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王の紋  作者: Uma
25/28

メッキ

 薙ぎ払われた白銀の刃は、飛来する一矢を触れずに弾いた。

 矢に纏う風と剣に纏う風がぶつかりあったのだ。

 風同士の衝突は一瞬の乱気流を生み、突風が相対する弓使いとオリオルに吹きつける。

 その中でもなんの乱れもなく弓使いに注がれていた視線を、オリオルは外した。

 後方にはリオネルとフィルランテ。

 リオネルの右肩からは血が溢れ、フィルランテはその肩を抑えて止血している。だが、そんなフィルランテも、体内のマナが底をつき、顕現の限界を迎えた。

 フィルランテの体が透けて、光と共に消失する。

 その間に、オリオルはフィルランテに強い視線を向けられた。

 ――リオネルをお願い。

 そんな声が聞こえた気がした。

 もちろん幻聴に決まっている。だが、オリオルはその声に強く頷いた。

 リオネルの体は、通路の真中に横たわる。

 支える者などいない。

 見守る者などいない。

 彼女の傍に寄りそう者など誰一人としていない。

 たった一人、彼女を救おうとする者以外は――

 オリオルは中段の構えを取る。

 時間がない。リオネルの右肩の怪我は、長く放置できるほど軽くない。

「風の精霊術、精霊術師」

 ポツリと弓使いが漏らした。

 さきほどの矢を弾いた瞬間を見れば、オリオルが使った風の精霊術を見破れるのは当然だ。

「でも貴方は勝てない」

 弓使いは矢筒に手を伸ばした。

 瞬間、オリオルは全力で駆けた。矢を放つ隙を与えないのではない。矢尻を向けさせる隙さえ与えないつもりだ。

 風の精霊術によって、移動速度を上げているオリオル。弓使いとオリオルとの間は、一瞬で埋まる――かに思えた。

 弓使いは、矢筒から取り出した矢を弓に構えることなく、そのまま投擲した。

「――く!!」

 それを剣で弾くが、人力で投擲したにも関わらず重い。風の精霊術によって強化されているのだ。

 そのわずかな隙で、弓使いは新たな矢で弓を構えた。

 放たれた矢は、これまでと比べものにならないほど速い。

 だが、そんな速さは意味がない。

 矢が放たれる瞬間、オリオルは足元で小さな爆発を生み、その衝撃を利用した歩法。以前、選抜試験でソシオが見せた火の精霊術を利用した爆歩だ。

 瞬間的な突破力を生み出す爆歩は、相手にまるで消えたかのような錯覚を見せる。

 矢を放った時には、そこにオリオルの姿はない。

「――っ!!」

 弓使いの驚く声。

 オリオルの体は宙に舞い、まるで着地するかのように壁に足をつけた。

 瞬間、ダンと壁を強く蹴り、空中から弓使いに斬りかかる。

「はぁああ!!」

 雄叫びと共に振るわれた剣は、風の障壁に阻まれる。

 再び乱気流を生み、二人を中心に風が吹き荒れる。

 だが、障壁はビクともしない。その間にも弓使いは、再び弓を構える。

 矢尻を向けられた瞬間にオリオルは再び爆歩。弓使いの左へと回り込んだオリオルは剣先を弓使いへと向けて突く。

 再び風の障壁に阻まれる。

 弓使いはオリオルの速度に思考が追いつけていない。風の障壁が剣を阻んだことでようやくオリオルの姿を捉えている。

「ちっ」

 弓使いのその口から苛立ちが漏れる。

 三度矢尻を向けるが、オリオルも三度爆歩。

 完全にオリオルはこの戦いを自分のペースに持ち込んだ。矢尻を向けられれば爆歩。これを繰り返すことで、弓使いを撹乱する。

 そんな攻防が、幾度となく繰り返される。オリオルは爆歩で弓使いに矢を射させず、弓使いは障壁でオリオルの剣を防ぐ。

 どちらにも傾かない均衡状態が続いていた。

 弓使いの放った言葉がなければ。

「術化・風天弓」

 その声は小さく風がふけば吹き飛ばされてしまうほどだったが、オリオルの耳にしっかりと聞こえた。

 弓使いの周囲を流れ、障壁を生みだしていた風が荒れ狂う。床と壁に風が擦れ、音を生む。音はより集まって轟音となり、やがて風は四方八方に散々した。

 至近距離で散々した風を受けたオリオルの体が吹き飛ばされる。空中でバランスを取り着地するが、弓使いとの間に距離ができてしまった。

 オリオルはすぐさまその距離を埋めるため、地面を蹴った。

 術化された状態で、弓使いの有利な間合をいつまでも保っているわけにはいかない。

 オリオルは爆歩によって一瞬にして数メートル移動する。弓使いに向かって直線に進めば、数秒で距離を埋められる。しかし、オリオルはそうはせず、上下左右通路全ての空間を使って移動する。

 地面を駆け、壁を伝い、天井を蹴る。まるでボールが通路を跳ねているようだ。

 その移動速度は、目で追うことなどできず、一瞬姿を捕えることでさえ難しい。

 しかし、弓使いは術化によって強化され、外装が変化した弓を前へと向けた。オリオルに向けたわけではない。そもそも目で追うことができない相手に弓を向けるなど不可能だ。

 弓はただ真っ直ぐ前に向けられているだけ。

 そして弓使いは矢筒から矢を抜くことはせず、弓弦を引く。

「風連牙」

 手から弓弦が離れた。

 すると通路全体を埋め尽くすほどの風の刃が放たれた。

 風の刃は、地面を切り裂き、壁を削り、天井を抉る。

 隙のない風の刃を回避することは不可能だが、障壁で防ぐことはできる。

 オリオルは、瞬時に地の微精霊にマナを与え、地の障壁を張る。

「ぐぁああああ!!」

 そしてオリオルはその身に無数の風の刃を受ける。体中に刃物で切り裂かれたような切傷ができ、そこから血を吹きだす。その体は力を尽き、膝から崩れ倒れる。

「王女を助けた」

 ぽつりと呟く弓使い。

 その視線の先には、地面が盛り上がり外敵から身を守る壁となった地の障壁。障壁の向こう側にはリオネルが倒れているのだ。オリオルは自らに障壁を張ることはせず、その先で倒れているリオネルに張ったのだ。あそこでオリオルが自らに障壁を張っていれば、リオネルは体中を風の刃に切り裂かれていただろう。

