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王の紋  作者: Uma
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テロ

 やがて、器楽曲の演奏が始まった。

 双演舞の舞子は人間の女性と女性の姿を模した精霊でなくてはならない。そのため、双演舞が公の場で舞われることは滅多にない。

 まず人種の精霊は、最強種と同じくらい出現率が低い。かといって最強種ほど元素変換量が多いわけでもないのだが、他の動物に模した精霊よりも感情表現が豊かで、人ともコミュニケーションが取れる。そのため感情が出やすい演舞などを舞えるのだ。

 そしてなぜ人と精霊とでの舞いを重要視するのか。

 それは双演舞が、人と精霊とが世界で共に生きていることを表現し、また共生を精霊王に願う舞いだからだ。人と精霊とが一緒に舞うことで、この願いは人だけでもない、精霊だけでもない、人と精霊の両種族が望み願っていると示すためだ。

 そして今まさにリオネルとフィルランテが舞っている双演舞は、その願いを体現したかのように美しかった。

 このアリーナにいる者全てが人と精霊との関係の理想を見ている。この世界で、リオネルとフィルランテ以上に通じ合っている人と精霊がいるのだろうか。彼女たちはすでに世界の理想に到達している。

 誰しもが彼女たちの舞いを見てそう感じ見惚れていた。

 オリオルもまたそんなリオネルとフィルランテの舞いに目を奪われていた。

 いつも姉妹のようなリオネルとフィルランテを見て、人と精霊の共生を夢見ていた。彼女たちなら、人と精霊の共生を人々に伝えられるのではないかと思っていた。

 だが、この舞いを見て確信する。

 いつか二人は、人が精霊を使うなどといった考えを壊し、人と精霊の共生を人に伝えていける。

 この双演舞を舞うことができるリオネルとフィルランテなら。

 そしてリオネルとフィルランテの双演舞は終わりを迎え、二人の動きが止まると同時に器楽曲の演奏も止んだ。

 一瞬の静寂の後、アリーナはこれまでにない拍手喝采で包まれた。

 リオネルとフィルランテは背中合わせに一礼し、それに答えた。

 すると、一瞬リオネルの視線が貴賓席のこちらに向けられた。そして達成感に満ちた微笑みを浮かべる。

 あれはいったい誰に向けられた笑みだったのか。視線は自分に向いていたと思うのは、自意識過剰なのだろうか。

「すばらしい演舞だった。私が生きているうちに見られてよかった」

 初老のセレスタンにしてはまだ早いように思えるセリフだ。本気で言っているのか、冗談で言っているのかわかったものじゃない。

 リオネルとフィルランテが舞台から去るのを見届けると、それに合わせてオリオルもその場から立ち上がった。

「おや? 次の帝王様の剣演舞は見てはいかないのか?」

「ああ、俺はアイツとの約束を守りに来ただけだ。それに――」

 オリオルは舞台の中心へと歩いてくる人影を見る。

 ユベレの古い民族衣装を着て、右手には鞘に収められた長剣。凛々しい顔つきからは、厳格さと真摯さが伝わってくる。

 十一年前、実の父から王位を簒奪し、教帝戦争を終戦へと導いた若き帝王。

 リュシアン・アゼマ・ユベレは舞台の中央に立ち、その右手に持っている長剣を豪快に抜いた。

 客席からは、大きな歓声が上がる。

 いくら戦争が終結したといっても、すぐに両国間の抑圧が消えたわけではない。特にバルミアからユベレに対する嫌悪は相当なものだった。それもそうだろう。もともとユベレの勝手な都合によって始まれた戦争だ。それをユベレが「もう戦争を止めて仲良くしましょう」と言い出したところで、バルミアが「はいそうしましょう」なんて言うわけがない。なんとか終戦には漕ぎつけたものの、両国とも反対派を押し切っての終戦だった。

 その圧力がたった十年の間に、元敵国の王に歓声を上げるほどに緩和されると、あの当時誰が持っていただろうか。それどころか十年で、同盟を結び、共同で式典を開く関係にすらなっているのだ。

 これも全てクリストフとリュシアンが率先して、両国の間を取り持とうとした結果だろう。

 実の父から王位を簒奪してまでも終戦させたリュシアン。

 幾度もユベレに対して休戦協定の書状を送り続けたクリストフ。

 この二人が王ではなかったら、両国の禍根は未だに拭い去るどころか、民の奥底に根付いていただろう。

 しかし、オリオルの心の奥には、未だに絶ち切れない憎悪があった。里を焼かれ、家族も友人も殺されたオリオルの憎悪は、心の奥に根付いてしまっているのだ。

 もはやこの憎悪が何も生み出さないただの負の感情だということは、オリオルも理解している。だから、今までこの憎悪を表に出したことなどない。それをしてしまったら、この両国の良好な関係に水を差すことくらいわかっている。今、ここにそれを望んでいる人間がいないことなど聞くまでもない。

