目的
そんなオリオルの呟きと共に貴賓席の扉が慌ただしく開いた。
「皆さまご無事ですかっ!?」
出てきたのはラウル。すっかり忘れていたが、ここにもちゃんと警護役はいたのだ。
「遅いぞ、ラウル」
文句の一つや二つ言ってやろうかと思ったが、ラウルの左腕に流れる血を見て、そんな気持ちも引っ込んだ。
「二人に襲撃されてね」
オリオルの視線に気付いたラウルがそう呆れたように言う。
「こっちは一人だ」
「オリオルが撃退したのかい?」
「いや――」
ラウルの問いに、オリオルはセレスタンを一瞥するが、特に興味なさそうにただ座っている。
どうやら特に関わろうとする気はないらしい。
「まぁそんなところだ。それよりもいったいどうなっている」
「さぁ僕にも何が何だか」
それで警護が務まるのか、と正したくなるが、ラウルも二人を撃退するのにやっとだったのだろう。
「とりあえずここにいる連中を避難させるぞ。ここにいたらまたいつ襲われるかわかったものじゃない」
オリオルの提案に異存はないようで頷くラウル。
だが意外にも反対の声はセレスタンから上がった。
「その前に君たちどちらか、帝王様の加勢に行くべきだ」
その声で視線がリュシアンのいる舞台へと向けられる。
中央にはリュシアン、そしてそれを囲むようにしてソレらは存在した。
「なんだあれは!」
姿は人間と同じように頭と四肢があるが、全身をゼリー状の何かで覆われている。精霊でもない、人間でもない何かがそこにはいた。
だが今はソレが何なのかはどうでもいい。問題は、この式典で他国の王が殺されかけているということだ。
「ラウル、この場は任せた。俺は帝王のもとに行く!」
「あっ、オリオル!」
と勝手にラウルの腰にある剣を抜くと、手摺に上り飛び下りた。途中、風の精霊術で飛距離を伸ばし、アリーナの舞台へと着地する。
「あぁ……ぁ……」
弱々しい呻き声を上げてるソレは、オリオルの存在気付くとこちらに群がってくる。
「邪魔だ」
空を斬るように薙ぎ払われた剣に合わせて、風の刃が群がった無数のソレを胴体から真っ二つにする。
そして開けた道を全力で駆ける。
そしてリュシアンを追い抜きざまに、ソレを一体斬り倒す。
「……何者だ」
威嚇のような一言がオリオルに向けられる。しかし視線はソレらに向けられたまま、リュシアンの薙ぎ払う一線が三体のソレを切り裂く。人の丈ほどある剣でありながら、その刃は細く、それでいて片刃という異様な剣だ。
「オリオル・デュヴァリエ。ミーゼンリシア精霊学院の学生だ」
「学生……」
リュシアンの視線が初めてオリオルに向けられた。ソレらを恐れることもなく、一体また一体と斬り伏せていく姿はとても学生とは思えない。そしてオリオルが再び一体のソレを薙ぎ払った時、オリオルの右腕に浮かぶ王の紋が目に映る。
「その紋は……」
リュシアンの刺客から襲いかかるソレを、身を翻し難なく斬る。
そして自然と体勢は、オリオルの背中合わせとなる。
「オーブの里の者か?」
「……そうだ」
その名をリュシアンが知っていたという驚きと、あの時の記憶を呼び覚まされた不快感が、オリオルの中で渦巻く。
「こんな中でも誰よりも私を殺したいのはお前だというのに。お前はそれでも私を守るのか?」
全てを察し、理解しているリュシアンの言葉は、まるで復讐を覚悟しているかのようだった。
だが、オリオルは嘲笑うかのように鼻を鳴らす。
「世界のためにあれ、精霊のためにあれ」
オリオルは心に刻んだその使命の言葉を復唱する。
「なんだそれは」
「俺の使命だ。今ここで帝王、お前を斬っても世界にためになるわけでも、精霊のためになるわけでもない」
そして静かに告げる。
「俺は常にこの使命の言葉と共にある」
そのオリオルの宣言に、帝王は表情も変えずソレを斬首する。
「ならばお前はコイツらを斬るべきではない」
「どういうことだ」
「コイツらは微精霊を強制的に昇華した人口精霊だ。いや、それとも最強の精霊を作ろうとしたなれの果てと言ったところか……」
その話しならオリオルも聞いたことがある。
強化精霊計画。
全ての元素の精霊を合成することで、四大元素全てを扱うことができる精霊を生みだそうとした計画だ。
教帝戦争の末期、ユベレ帝国が国家を挙げて研究に乗り出し、そしてその途中で研究は失敗したと聞いていた。
つまり、研究の結果がこの人型のゼリー状の何かというわけだ。
そして隠し通路で微精霊を集めていたのも、合成するための微精霊集めだったというわけだ。
剣を握る手に力が籠る。
「こんなものを生みだすために微精霊たちを――!」
剣先が鈍る。ソレらを斬るのに迷いが生じている。もとは精霊だったもの、という事実がオリオルの判断を鈍らせる。
なるほどリュシアンが言った言葉の意味がここようやく理解できた。
そして頭を切り替える。
怒りを飲み込み、冷静さを取り戻す。
