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王の紋  作者: Uma
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パーティー

 後日、式典襲撃事件と名付けられたテロは、首謀者であるユベレの重鎮の捕縛によってとりあえず終息した。とりあえずというのは、隠し通路の提供とアリーナへ手引きを行ったバルミア側の誰かが未だにわかっていないからだ。だがそれも首謀者が捕まったことで芋づる式に判明するだろう。

 テロの目的は、リュシアンの推測通り戦争の火種を再び起こすこと。つまりバルミア国の重鎮の暗殺だった。結局それ自体は警備隊の活躍によってどれも未遂に終わり、二国の関係が戦争に行くまで悪化することはなかった。しかし、それでも一部では反ユベレの動きがあったが、それも早い段階で鎮静化した。これもクリストフの働きかけと、リュシアンの事件への対応の早さのたまものだ。

 そして弓使いとの死闘を乗り越えたオリオルとリオネルは無事、とまではいかないまでも、一命を取り留めた。警備団と合流し、それぞれ治療を受けた後、一日が経ちリオネルは目覚めた。

 ベッドを起き上がると目に映ったのは、こちらを見て微笑む母の顔だった。

 いつもの悪戯染みた笑顔に、ここが平穏だと思えてホッと胸を撫で下ろす。

「母上、その、オリオルは――」

 リオネルのお茶を淹れていたマリアージュの手が止まる。

 自分が生きているということは、オリオルも生きている。それだけはわかっていたが、それ以上何もわからなかった。

 あの意識が途切れる瞬間に見た背中。それを思い出すたびにリオネルは、心が締め付けられて張り裂けてしまいそうになる。

「貴方を助けるためにマナを使い過ぎたみたいね。今はマナを回復させるために、深い眠りについているわ」

「そう、ですか」

 あの戦いでいったい何があったのか。それはオリオル以外に誰も知らない。

 だが、苦しい戦いであったことだけはわかる。

 だからこそ恐い。オリオルがいったいどんな代償を払って、弓使いから勝利を奪ったのか。自分を守るために何を失ったのか。それを知るのがとても恐いのだ。

 自分の犯した罪の重さを知れば、耐え切れずに潰れてしまうのではなかと思う。とても今の自分にその罪の重さに耐えて償うことなどできそうにない。

 ――自分は彼に一体どう償えばいいのだろう。

 そんな言葉が頭を過る。

「そうそう、これは貴方から彼に返しておきなさい」

 とマリアージュが手渡したのは、一着の服。

「母上、これはっ!」

 その服を見た瞬間、綺麗に畳まれていた服を広げる。

 ミーゼンリシア精霊学院の制服。だが、乾いた血が付着して、制服を真っ赤に染めていた。

「貴方の肩の傷に巻いてあったそうよ」

「じゃ、じゃあこれは私の血……」

 それならどれだけよかっただろうか。

 リオネルの期待とは裏腹に、マリアージュはその顔を横に振った。

「その服の血は貴方だけのものではないわ。傷口に当てられたところ以外にもいたるところに血が付いているでしょ」

 そう制服の血の付き方は、傷口に当てただけにしては不自然だ。まるで血の付いた手でいたる所を触ったかのようだ。

 この制服がオリオルの苦悩を物語っていた。

 胸が締め付けられ熱いものが込み上げてくる。それに耐えきれずリオネルはその瑠璃色の瞳から大粒の涙を流した。

「ごめ、なさい……ごめんなさい」

 制服を胸に抱きしめて、小さな子供が許しを請うように呟いた。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 そんなリオネルにマリアージュは、その頭をそっと撫でた。

「ちゃんと、お礼を言うのよ」

 嗚咽を漏らし、鼻を啜り、涙を流しながら、リオネルは何度も頷いた。



 事件から半月が過ぎた。

 月日が経つと事後処理も一段落し、事件によって亡くなった者たちの弔いも行われていた。

 葬儀にはクリストフはもちろん、リオネルと急遽リュシアンも参加した。その時はまだ反ユベレ派の動きが鎮静化していない時だったために、大きな反響と波紋を呼んだが、死者を弔いたいという気持ちを無下に出来るほど荒れてはいなかった。

 そしてクリストフは、改めて警備団を称賛し、勲章を贈った。

 そして勲章授与式。

 謁見の間には、警備団全ての団員が整列し、代表して団長がクリストフから勲章を受け取った。

 クリストフの手によって、団長の胸に白銀のバッチが左胸に付けられる。

 団員を囲むようにしている謁見者から拍手が起こる。

「君たちの勇気に感謝する」と予定にない言葉をクリストフがこぼすと、団員の中には目に涙を浮かべる者もいた。

 リオネルをそんな様子を謁見者に混じって見守っていたが、団員の中にははやりオリオルの姿はなかった。

 警備団の団員ではない民間人の立場ではありながら、テロリストに命がけで立ち向かったオリオル。彼には警備団とは別に勲章が贈られる予定だった。

 しかし本人は、「必要ないな」の一言。クリストフは「オリオルがそう言うのならしょうがない」と諦め、マリアージュにいたっては「あの子らしいわ」となぜか嬉しそうだった。

