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王の紋  作者: Uma
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決戦

 ダン、と破裂音が木魂する。

 二本の剣をまるで翼のように広げ、オリオルは爆歩による移動を開始する。弓使いを錯乱する通路全域を使用した移動ではなく、オリオルと弓使いを結ぶ直線を駆ける。

「錯乱した」

 そう思われて当然の行動だ。

 矢のない弓弦は放たれ、再び通路を埋め尽くす風の刃がオリオルを襲う。

 だが、オリオルは退かない。それどころか障壁を張る素振りさえ見えない。

 そして風の刃がオリオルを斬り裂こうとしたまさにその時、オリオルは爆歩によって風の刃へと突進した。

「ぐぁああああ!!」

 当然のごとく、風の刃は向かってくるオリオルの体を切り裂いた。すでに切り裂かれた体に追い打ちがかかる。

 痛みは想像を絶するはずだ。並大抵の人間なら痛みと風の刃の風圧に堪えかね、その場に倒れ込んでいるだろう。

 だが、オリオルは倒れない。爆歩によって生じた突破力によって、体は無理やりに前へと押し出される。

 最初から受ける覚悟で、爆歩による接近を仕掛けたのだ。

 その作戦は見事に、弓使いをオリオルの間合へと入れた。

「うぉおおおおおおおお!!」

 雄叫びと共に二本の剣を振るう。

 間髪入れず、休むことなく、振るわれる剣は何十にもなる連続攻撃を風の障壁に繰り出した。剣と障壁がぶつかり合うたびに、風が巻き起こり通路を揺らす。

 それだけでは足りない。

 微精霊たちから受け取った元素を、元素弾へと生成し弓使いに向かって放つ。四方八方からの元素弾の嵐。その激しさは、連撃を繰り出しているオリオルに誤爆しても不思議ではない。

 連続攻撃は止まらない。

 理性と思考を捨て狂化したかのように攻撃を続けるオリオル。

 それはまるで捨て身の猛攻、最後の悪足掻き、思考も判断も捨てた愚行のように見える。

 弓使いにも今のオリオルの姿がそのように見えたのだろう。だからそこ落ち着き冷静に対処する。リオネルを仕留めるために持っていた矢を掴み直し、弓を構える。

 狙いは狂化したオリオル。

 額から矢を貫かれて絶命。この戦いはそれで幕が下される。

 そんな誰しもが予想した結末は、あっさりと覆った。

 爆歩による回避。オリオルは再びそれを行ったのだ。

 精霊術の中で最も簡易な術とはいえ、これほどの量の元素弾を生成し発射を繰り返せば、頭の中は処理しなければいけない情報でいっぱいだ。その中で爆歩を行うのは、狂化して冷静さを失った者には不可能だ。

 つまり、オリオルは決して狂化したわけではなかった。しっかりと理性と思考を持ち、好機を伺っていたのだ。

「ありえない」

 悪い状況への拒絶する声。そんな声一つで何かを変えられるはずがない。

 風の障壁は、激しい風の流れで敵の攻撃を受け流す盾。だが、衝撃を全て受け流せているわけではない。剣とぶつかり合えば流れが遅速している。多少だが、風の流れに割りこんでいるのだ。

 それを多く起こせば確実に風の障壁のどこかに隙ができる。

 その隙がオリオルの好機になる。

「おおおおおおおおお!!」

 オリオルは剣先を弓使いへと向け、渾身の力で突いた。

 手から感じる確かな手応え。

 風の障壁にわずかだが、剣先が喰い込んだ。流れを狂わされた風の障壁がついに隙を見せた。

「はぁああああああ!!」

 瞬時にオリオルは剣を通して、風の障壁に逆流する風をぶつける。

 逆の回転をしている同じ歯車をぶつけ合うと、二つの歯車は停止する。

 それと同じだ。

 風の流れは遅速し弱まった障壁は、突き刺さった剣を薙ぎ払った一閃で破られた。

「まだ」

 矢尻がオリオルに向けられる。

 確実に回避するためには、爆歩を使うしかない。だが、そうすれば再び弓使いに風の障壁を張る時間を与えてしまう。

 だからオリオルは賭けに出た。

 この至近距離で放たれた矢を弾くなど不可能。なら、放たれる前にどこに矢が放たれるか予測すればいい。

 結果から言えば、オリオルはその賭けに見事勝った。

 オリオルの額目がけて放たれた矢を、全力で強化した剣で弾く。剣は衝撃に耐えきれず真ん中から折れる。

 もう弓を構える隙さえ与えない、ともう一本の剣を上段から振り下ろす。

 剣は術化した弓弦によって阻まれる。

 高速回転する風は、攻撃を受け流すのではなく、敵の得物を破壊するためだ。

 同じように風で強化しているとはいえ、今回はオリオルに分が悪い。

 オリオルは四大元素の力を十全に引き出せるほど万能ではない。一つの元素の精霊術を極めた術師には敵わない。つまり、全力で同じ元素の精霊術をぶつけ合えば、負けるのはオリオルだ。

 剣を強化していた風は破られ、高速で回転する刃のような風が剣を痛めつける。激しい火花が散り、やがて強度の限界を迎えた剣は粉々に砕け散った。

 二本の剣を失い、手は虚を掴む。

 顕現している微精霊はもうどこにも見当たらない。

 あの風で強化された弓がある限り、肉体での攻撃はその部分の切断を意味する。

 届かない。もう一歩、あと一歩が足りない。

 何か武器を、

 何か力を、

 絞り出せ。かき集めろ。

 ――まだ、やれる!!

