再戦
「水天舞!」
リオネルの声と共に、針の形状をした水が雨のように仮面のテロリストを襲う。
「ぐぁあああああ!」
水は体中を貫通し、通路にテロリストの悲鳴が響く。
急所は外したとはいえ、体中を貫かれたテロリストは体中から血を流し倒れる。
傍目から見ると、なんとも惨たらしい倒し方だ。
「姫様、お怪我はありませんか?」
警備団員の一人がリオネルの元へと駆け寄る。もう一人は、気絶しているテロリストを縄で拘束しているようだ。
「ああ、大丈夫だ。フィルランテは……大丈夫そうだな」
名前を呼ばれて振り向くフィルランテはなぜかいつも通りの無邪気な笑みを浮かべている。こんな状況でその余裕があるのだから、流石はリオネルの契約精霊だ。
あの爆発からリオネル、警備団員の二人は、警備団本部と合流するため、控室から移動している。だが、リオネル達が行く道はテロリストで溢れかえっていた。
これまで三回の襲撃にあい、未だに警備団本部との合流は果たせていない。しかも偶然に遭遇したというわけではなく、待ち伏せやまるでこっちを追ってくるように襲撃されるのだ。
まるで自分たちを狙っているかのように。
(……いや狙われているのは私か)
状況からみてそれしか考えられない。
テロの目的は、警備の手薄な自分を暗殺することだろう。だが、そんなことをしても戦争の火種になるだけだ。
(もしそれが狙いだというのなら、笑えない冗談だ……)
民を平和へと導くこと。それがクリストフから教わった国を背負う者のあるべきすがたであり、王女である自分の使命だ。
それを忘れた者に国を背負う資格はない。
そしてリオネルは、そんな者の陰謀で自分が戦争の火種になることを断じて許すわけにはいかない。
「よし、行くぞ。一刻も早く本部と合流するのだ」
リオネルの掛け声を合図に再び歩き出す。
アリーナの警備団本部が置かれている場所は、リオネルがいた控室からアリーナをぐるっと半周したもっとも遠い位置にある。不幸中の幸いは、本部も控室も一階にあるということだが、今この場においてそんなことを考えるのは気休めにしかならない。
アリーナの大きさを考えれば、歩いて十数分。だが、テロリストの警戒による移動と度重なる襲撃によって、すでに三十分が経過していた。
最初、護衛の一人からはリオネルだけでも身を隠すことが提案されたが、リオネルともう一人の護衛によって却下された。
下手に戦力を分散して、リオネルがテロリストに見つかってしまえば終わりだ。それよりもより警備団がいる場所へと移動する方が得策だ。
だが、リオネルはここにきてその判断が正しかったかどうか不安になる。
すでに本部まで残りわずかという所まで来たというのに、一向に警備団員に会わないのだ。
この状況だ。テロリストを鎮圧するために、アリーナには警備の者たちが各方面に移動している。移動していれば、そんな者たちと合流できるはずだ。にもかかわらず出会うのはテロリストばかり。
リオネルの頭に一抹の不安が過る。
「誰だ!?」
そんな時、前方を歩いていた警備団員の一人が叫ぶ。
思考を捨て、反射的に前方を確認すると、そこには黒い後ろ姿。
テロリストか――!!
身構えた時には遅かった。
「ぐぉ!!」
まるで喉に何か詰まって苦しんでいるような声と共に前方の警備団員が倒れた。そしてその首には一矢が突き刺さっている。
そして警備団員が倒れているその先には、今まで襲撃してきた中で一番小柄な体格、統一された黒い民族衣装と仮面、そしてその手には体格には不釣り合いな長弓。
瞬間、ゾワッと背筋が凍る。
間違いない。その姿は隠し通路でリオネルとオリオルを窮地に追い込んだ仮面の弓使いだ。
その存在を確認すると同時にリオネルは前へと駆けた。今の間合いは、弓使いにとって絶好の距離。それを埋めて、接近戦へと持ち込む。
腰から短剣を引き抜き、水剣舞で弓使いへと斬りかかる。
すると、鼻を刺すような生臭い匂いと、さっきまで壁に隠れていたソレが視界に入った。
一言で言えば、死体の山。このアリーナの警備団員の死体が所狭しと転がっている。みな首が心臓に一本の矢を受けているところを見ると、全て弓使いの仕業だろう。そしてこれで警備団と合流しない理由がはっきりとした。この弓使いが、リオネルと警備団が合流しないように、この道で全て射殺していたのだ。
その光景にリオネルに一瞬の動揺が生まれる。
「しまっ――!!」
「姫様!!」
そんな隙を弓使いが逃すはずがない。リオネルに向けられた矢尻は、喉元へと向かって放たれた。
「ぐぅ!!」
そんな矢とリオネルとの間に割って入った警備団員は、背中をその矢で射抜かれる。
だが、それだけでは終わらない。二射、三射と矢は放たれ、その全てが警備団員の体に突き刺さる。
「ぐぁあ!!」
体の痛みを表現したかのような断末魔が響く。
「止めろぉおお!!」
水天舞が弓使いに放たれる。
しかし、鋭い針先は、後退する弓使いによって床に突き刺さるだけに終わる。
「フィルランテ!!」
