはそうだろう。俺は別に終戦記念の警備団員なんてやるためにここにいるわけじゃない。俺がやるべきこと、やらなきゃならない使命のために、今、ここに立っているんだ」

「使命ねぇ。ガキのテメェにいったいどんな使命があるのかは知らねぇーが。俺の一撃を受けて、立てるんだ。その使命とやらを貫こうとする信念は、評価してやるよ」

 大蛇がオリオルに威嚇する。

「お喋りはここまでだ。最終ラウンドだ。行くぜぇ」

 大蛇がオリオルに向かって放たれる。大口を開け、オリオルを飲み込んでしまいそうな勢いだ。

 しかし、オリオルは動かない。というよりも動けないのだ。火傷の痛みで意識が飛びそうなのを必死で抑えるのがやっとの状態だ。

 動けても、もって全力疾走を一回できるぐらい。だから、その一回を絶対のチャンスに賭ける。

 大蛇が迫るにつれ熱気がオリオルの肌をぴりぴりと焼く。

「避けねぇとマジ死ぬぜぇ!!」

 ソシオの咆哮と共に、オリオルが大蛇の射程圏内に入る。そして一気に大蛇の牙がオリオルを襲う。

 それを顔色一つ変えることなく、オリオルは握った剣で弾いた。

 大蛇の軌道はずれ、オリオルの横をすり抜ける。

「これでテメェの剣は役に立たねぇ!!」

 オリオルの剣は熱でドロドロに溶け、半分以上が損失していた。

 もはや剣として機能しない。だが、オリオルはそれをなんの躊躇いもなく、ソシオに向かって投げつけた。

「ハァ! 最後の悪足掻きかぁ!」

 ソシオは投擲された剣を避ける体勢に入った時、オリオルはソシオに向かって駆けだす。

「なぁ!」

 ソシオの顔に初めて余裕がなくなった。普通なら大蛇でオリオルの背後を攻撃するが、それをしようとしない。

「やっぱりそうか。お前は術化を操るのに全神経を向けないといけない。それはつまり、他のことに気を取られていたら、術化を操れないってことだ!」

 ソシオが投擲された剣を避ける。そしてその間にオリオルはソシオの懐に入った。

「スゲェな」

 オリオルの拳がソシオの顔面に放たれた瞬間、ソシオはそう呟いた。

 だが、そんな言葉とは裏腹に、ソシオはオリオルの拳を難なく避けた。

「けどな、テメェの拳を避けられないほど、俺は弱かねぇんだよ」

 そしてなんの抵抗もない腹部にソシオの膝が決まった。

「がぁは!」

 その一撃で精神は限界を迎え、オリオルの視界が真っ暗に閉ざされた。

 そしてオリオルが気を失い、ほどなくして全ての受験者が倒され、選抜試験は終了となった。


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