 だが、不意に何かをきっかけに思い出してしまうことがある。燃える里と里に木魂する悲鳴を。そしてあの時感じた憎しみを。

 そのためにオリオルは、極力ユベレに関われないよう努力してきた。

 今、席を立ったのもそのためだ。

 帝王の剣演舞を見れば、いつまた思い出してしまうかわからない。

 オリオルは振り返らずに扉へと向かい、その装飾が施されたドアノブに手をかけた。

 その時だった。

「――っ!?」

 アリーナに爆音が木霊し、地響きに揺れる。一回だけではなく、さらに二回、三回、四回と続き、ようやく納まった。

 だが、安堵できる状況ではない。

 オリオルは来た道を引き返し、もとの席に戻るのではなく、そのまま手摺に身を乗り出した。

 今の音からして何かが爆破したのは、想像するのに難くない。

 問題は何処が爆破したか、だ。

 オリオルの目には三カ所から上がる煙。その場所から考えるに、爆破されたのは――

「出入り口か!!」

 そしてこの位置では見えないが、おそらくオリオルがアリーナに入る時に使用した出入り口も爆破されているだろう。

 ここでようやく一般席にいた観客が騒ぎだした。

「テロだっ!?」「テロが起こったぞっ!?」と騒ぎたて、アリーナを出ようと我先にと出口を目指す。誰一人として出入り口が爆破されたことに気付いているものはいない。おそらく爆発の影響でアリーナからは出られないだろう。

 そして観客が騒いでいる通り、これはテロだ。

 狙いは恐らく国の重鎮たち。

 そこでふと気付いた。

「いや待て?」

 俺がいるここって確か――とまで考えるが、結論まで到達させてはくれなかった。

 突如視界が下から飛び上がる人影を映した。

 反射的にその場から飛び引くと、人影はちょうどさっきまでオリオルが立っていた辺りに着地した。民族衣装のような黒い服に顔を覆い隠す仮面。一瞬、あの仮面の弓使いかと思ったが、その大柄な体格からして男だ。

「な、何者だっ!?」

 そんな問いに律儀に答える相手なはずもなく、仮面の男は腰からナイフを抜き、叫んだ男に振り上げた。

 だが、ナイフは振り下ろされることはなく、仮面の男の体は突如横から拭きつけた突風によって吹き飛ばされた。

 無様に転がる仮面の男。

 その男を冷たい視線で見つめるオリオルは、王の紋が浮かび上がった右腕を男に向けている。

 仮面の男がナイフを取り出した瞬間、オリオルは王の紋にマナを流し、風の微精霊の力で突風を起こしたのだ。

 仮面の男は、すぐさま立ち上がりオリオルを見据える。

「ガーヴェン」

 そしてポツリと何かを呟くと、男の頭上に風が渦巻き黒い烏を顕現させる。

「はやり精霊術師か……」

 一般席からこの貴賓席に飛び上がってきた時に風の精霊術を使っていたのはわかっていた。問題はそれがこの男の術なのか、それとも下にいる仲間の術なのかということだったのだ。

 正直前者であってほしかったオリオル。

 精霊術師を相手にするのは面倒なのだ。

「まったく場を弁えない無粋な者が忍びこんできたものだ」

 心の中でぼやいていると、後ろから心底呆れたような声が聞こえる。

 その声がさっきまで問答をしていたセレスタンのものだと、振り向かなくてもわかる。

「ここは終戦の式典。お前たちのような争いを好む者たちが来る場所ではない。そうそうに立ち去れ」

 セレスタンの静かな、けれども凄味の利いた声が仮面の男に向けられる。

 しかし、臨戦態勢を崩すことがない仮面の男。

「そうか、引く気はないか」

 溜息混じりのセレスタンの声。そしてオリオルと仮面の男の間に、砂が渦巻く。

「そうなれば仕方がない。お灸を据えてやれ、シンギ」

 セレスタンのその一言で砂は散々し、地の馬シンギが顕現する。

 高らかな鳴き声を響かせ、シンギは男に向かって突進する。突如現れた精霊に気を取られてか、男はシンギの突進を胸に受ける。

「がぁっ!!」

 豪快な一撃に、呻き声を上げる仮面の男。

 シンギはその巨漢を物ともせず頭で持ち上げ、貴賓席の外へと放り出した。

 そして空中で生み出された人並みほどの大きさの岩が放り出された男に向けて放たれた。

 勢いがなくなり落下し始めていた体に岩が激突したことで、仮面の男の体は一般席にではなく、舞台の隅へと落ちていった。

 おそらく岩と地面に挟まれていることだろう。

 役目を終えたシンギは一鳴きすると、再び砂が渦巻くと共に消える。

 その契約者はというと、席に座ったまま「疲れた。疲れた」と言って自らの肩を叩いている。

「まったく恐ろしいじーさんだ」


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