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王の紋  作者: Uma
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精霊の森

 パーティー会場を早々に抜けてオリオルが来たのは、王宮の中にある小さな森。

 王宮の者たちは、精霊の森と呼んでいるが、オリオルもその名前には同意している。ここはリスペクアートの中で一番微精霊たちが多い。

 彼らは昔馴染みのオリオルを歓迎するかのように、彼の周りをふわふわと浮遊している。

 着なれないパーティー衣装なんかを着て肩が凝ったのかしきりに肩を回す。

 だいたい警護団のパーティーだというのに、団員ではない自分が混じると気不味いのだ。リオネルもそこのところを考えてほしいものだ、と溜息を吐く。

 半月が経ってだいぶ右手の火傷も回復した。

 医者も驚いていたが、これでも王の紋の力を使わなくても精霊術師と同じ回復力はもっているつもりだ。

 だがそれでもこの火傷はずいぶんと治りが遅かった。そう感じるのは利き手が塞がれて怪我を意識する時間が長かったからだろう。

 オリオルは右手を見つめる。腕は小麦色をしているというのに、右手だけは綺麗に肌色をしている。皮膚が一新されたせいだ。

 切傷だったら傷跡として見えるのだが、ここまでになると手袋をしているみたいだ。

 正直ダサい。

 だが、これは覚悟が揺らいだ証。

 あのテロでオリオルは自分の覚悟が揺らいだのを感じた。

『世界のためにあれ、精霊のためにあれ』

 その言葉に反したのだ。

 弓使いとの戦い。あの場でオリオルは世界ではなく、リオネルを選んだ。結果的にオリオルが勝利したことで、世界もリオネルも守ることができた。

 しかし、今後セレスタンが本当の意味で問うた『世界か、大切なものか』という選択を迫られることがあるだろう。

 その時、自分はいったいどっちを選ぶのだろう。

 もちろん、今も使命のために全てを賭ける覚悟を持っているつもりだ。

 だが、その覚悟は本物なのだろうか。また自分は土壇場になって、使命を忘れてしまうじゃないだろうか。

 そんな不安がある。

 再び大切なものの危機に直面した自分は使命を貫き通せるのか。

 今のオリオルには、その答えが出ずにいた。

「オリオル」

 こんな夜に薄暗い森の中に入る酔狂な奴が自分の他にいるのか、と呼ばれた方へと振り向くとそこにはリオネルの姿。

 月明かりに照らされたドレス姿は、森に住む精霊のように美しかった。

「おい、何をボーとしている」

 リオネルに指摘され、慌てて顔を反らすオリオル。

「何の用だ」

 いつにも増してつっけんどんな言葉に、リオネルの顔も強張る。

「ほう、私にそれを問うのか。約束を破ったお前が」

「約束なら守っただろう。パーティーには来た」

「十分だけな」

 告げ口の犯人はラウルか。

 アイツはいつもリオネルの味方だ。

「それでも来たことには変わりない」

「まったくお前という奴は」

 開き直ったオリオルの態度に呆れると、リオネルはオリオルの隣に並んだ。

「おい、なんで隣に来る」といつものオリオルなら文句を言っていただろうが、これ以上刺激するとまた機嫌を損ねるので口を紡いだ。

「その、体の方は大丈夫か?」

 唐突にリオネルがそんなことを聞いてきた。視線はまっすぐオリオルの右手に注がれている。

「ああ、もうちゃんと動く。剣の稽古もできるようになった。それよりお前はどうなんだ。肩の傷けっこう重症だっただろう」

「わ、私は大丈夫だ。この通りなんともない」

 とそれを証明するように激しく肩を回す。

「それは何より」

「そうだな。お互いに何よりだ」

 と会話が途切れてしまう。

 静かな森にいるせいか、よく沈黙が引き立つ。

 隣の姫様は何か言いたげにしているが、一向に話しかけてこない。言いたいことをはっきり言うリオネルにしては珍しい。いったい何をそんなに躊躇っているのやら。

「オ、オリオルっ」

 と欠伸が出てしまいそうになるほどの時間が過ぎて、ようやくリオネルが口を開いた。

 緊張しているのか声が震えている。

「本当ならもっと早く言うべきことだったのだろうが、こういうことはちゃんと時間を作って言うべきだと思ったのでな」

「前置きはいいからなんだ」

 正直もう帰りたい。

「だからその、アリーナではた、助かった。お前がいなければ私は今頃ここにはいなかっただろう。意識を失う前にお前の姿を見えて、その、と、とても嬉しかった。ありがとう」