「それでそのなれの果てがどうしてこんなところにいる」
「おそらく私を足止めるための時間稼ぎだろう。コイツらは大量のマナを得て合成されている。そのマナが無くなるまで、自己再生し続ける」
リュシアンがある一点を指差す。
そこにはオリオルの真っ二つにしたはずのソレが集まり、再び人の形を作り出している。
「この技術はユベレにしかない。つまりこのテロの首謀はユベレ側の人間だ。今の私はこのなれの果てを片付けなくてはいけない。そして然る後、それ相応の罰を受けるだろう」
「そうともかぎらないだろう」
「なに?」
「確かにこの技術はユベレのものだが、ならどうしてソイツらはここにいる。どうやってこのアリーナに運ばれた? そもそもその技術の素材になった微精霊たちはこのリスペクアートで集められたのだ。つまり、ソイツらはこのリスペクアートで作られたのだろう。ならどうやってその技術を生かせるだけの設備を、他国であるバルミアで手に入れることができた。これらすべてをユベレ側の人間だけでやったとは到底思えない」
「確かにこれはユベレだけの問題ではないことはわかる。だが、このテロがユベレ側の主犯で行われていることは確かだ」
「なぜそこまで言い切れる」
「おそらくこのテロの狙いが、第二次教帝戦争の火種だからだ」
「……火種。もう一度戦争を起こそうというのか?」
「そうだ。もともとユベレは軍事大国として他国とは頭一つ飛びぬけていた国だ。そんな国が他国との戦争をほとんど降伏した形で終戦させたのだ。頭の固い連中はユベレのプライド云々と騒いでいる。ユベレは全ての国の上にあるべきだ、対等な関係などありえないとな」
「そのための戦争か」
「そうだ。もう一度戦争を起こし、今度こそバルミアに立場をわからせると息巻いているのだ」
「くだらないの一言に尽きるな。それで火種とはいったいなんだ」
「ユベレの人間の手で、バルミアの重鎮を殺すことだろう。国の重鎮を他国の者が殺した先には戦争が待っているのは、いつの時代の歴史をひも解いても明らかだ」
それは確かに決定的だ。
しかし、貴賓席に現れたあの襲撃者。そしてラウルが倒したという二人。これほどまでに計画的なテロにも関わらず、肝心の火種を生みだすための襲撃者がたった三人というのは少な過ぎる。
クリストフを狙っているということか。だが、クリストフには常にあの聖騎士と聖術師であるソシオとシータが警護していると聞いた。それを破るのは容易ではない。いやそもそもあの二人を倒すなど不可能だ。それこそ一個大隊並みの戦力が必要だ。
――なら何を狙っているんだ。
「――」
その真実に辿りついた時、オリオルの頭は驚くほど穏やかで冷え切っていた。
近づいてくる三体のソレに対して、再び風の刃を放った。だが、最初のもとは威力がケタ違いだ。目標である三体のソレだけではなく、奥にいる四体も巻き込み切り裂いた。
「帝王、手を貸せ。俺は行くところができた」
その言葉にリュシアンは強く一度だけ頷いた。
「私が道を開く」
リュシアンは長剣を左から右に払い、剣についていたゼリーを振り払った。
まるでここから仕切り直すかのように。
「現れろ! イフリート!」
その言葉と共にリュシアンの背後に巨大な火柱が立ち上がる。火柱から飛び出る火の粉が辺りに落下し、やがて地面を真っ赤に染める。
そして次の瞬間、火柱の火がバッと辺りに散った。そして火柱から魔人が現れる。赤褐色の肌、筋骨隆々の体、白銀の髪と瞳、頭から突き出る鋭い角、そして体を纏う炎。
これが火の精霊で最強と呼ばれる火の魔人だ。
「炎よ」
リュシアンの声と共に、炎がリュシアンの長剣を包む。ただ燃え盛っていた炎はやがて剣と一体になるかのようにその姿を変え、真の炎の剣と化す。
リュシアンはその炎の剣をゆっくりと頭の上へと持ち上げ、上段の構えを取る。
「業火の閃ッ!!」
そして咆哮と共に、炎の剣は振り下ろされた。
熱風が舞台に吹き荒れ、剣に纏った炎の刃は放たれた。
我が前に立ちふさがりし者を焼き切らんと、炎の刃は次々とソレらを両断し燃やしつくして行く。そして炎の刃は出口の扉までも吹き飛ばし、リュシアンと出口との間に大きな道を作る。
「行け、いずれ警備の兵も来る。ここは私一人で十分だ」
再び長剣を左から右に払うリュシアンが出口を見据えて言う。長剣の刃についた残火が火の粉に変わり、地面へと落ちる。
その言葉に頷くと、精霊術で足に風を纏い、開けた道の残火を吹き飛ばして飛び進むオリオル。
目指す場所はこのアリーナ内でバルミア国の重要人物であり、今もっとも警備の手薄な者のところ。
そして今、それに該当する者は一人しかいない。
その者は、演舞を披露するため王賓席から離れ、おそらく今は控室にいる。警備員はおそらく二人だけ。
そう――
テロリストの狙いはリオネル・アンドレア・ドゥ・バルミアだ。