 リオネルはこれで周りもオリオルを評価してくれる、と喜んだのだが、本人がいらないというのに無理やり渡すわけにもいかず、勲章の授与は白紙となった。

 それでも式にオリオルがいるのではなか、と期待してしまうのはリオネルの願望からだろう。

 それでも夜に行われる警備団を労うパーティーには参加するよう言っておいた。

 ここ最近、オリオルと話す時間もろくにないほどに忙しかったのだ。

 パーティーなら仕事も役割も忘れて話すことができる。

 リオネルはそんな密かな期待をしている。

「バルミア教国第三王女リオネル・アンドレア・ドゥ・バルミア様、ご入場です」

 扉が開かれ、リオネルはフィルランテと共にパーティー会場へと歩き出した。

 会場にはすでに警備団の団員たちがお喋りと食事を楽しんでいた。

 しかし、そんな中に式典で美しい双演舞を舞った二人が姿を見せると、みな食べる手を止め、喋る口を紡いだ。

 フィルランテはいつも通りの踊り子姿だが、リオネルはパーティーとあって、ドレスを身に纏っていたのだ。

「……綺麗だ」

 どこからか感嘆の声が聞こえる。

 そして扉が閉じられ、リオネルが完全に会場内に入ると、団員たちが我先にとリオネルに詰め寄った。

「姫様、寝込んでいたと聞いていましたが、その後お体は大丈夫ですか?」

「今はなんともない。大丈夫だ」

「テロリストに襲われたと聞かれた時は心配で身が裂ける思いでした」

「こうしてお姿を見て安心しました」

 リオネルの周りには人垣ができ、あちらこちらから声をかけられる。

 フィルランテは早々にリオネルから離れ、テーブルの料理に魅了されてしまったようだ。

 ちっとも前へ進めない。人垣で視線を遮られ、オリオルがいるかわからない。

 正直、邪魔だった。

 律儀に返事をしていたら限がない。

「すまんちょっと通してくれ」

 我慢の限界。

 リオネルは人垣を掻き分け、会場の隅へと移動する。

 オリオルがいるとすれば、会場の隅だ。壁に背中を預けて、飲み物を飲んでいそうだ。

 と予想したのだがオリオルの姿は見つからなかった。

「姫様」

 もしかして約束を破られたか、とオリオルへの怒りが沸々と煮えたぎってきた時、後ろから声をかけられる。

「ラウルか」

「すいません、オリオルじゃなくて」

「べ、別にアイツを探していたわけじゃないっ!」

 顔を真っ赤にして否定するリオネルに苦笑するラウル。それを言ったらまるで探しているみたいだ。それを言わないのは、ラウルの優しさだろう。

「元気そうでよかったです」

「やめてくれ。その社交辞令はここに来るまでに百回は言われた」

「それはご愁傷様です」と社交辞令を述べる。

「それよりオリオルはどこにいる? 姿が見えないみたいだが」

 もう完全に探していたことがバレバレだ。それを言わないのは、ラウルの優しさ、というより内心ほくそ笑んでいるようだ。

「えっと、実は姫様に言わなければならないことがありまして……」

 頬を掻いて気まずそうな顔をするラウル。

「オリオルなんですが、会場に来て十分くらいで「よし約束は守った」とか言って出て行ってしまって」

「なにっ!?」

 リオネルは驚きのあまり開いた口が塞がらない。

 確かにオリオルに言わせれば十分会場に来たのだから、リオネルとの「パーティーには来い」という約束は守ったことになるだろう。

 だが、少しはこっちのことも考えてほしい。なんのために呼び出したと思っている。会いたいからだ。話したいからだ。それを素直に伝えられないから、こうしてパーティーに来いなど回りくどいやり方をしたのだ。それだって結構な勇気が必要だったというのに。

 リオネルの怒りは、ついに頂点に達した。

「ひ、姫様?」

 胸の前で握り拳を作っているリオネルに、恐る恐る呼び掛けるラウル。

「ラウル」

「は、はい」

 その怒りの籠った低い声に、返事が裏返ってしまう。

「オリオルはどこに行った?」

「す、すいません。そこまでちょっとわからないです……」

「わかった。すまないが、私は急用を思い出した。すまないがフィルランテを頼む」

 そう言い残すとリオネルは入場して数分で会場を後にした。


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