受付
翌朝、オリオルは早々に寮を出て、選抜試験の受付へと向かったのだが、そこで問題が起きた。
そう、オリオルは自分が無契約者だということをすっかり忘れていた。おかげでこうして門前払いを受けている。
「参加条件に契約者であることなんて書いてないだろ。さっさと手続きしろ」
受付の男の眉間に皺がよる。その鋭い眼光からは敵意しか感じられない。
「これは精霊学院に来た募集だ。契約者であることが前提なのだよ。お前のような落ちこぼれが参加できるものじゃないのだ。わかったらさっさと帰れ」
どうやら完全に怒らせてしまったようだ。
オリオルの口の悪さは、誰にでも平等だが、そのオリオルの個性を寛容に受け取ってくれる人は少ない。大抵は生意気な奴だと思われる。
さて、どうしたものか、と頭を掻く。
諦めて帰ってもいいのだが、それだろラウルとの妥協点の意味がなくなってしまう。
「あー、お願いします。どうしても参加したいんです」
「今更改まってもダメに決まっているだろ」
だよな、と心の中で同意する。
これは一度出直すしかないかと思った時、思いがけない所から助け船が出る。
「確か、この試験には騎士枠もあっただろう。それで参加すればいい」
不意に聞こえた声に振り向くと、そこにはリオネルの姿。どうやら今日はフィルランテと一緒ではないようだ。
「ひ、姫様」
受付の男があからさまに動揺する。
この国の王女なのだから当然と言えば当然だ。
「なんだ、お前か」
だが、オリオルにはその当然がない。
「貴様、姫様に対してなんて口の利き方だ!」
男の怒声が響く。しかし、その怒りを片手で制止するリオネル。
「コイツは良く言えば誰にでも平等に接する奴なのだが、その接し方がこんなんでな。多めに見てやってくれ」
「わ、わかりました」
「それでオリオルの選抜試験の参加の話だが、先程も言ったように騎士枠なら契約精霊のいないオリオルも出られるんじゃないか?」
「た、確かにそうですが、この学院での参加は術師枠だけです。そこにいきなり騎士枠で出る者を加えるわけには……」
もっともな言い分だ。しかし、そんな言い分がこの王女に通じるわけもない。
「ならそのことは、私が直接、選抜管理委員会に伝えよう。だから、君はオリオルの参加手続きを進めてくれ」
王女にそこまで言われて拒むこともできず、男は「わかりました」と渋々頷き、手続き用紙をオリオルに手渡し、
「ここに必要事項を書いて、明日までに提出だ。一日でも遅れたら、一切受け付けんからな」
とすごんだ。
こうしてオリオルの選抜試験への参加が決まったのだが、心は晴れやかではかった。なにせ、一番借りを作りたくない相手に助けられてしまったのだから。
それでも礼くらいは言うべきだろうか、と悩んでいると前を歩いていたリオネルが急に立ち止った。
「おい、急に立ち止まるな――」
危ないだろ、と続けようとする前に、急にリオネルが手を握り締めてきたので、言葉に詰まってしまった。
「私は今、感動している」
「はい?」
「あのオリオルが、あのオリオルがだぞ。記念式典の警備団に入団しようというのだ。こんなに嬉しいことはない。常々、オリオルはもっと表舞台に立って、それ相応の活躍すべきだと思っていたのだ。そうすれば周りのお前を見る目も変わるし、それ相応の評価ももらえる。それだというのにお前はときたら、何に対しても無気力、無関心、それでいて昨日はよくわからないことで学院を辞めるとまで言い出す始末。流石の私もお前に発破をかけるのは無理かと思っていたが、まさか、自分から選抜試験に参加するなんて、私はお前のことを勘違いしていた。すまない」
怒涛のように喋るリオネルに押される。
「別に謝るほどのことでも……」
「いや、違うのだ。実は昨日、お前と別れてから侍女のミーシャとお前のことで話していたんだが、彼女が無理やり行ってしまうのではないか、と言い出してな。不覚にも私はその言葉に共感してしまったのだ。それで朝早くからお前の部屋を訪れて確認しようとしたのだが、そこでラウルからお前が選抜試験への参加手続きをしに行ったと聞いたのだ」
あぶなかった。もし、ラウルに止められなかったら今頃、リオネルとリスペクアートまでの間追いかけっこをしていたかもしれない。下手をすれば、リスペクアートに着く前に捕まって学院へと引きずり戻された可能性もある。
心からラウルに感謝。
それにしてもそのリオネルの侍女、ミーシャとか言ったか。まだ一度も会っていないのになぜか嫌悪感を抱いてしまう。正直言って会いたくない。
「本当にすまなかった」
と深々と頭を下げるリオネル。
それを見て流石に驚いた。
昔のリオネルから人に頭を下げるなんてことをしなかっただろう。自分が間違っている、自分に非があることを認めるなんてことはプライドが許さない奴だった。それが王女としてのプライドか、学院一の精霊術師としてのプライドかは知らないが、結果的にリオネルは孤立した。
それが今では、全学生からの憧れを一身に受け、国内でも三姉妹の中でダントツの人気を得ているのだから、人は変われば変わるものだと思う。
「えっと、オリオル。もしかしてすごく怒っているのか?」
長く黙りこくっていたせいか、リオネルが頭だけを上げて、不安そうな顔でこちらを覗いていた。その姿があまりにもおかしくて、思わず笑いそうになり顔を背けた。
「お、おい。本当にすまないと思っている。今までのオリオルという男を見誤っていた。だから、許してくれ」
どうやら、まだオリオルが怒っていると勘違いしているらしく、何度も謝ってくる。その必死さがさらにオリオルの笑いを誘う。
笑い声が抑えられなくなり、そこでようやくリオネルもオリオルの様子がおかしいことに気がついたようだ。リオネルの方に顔を向けようとしないオリオルを覗きこむ。
「オリオル、お前、人が真剣に謝っているのに何がおかしいのだ!」
「お前が柄にもないことをやっているからだ」
「なっ! 私が人に謝っていることがおかしいのか!」
「そう怒るな。別に馬鹿にしているわけじゃない。ただ――」
――ただ、成長したなと思っただけだ。
と言いかけて止める。彼女も無契約者にそんなことを言われたくないだろう。
その代わりにオリオルは、自分の胸の高さくらいにあるリオネルの頭をそっと撫でた。
「――っ!」
瑠璃色の瞳を際立たせるように目を見開くリオネル。まるで氷漬けになってしまったかのように体を強張らせる。
だが、それも一瞬のことだ。驚きが通り過ぎると、体からも力が抜け、オリオルの目をしっかりと、その印象的な瑠璃色の瞳で見つめてくる。
オリオルは「気安く人の頭に触れるな!」と怒ると思っていたのだが、振り払うこともせず、リオネルはただ黙ってされるがままだ。
「やっぱり、お前なのか……」
今度、小さな声でボソッと呟いたのはリオネルだった。瑠璃色の瞳は、オリオルの目から外れ、どこか遠くを見つめている。
まるで、昔の記憶を辿っているかのようだ。