「王女が大切?」

 オリオルは返答をすることなく、問いは沈黙に消される。

 弓使いも答えられることに期待はしていなかったのか、それ以上何も言わず視線を地の障壁に向ける。

 風の刃を受けた障壁にはいたる所が削られているが、貫通した様子はない。

 さすがは耐久性に優れた地の元素の障壁だ。

 だが、突貫性に優れているのが風の元素。風で強化した矢を使用すれば、あの障壁を突破することは可能だ。

 弓使いは矢を抜き、弓を構える。

 狙いを地の障壁へと定めると、それを妨げるように矢尻の先を塞ぐ者が現れる。

 剣を地面に刺し、それを支えにゆっくりと立ち上がるオリオル。その間にも血が服を伝い、一滴、また一滴と地面に滴り落ちる。

「寝てたら死なずにすんだ」

 そんな弓使いの小言に、オリオルの口元がつり上がる。

 確かにその通りだ、と弓使いに同意する。

 死んだフリをしていれば、弓使いはリオネルを殺した後、そのまま立ち去ったに違いない。

 命が惜しいのなら、そうするべきだ。いやそれ以前に人なら、そうするべきなのだ。

 自分の命というものは、他のものに比べることのできにない。天秤の分銅にはなりえないのだ。

 人という存在は何に変えても自分の命を守る。

 オリオルもそう思っていた。

 自分の命は使命と世界のためにあり、何にも比べることのできないもの。

 個を捨てて、全を得る。

 その覚悟をしていた。

 セレスタンの問いへのあの答えも、そんな覚悟から出たものだった。

 だが実際はどうだ。

 王女一人を守るために殺されかけて、それでもなお守ろうと立ち上がっている。あの一瞬、オリオルは自分ではなく、リオネルを守った。

 個を捨てて、全を得る?

 とんでもない。オリオルはまったく逆の行動をしている。本当に覚悟があったのなら、オリオルは自分を守っていたはずだ。

 それができなかったのは、覚悟が足りなかったのか。

 それとも――

「いや、それだけはないな……」

 そんなオリオルの呟きは誰にも聞こえることはなかった。

「なんでいろんな元素の精霊術を使えるのかは知らない。でも私に勝てない」

 矢を中指と薬指で挟むと、再び弓使いは矢のない弓を構えた。オリオルが動きだした瞬間、再びあの技を放つつもりだろう。

 殺傷能力は低いが、命中率は高い。それに今の弱りきったオリオルには、もう一度受ければ運が悪ければ致命傷になりえる。

 絶体絶命というやつだ。

 だがそれでも引く気はまったくなかった。

「これじゃあ、マリアージュの言葉を否定できないな……」

 ほら見なさい、と嬉々するマリアージュの顔が目に浮かぶ。

 その顔を見るのは、この窮地を切り抜けた後だろう。

 オリオルは矢を首に受けて絶命している護衛の腰からもう一本、剣を引き抜く。

 そして両手に剣を携え、弓使いと対峙する。

「剣を増やしても――」

 無意味とでも続けようとした弓使いの言葉は、驚きに遮られた。

 目の前に赤い球体がいきなり現れたのだ。

 それだけではない。通路全体に赤、青、緑、茶の球体が次々と空中に出現する。その数は数十にも及び、空中を埋め尽くす。

 元素弾に酷似しているが違う。球体は、ふわふわと自由気ままに辺りを浮遊している。

「これは」

 目の前に広がる理解しがたい光景に尻込みをする弓使い。

「微精霊だ」

「微精霊? ありえない、微精霊は人の目には見えない」

「普通はな。だが、お前たち精霊術師は、一時だが微精霊を顕現させられただろう」

 それは契約精霊が微精霊だった時。

 微精霊も中級、上級精霊と同じように、マナを与えれば顕現する。

「これが俺の力。王の紋だ」

 オリオルは、微精霊たちに王の紋を通して、マナを与え顕現させたのだ。

 これで精霊の術化と同様に精霊にマナを与える時間を省くことができる。オリオルの意思一つで、瞬時に精霊術を行使することができるのだ。

 だが、不利点もある。一つは多くの微精霊を顕現させるため、術化と同様にマナの消費が多い。微精霊は一体一体がマナを元素に変換出来る量が多くない。それを数で補うために、より多くの微精霊にマナを与えなければならないのだ。

「王の紋。精霊王から授けられた力。そうだとしても、マナもないこの場所にこんなに微精霊がいるはずない」

「コイツらは普段から俺につき従ってくれている俺の戦友だ」

 そしてもう一つ。これは今この場においての不利点。

 総合的に精霊の術化には劣るのだ。精霊の術化は、精霊術師の最高到達点。それを真似たところで、劣化版でしかない。いくら微精霊たちの力を集めても、上級精霊には敵わないのだ。

 だから、後はオリオルの技量で補う。

 全ての微精霊の顕現は終了した。弓使いは矢のない弓を構えて、弓弦を引いた。

 お互いにこれ以上戦いを伸ばす理由はない。

 最後の戦いが始まる。


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