リオネルの攻撃は続く。フィルランテがリオネルの前へと出ると、水の元素弾を継続的に放つ。
それを風の障壁を張り、受け流す弓使い。
「おいっ、しっかりしろ!」
リオネルに力無くもたれる警備団員には背中に三本の矢が突き刺さり、血が絶え間なく流れている。
リオネルは警備団員を仰向けに起こす。しかし、すでにその目に生気はなく、視線は虚ろだった。
「っ――」
リオネルは悔いるように顔を顰め、右手で警備団員の目をそっと閉じる。幼児を寝かせるようにゆっくりとその体を床に置くと、静かに立ち上がった。
閉じる目はギュッと強く、何かを堪える様に歯を食いしばり、手は自然と拳を作り、小刻みに震える。
そして一度全身の力を抜き、
「貴様だけは許さん!!」
短剣を片手に再び駆けだす。
フィルランテの水の元素弾の猛攻の間を縫うようにして、一気に弓使いとの距離を詰める。
これなら反撃する隙はない。
完璧な連携だ。
だが、それは弓使いには通用しない。
「銀牙一閃」
なんてことはない。まるでそれをやるのが当然の如く、弓使いは弓を構え、リオネルに風を纏った一矢を放った。
「なっ――」
想定も、予測もしていなかったその攻撃にリオネルは完全に出遅れた。
矢はリオネルの右肩に突き刺さってもなお、勢いを失うことはなく、リオネルの体を後方へと吹き飛ばすと、肩を貫通し壁に突き刺さった。
「うっ――」
床に倒れ、右肩を押さえるリオネル。肩からは血が流れ、押さえている手を伝い、服を伝い、床へと滴り落ちる。
体が痛みを全身に廻らせ、異常を知らせる。
だが、リオネルはそんな痛みを気にする余裕がないほどに、弓使いから目が離せなかった。
完全に読まれていた。元素弾と同時にリオネルが動きだすことなど予測済みだったのだ。
怒りに身を任せ、単純な策で挑んだ時点でリオネルの敗北は決まっていた。
「くそ……」
未だに起き上がれず、絶え間なく流れる血がリオネルの意識を朦朧とさせる。
擦れる視線の先には、矢筒から矢を抜き取り、弓を構える弓使いの姿。
(……ころされる)
だが脳に血が回らず、思考速度が低下したリオネルは危機感すらなくなりつつあった。それでも障壁を張らなければ、とマナを集めようとするが、薄れる意識と右肩の激痛がそれを阻む。
不意に後ろから抱きかかえられるような感覚。顔は見えない。見る気力がない。だが、それがフィルランテだと理解するのは、今のリオネルでも容易だった。
「フィルランテ……」
まだ体内にマナが残っているため顕現しているが、そのうちそのマナも尽きフィルランテも消えてしまう。そうなればこっちの世界に干渉することはできない。
だが、逆に言えば顕現している間は、こっちの世界に否が応でも干渉してしまう。怪我をすることもあれば、病気になることだってある。そして死んでしまうことだってありうる。
弓使いはフィルランテのマナが尽きるまで待ってはくれない。
「にげるんだ……」
そう力を振り絞って声を出すが、フィルランテはよりいっそうリオネルを抱く手を強くする。
――絶対に離れない。
頭の中で声が聞こえる。力強い意思が籠った声だった。
(フィルランテなのか――)
それがフィルランテから流れてくる感情だと気付くのに時間は掛からなかった。
今までフィルランテと一緒にいて、ここまで鮮明な、それでこそ言葉で聞こえてくるような感情は流れてこなかった。
一部の学者の間では、契約者と契約精霊との間で行われている感情の譲渡は、強く感じれば感じるほど相手に伝わってしまうと言われている。
それがフィルランテの感情が声になって聞こえてきた理由なのかはわからない。
だが、フィルランテの強い意思と想いを感じとったリオネルの目からは自然と涙が流れた。
それほどまでに自分のことを想ってくれることに嬉しさを感じながらも、悲しくて、悔しくて仕方なかった。
今の自分では、フィルランテを守ることができない。こうして力無く倒れることしかできない。
――誰でもいい。誰かフィルランテを助けて。
――私はどうなってもいい。でもフィルランテだけは。
そんな切なる願いが、リオネルの心に芽生える。
そしてそんな時に最初に思い浮かんだのは、あの無愛想な顔だった。
「オリオル……」
リオネルの口から弱々しくその名が呼ばれた瞬間、弓使いの弓弦を引く手を離し、矢はリオネルとフィルランテに向けて放たれた。
終わりを覚悟した瞬間、風が吹いた。
風はリオネルを吹き抜けると、矢の前へと立ち塞がった。
金属がぶつかり合う音が響く。
リオネルを貫くはずだった矢は、大きく舞い上がりなんの力もなくリオネルの目の前へと落ちた。
そしてその落ちた矢の先には、見慣れたミーゼンリシア精霊学院の制服を着た後ろ姿。
なんの芸もない格好だが、本人はアリーナに来るために正装を着て行こうとしたが、学院の制服ぐらいしか持っていなかったのだろう。
そう考えると、その後ろ姿がなんとも愛おしく思える。
そして安堵感から緊張の糸が切れたのか、リオネルの意識は瞼を閉じたと同時に途切れた。