 リオネルは深く頭を下げた。

「改まって何かと思えば、そんなことか」

「そ、そんなことはとはないだっ。命を守られてお礼を言うのは同然だろうっ」

「まぁそうだが、お前は王女なんだ。守られて当然だ。そして俺はその当然のことをしたまでだ」

「命を賭けて人を守ることが当然なはずないだろう。誰にでもできることじゃない。お前にしても、あの二人にしても」

 俯くリオネル。あの二人とはアリーナでリオネルの警備をしていた二人のことを言っているのだろう。彼らは弓使いに射殺された。それを負い目に感じているのだ。

 リオネルはオリオルの右手を握って持ち上げた。

「この傷と二人の命で、私は今ここにいる。そのことを絶対忘れてはいけないのだ」

 そう呟くリオネル。

 確かにその通りではあるが、オリオルにはどうも背負いこんでいるように見える。

「俺の傷も、その二人の命も重荷じゃないぞ」

「え?」

「お前の言う通り、お前は俺の傷と二人の命でここにいる。それは忘れていいことじゃない。だがな、俺も二人もお前の重荷になるために戦ったわけじゃない。そもそもお前一人に背負える重荷じゃないんだよ」

「そんなわけにはいかない。それでは私はお前にも二人にも顔向けできない」

「だから背負うなって言ってるだろう」

「なら、なら他にどうしたらいいっ! 私はこれ以外に彼らに報いる方法を知らないっ!」

 リオネルの悲嘆の叫びが静かな森に響く。

 今にも泣き出しそうなリオネルの顔。

 オリオルはそんなリオネルを慰めるように頭に手を置いた。

「誇れよ」

「え?」

「勇敢な騎士に守られたんだって誇れ。そしてそんな騎士たちがいるこの国の王女になったことを誇れ。背負い込むよりも、その方がずっといい」

「オリオル……」

 しばらく目尻に涙を溜めてこっちを見つめていたリオネル。しかし、涙を拭うと一度だけ頷いた。

「そうだな、その方がずっといい」

 どうやら少しは気が晴れたようだ。

「よし、付いて来い」

 リオネルが握っていた右手に力を込めると、そのまま手を繋いで森の奥へと歩き出した。

「え? なんだ? こらオリオルっ!? て、ててて手を離せっ!?」

 リオネルの苦情に一切耳を傾けず、オリオルはどんどん奥へと進み、「ここがいい」と足を止めた。

「いったいなんなんだ……」

 すでに手を離すことを諦めて、引かれるがままについてきたリオネルが呟く。

「いいものを見せてやる」

 そう言うとオリオルは右腕にマナを流す。それに呼応し、王の紋が浮かび上がる。

「あぁ」

 次の瞬間、オリオルたちの目に飛び込んできたのは暗い森を照らす鮮やかな微精霊たち。一つ、また一つと数を増やし、赤、青、緑、茶と四色の光が森を漂う。

「これが俺の見ている世界。俺が守ろうとしている精霊たちだ」

「オリオルの見ている世界……」

 微精霊たちは二人の周りをふわふわと浮遊する。

 時折、微精霊がリオネルに近づき、頭や肩に乗る。そんな微精霊たちを微笑ましそうに見守るリオネル。

 今、オリオルは思う。

 マリアージュが自分をダメだ、と言ったのは、自分が覚悟を持っていると勘違いしているからだったのだろう。勝手に覚悟を持った気で、使命を貫くなど過言している自分をマリアージュは非難したのだ。

 覚悟を持つというのは、自分の意思だけではできない。

 そうあの時感じた覚悟の揺らぎは、外装のメッキが崩れたのだ。

 そして本当の覚悟が現れた。

 この掌に微精霊を乗せて微笑む王女を守るという覚悟が――

「まったくつまり俺はまだまだってことか」

 リオネルにも聞こえない声でそう呟く。

 微精霊たちはリオネルを気に入ってしまったようで、まるで取り囲むようにしてリオネルに寄り添っている。

 隣で見ていると大丈夫なのか、と思えるが、リオネルは心底楽しそうに笑っている。

 微精霊たちはなかなかリオネルから離れようとしないし、リオネルはまだまだこの光景を見ていたいようだ。

 これは帰るのは当分先だな、と溜息を吐きながらも、オリオルもそんなリオネルの姿をいつまでも見ていた。


最後まで読んでくださってありがとうございました。

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