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王の紋  作者: Uma
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妥協点

「さすがのオリオルもフィルランテの前だと形無しだね」

 一部始終を見ていたラウルが冷やかしてくる。

「いや、君はフィルランテだけじゃなくて精霊に対して甘いというか、不思議な反応をするよね。この前もストラスとジッと見つめ合っていたし。もしかして精霊と話せるのかい?」

 ストラスとは、ラウルの契約精霊だ。水鳥の姿をした中級精霊で、その美しさは学院一だとオリオルは思っている。

「そんなわけないだろ。そんなことよりさっさと部屋に戻るぞ」

 荷物を持って階段を上げると、ラウルもそれに続く。

「それとオリオル、本当に諦めたの?」

「…………」

 沈黙を肯定と受け取ったのか、ラウルは深く溜息をついた。

「やっぱり、無理やり行く気なんだね」

「退学するわけじゃないんだからいいだろ」

「無断外泊は、停学処分ものだ」

「退学じゃなければいいだろ」

「オリオル、それは屁理屈だよ。姫様が知ったらなんて言うか……」

 それは百も承知だ。無断外泊で停学になったとリオネルが聞いたら、怒るどころじゃすまないだろう。「そう性根を叩き直してやる!」と言い出して、決闘になりそうだ。

「こればっかりは譲れないんだ」

 オリオルの言葉に「仕方ない」とラウルは呟く。

「オリオル、リスペクアートにはいつまでに行きたいの?」

「これと言って明確な日にちは決まってないが、今すぐ行きたい」

「そう、君は今すぐリスペクアートに行きたい。でも、僕はオリオルに行ってほしくない。だからオリオル、妥協点を探そう」

「妥協点?」

「そう、僕が提供する妥協点はこれだ」

 ラウルは一枚の紙を手渡してきた。

「記念式典の警備団員選抜試験?」

「一か月後に行われる記念式典での警備団員を学院から選抜しようってことだよ。試験を受けて合格すれば式典の半月前、つまり半月後にリスペクアートに行ける。学院の公認を得て、どうどうとリスペクアートに行けるわけだけど」

「半月待つ上に、試験に落ちればそれまでか……」

「いや、落ちたら予定通り無理やり行けばいい。僕は止めないし、姫様の説得も引きうけよう」

「ずいぶんと気前がいいな」

「だから言っただろう、妥協点だって」

 なるほど、オリオルは今すぐリスペクアートに行くのを諦めて、ラウルは試験を受けた後のオリオルの行動には口を出さない、ということか。

「だが、それでもお前の方が条件が悪い。俺が試験に落ちれば、結局無断でリスペクアートに行くことになるんだぞ」

「そうだね。でも、僕は君が試験に落ちるなんて思ってないから」

 しれっと言い切った。どこからその自信は出てくるんだ、と思わずにはいられない。

 だが、悪くはない妥協点だ。半月という時間は、気になるが一刻を争うと言うわけではない。

「わかった。それでいい」

「ホント?」

「本当だ」

「よかった。なら早く部屋に戻って食事にしよう」

「なに?」

 ラウルの言葉に違和感を覚える。

「お前、もう食べたって言ってなかったか?」

「まぁね。でも、あの時誘いにのっていたら、いったい誰がオリオルを止めるんだい?」

 まるで自分の使命だ、と言わんばかりに言い切る。

「コイツには敵いそうにないな」とオリオルは溜息混じりに呟いた。



 夕食の準備をしていると、扉の開閉の音が聞こえた。

 どうやら、この部屋の主が帰宅したようだ。

 一度、作業を中断し、出迎えに向かう。予想通り扉の前には正装のリオネルとフィルランテが立っていた。

「お帰りなさいませ、姫様」

「遅くなってすまない、ミーシャ」

「いえ、夕食の準備はあと五分ほどで出来ますが、どうされますか?」

「そうだな……食事を先にしよう」

 ミーシャは、荷物を受け取ろうと一歩前へ出るが、リオネルは渡そうとしない。

「私のことはいいから、食事の準備をすませてしまってくれ」

「はい、わかりました」

 ミーシャから見てリオネルは言葉に従い、厨房へと戻る。

 リオネルのお世話を任されているミーシャから見て、リオネルは良い意味で異質な存在だ。王族、貴族と言えば身の回りのことは侍女任せ。自分で荷物を運ぶことはないし、服を着ることもない。それでいてなぜか、無駄に偉そうだ。

 しかし、リオネルは自分で荷物を運ぶし、服も着る。気付けば自室の掃除もしてしまうのだ。

 一度それを不思議に思い、なぜ自分でしてしまうのか、と尋ねてみたことがある。

 すると、リオネルは「昔、たとえ王族だろうと、術に優れていようとそれで人の優劣が決まるわけじゃないとある人に教えられたのだ。それからできるだけ自分のことは自分でやろうと決めているのだ」と言っていた。そのせいか、一時期、この王族専用寮から一般寮に移り住もうとまでしたらしい。

 それが誰なのか知らないがきっと素晴らしい人なのだろうと思う。機会があれば会ってみたいものだ。

 ミーシャが食器をテーブルに並べ終わったと同時にリオネルが入室して来た。

 荷物を置くだけにしては時間がかかり過ぎている。ミーシャを気遣って自室にいたのだろう。そう思うと、そんな気遣いが嬉しくなって料理を運ぶ足取りが軽くなる。

 そして今日もミーシャが作った料理を「美味しい、美味しい」と言って食べてくれる。

 ミーシャは食後のお茶をリオネルのティーカップに注ぎながら、今日なぜ遅くなったのか尋ねた。

「実はオリオルのやつがいきなり退学届を出してきてな」

「まぁ、オリオル様が?」

 オリオルとは、リオネルが特に目をかけている学生だ。学年が一つ違いなので、それほど接する機会はないはずだが、よく食後の話題に出る人だ。

「いったいどうされたのですか?」

「うむ、理由まではわからないが、リスペクアートでやるべきことがあるらしい」

「学院を辞めてまでやらなくてはいけないことですか……オリオル様には何か重要なお役目をお持ちなのですね」

「どうだろう。アイツは、謎が多いから何とも言えないな。だが、なんとか説得して退学届は取り消した。今日はそれで遅くなったのだ」

 なるほどと納得した後、ふと思った。ミーシャはそれを言葉にしてリオネルに伝える。

「ですが、退学届を取り消しても、無理やりリスペクアートに行ってしまうのではないでしょうか?」

 リオネルのティーカップを持つ手が止まった。そう思えば、今度はプルプルと震えだした。

「し、しまったっ! その手があったかっ!」

 飛び上がるように立ち上がり、そのまま部屋を飛び出して行くリオネル。

「姫様! どちらへ行かれるのですか!」

 その後を追いかけるミーシャ。

「男子寮に決まっているだろ!」

「いけません! こんな時間に男子寮に行かれたら有らぬ噂がたってしまいます!」

「そんなことはどうでもいい!」

「よくありません!」

 二人の言い合う声は夜遅くまで続いた。


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