 ダン、とオリオルは右足で一歩前へと踏み込んだ。

 心臓の鼓動が凄まじく早い。体中の血が煮えたぎっているかのように熱い。大量の血が血管内を流れ、耐え切れず破裂しそうだ。

 限界を超えようとする代償が体を蝕む。

 それを乗り越え、オリオルは力を得る。

 右手に生成された火の元素弾。

 その元素弾を押し付けるように右手を弓使いに突きだした。


 そして――火の元素弾は破裂した。


 激しい爆音を鳴らし、オリオルと弓使いは互いが引き離されるように吹き飛んだ。

「ぐぁっ」

 地面に叩きつけられると、肺の中の空気を吐き出る。

 右手は至近距離で火の元素弾の破裂を受けたため、右手全体の皮はただれ肉が丸見えだ。右手全体から血が流れていく様は、見ていて気分のいいものではない。それにも関わらず、痛みがないのは神経を損傷したのか、それとも未だ興奮状態にあるせいか。どちらにしても感覚がほとんどなく、指先一つ動かせない状態には変わりない。

 左手だけで体を支え、おぼつかない足でゆっくりと立ち上がる。

 マナは生物が生きる上で、必要なエネルギー。それを限界以上に消費すると、マナ不足により身体虚弱になり、最悪死に至る。

 今のオリオルは、無理に火の精霊を顕現させ、火の元素弾を生成したことでマナ不足となり、身体虚弱状態なのだ。

 だが、自分の体を気にしていられる余裕は、オリオルにはなかった。

 至近距離で火の元素弾の破裂を受けたもう一人が、オリオルと対峙している。

 破裂を左肩に受けたようで、オリオルと同じように血で真っ赤に染まっている。破裂で服は吹き飛んだはずなのに、まるで赤い服を着ているかのようだ。

 弓もあの破裂の影響で破損。術化前の弓に戻っている。術化の使用によってマナはもう限界のはずだ。

 どうやら向こうも被害は大きいようだ。

 どちらとも状況は同じ。痛手を負い、攻撃手段を失った。残るは肉弾戦のみだ。

 両者睨み合いの時間が続く。

 オリオルは完全に受けの体勢だ。弓使いが来るなら全力で迎え撃つ。

 一方、弓使いはそんなオリオルの体勢を見て舌打ち、身を翻してその場を去って行く。

 己が弓使いだと自覚しての撤退だろう。弓使いは弓があっての戦力だ。弓を持たない弓使いなど、ただの的だ。

 弓使いが完全に撤退したのを見計らうと、オリオルも振り返りリオネルの元へと歩く。

 肩の傷からは完全に血が止まり、出血死の可能性はなさそうだ。

 精霊術師は、一般人よりもマナを多く持つ者が多いためか、傷の治りが早い。

 オリオルも王の紋の力を使えば一瞬で手を治すことができるのだが、それには大量のマナが必要だ。もしこの状態で使えば、手が治る前にあの世行きだ。

 制服の上着を脱いで、リオネルの肩の傷に当てる。そして左手と口を使ってどうにか縛って、傷口を塞ぐことができる。

 だが、その行為だけでまるで全力疾走したかのような疲労が押し寄せる。

 身体虚弱状態の影響だ。

 やがて立っていることもできなくなり、尻もちをつくように座りこむ。意識も朦朧としだし、気を抜くと気絶してしまいそうだ。

 早くリオネルを連れて警備と合流したいのだが、体が言うことを聞かない。

 すると、無数の足音が弓使いが去った方から聞こえてくる。

 新手か、それとも弓使いが戻ってきたのか、と四つん這いになり、鋭い眼光で通路の先を見る。

「リオネル姫がまだ見つかっていない! 急いで探し出せ! 逸早く合流するのだ!」

 そんな声が聞こえると同時に数人の団服を着た男たちの姿が見えた。

 そこでオリオルを釣り上げていた糸が切れたかのように、体が床に倒れる。

「おい、こっちに姫様と男が一人いるぞ!」

 駆け寄ってくる足音。

「ミーゼンリシアの制服!? おい! しっかりしろ!」

 肩を揺すられるが、その声に反応することはなく、オリオルの意識は途絶えた。


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