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王の紋  作者: Uma
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式典当日

 式典当日。

 オリオルは、リオネルとの約束を果たすべく、式典開始と同時に王宮から外へと出てきた。しかし、リスペクアートの入り口の正門から王宮まで続く王宮通りは、あちらこちらに出店や大道芸が開かれ、それを目当てに人がごった返していた。

 こんな中で目的地まで正確に歩いて行けるわけもなく、人ごみに流されて続け、ようやく人の少ない裏路地へと出てきた。

 裏路地は、出店も大道芸もいないので、人通りは少ない。だがやはりいつもより人通りは多い。

「こんな中でテロが起きたら、リスペクアートは大パニックだな」

 あまり考えたくない想像をしてしまう。

 だが、可能性がないわけではない。

 テロが起きれば、式典参加者はパニックを起こし、王宮通りは逃げ惑う人で騒然となるだろう。これだけの人が慌てて、逃げ出すのだ。怪我人はもちろん、下手をすれば死者だって出る可能性がある。

 正直、死者を出してしまうとテロを防げなかったバルミアの責任問題になりかねない。それだけは避けたいところだ。

「ま、俺が今更どうこう言ったところで変わらないか……」

 クリストフはテロを警戒して、警備団員の人数は倍にされた。アリーナの警備団員も当初は学生だけで部隊を編成する予定だったが、正規騎士団も導入されている。

 今頃、試験に合格したラウルは、正規騎士団の奴らにこき使われているだろう。



 結局、王宮通りを通ることはせず、裏道を使って遠回りしたためアリーナへ着いたのは、演舞が始まった十分後だった。王宮通りを普通に通れれば、時間ちょうどに到着する予定だったのだ。

 だが、もともと最初から最後まで見るつもりのないオリオルだ。そこは慌てず急がず貴賓席があるアリーナ二階へと向かう。

「ここから先は貴賓席だ。さっさと去れ」

 階段を上がってすぐに警備団の団服に身を包んだ男に威嚇される。

 だがそれも当然だろう。平凡な容姿で、平凡な服装の、演舞に遅れてくるような男が貴賓席のチケットを持っているなど思えるわけがない。

 このチケットを持っているのは、王族と一部の貴族だけ。持っていて当たり前の人間ばかりなので、持っているのかさえ確認する必要がないのだ。

 呼び止められているのは想定内だ。

 いつでも出せるようにしていたチケットを男に見せる。

 すると、男の顔は見る見る青ざめ、一歩退いて腰が折れてしまうんじゃないかと思うほど頭を下げた。

「も、もももも申し訳ありません」

 どこかの貴族の子とでも勘違いしたのか、口調は敬語になっている。それだけこの席に座れる人間は限られているということだ。

 とりあえず、いつまでも頭を下げられても仕方がないので、貴賓席の部屋に案内してもらう。部屋の前を警備している男に「席までご案内しろ」と命令すると青い顔のまま持ち場へと戻って行く。

「チケットを拝見してよろしいですか?」

 気の毒だな、と青い顔の男を見送ると、そう声をかけられる。

「うん? ああ」

 チケットを手渡そうと男に目を向けた時、時が止まった。

 それは男も同じようだ。

 二人はジッと視線を合わせ続ける。

「なんでここにいる、ラウル」

「それは僕のセリフだよ、オリオル」

 部屋の前を警備していたのは、なんとラウルだった。

 団服に身を包み外見は完全に騎士だったので、顔を見るまでまったく気付かなかった。

 ラウルは受け取った貴賓席のチケットをまじまじと見つめる。

 どうやら偽物じゃないかと疑っているようだ。

「本物だぞ」

「どうやらそうらしいね。でも、そうなると今度はオリオルが盗んだという選が生まれるんだけど……」

 説明してもらえるかな、と視線で伝えてくる。

 そんなに俺は信用がないのか、と溜息を吐き、オリオルはチケットを手に入れた経緯をざっと話す。もちろん隠し通路の件は、極秘なので伏せてだが。

 それを一通り聞いたラウルは、さっきまでの疑いの目が嘘だったかのように、「それなら納得だ」と満面の笑みを浮かべる。

「よかったじゃないか。こんな経験滅多にできないよ」

「まぁな」

 そう思うのが普通なんだろ。

 そんな気持ちが表に出ていたのか、ラウルは不思議そうな顔をする。

「浮かない顔だね。もしかして嫌なのかい?」

「まぁ、嬉しくないわけではないが、悪目立ちするのは目に見えているからな」

 そう伝えると「なるほど」とラウルは頷く。

「オリオルらしいね。確かにこの中で演舞を見るのはどちらかと言うと苦行に感じられるよ」

 と言ってラウルはチケットにもう一度視線を向ける。何かを確認したようだ。

「じゃ、その苦行までの道のりは、君の友人であるこの僕が案内してあげよう。せめてもの手向けだよ」

 などと縁起でもないことを言うラウルに案内されて、中へと入った。

 流石は貴賓席。内装も豪華で、とてもじゃないが庶民派のオリオルでは落ち着いて見物などできない雰囲気だ。一般席と唯一同じなのはアリーナの舞台と席を隔てるものがないことぐらいだ。

 手摺の先には客席に囲まれたアリーナの舞台。雲一つない空から日の光が照らすその舞台ではすでにユベレ側の演舞が行われている。

 そして座っている人間もどこかで見たことあるような王族と国の重鎮ばかり。

 オリオルの予想通り場違いだ。

「がんばれ」

 席に座ったオリオルに小声でそう励ますと、ラウルは部屋の外へと出て行く。

 いたる所から視線を感じる。

 リオネルが前列なんて良い席を取ってくれたために晒し者だ。

「オリオル・デュヴァリエくんだったかな?」

 やっぱり来るんじゃなかった、と後悔していると横から声がかかった。

 横には白髭を生やした初老の男が、オリオルのことを興味深そうに見ていた。

「ああ、そうだが……」

 向こうはこっちのことを知っているようだが、オリオルはまったく記憶にない。そもそもこんな貴賓席に座るような王族や貴族と面識があるわけがない。クリストフとリオネルを除いて。

「私はセレスタン・ブランシェ。元・騎士で、今はバルミア騎士団最高顧問をしている者だよ」

 最高顧問といえば、全ての騎士団を指揮する総団長のさらに上の役職だ。つまり騎士団の中で一番偉いのだ。

 だが、オリオルは役職の方ではなく、セレスタンという名前に興味がいった。

「セレスタン……救命の英雄か。終戦の後すぐに現役を引退して何をしてるかと思えば、院生を布いていたのか」

 言っておくが、これは厭味でもなんでもなく、オリオルの純粋な感想だ。それがどうも耳触りの悪いものになってしまうのは、オリオルだからこそだ。

「はっはっは、憎たらしいまでにはっきりした青年だ。だが、返す言葉もないな」

「別に厭味で言ったわけではないぞ」

「わかっている。これでも騎士団で最高顧問なんて仰々しい役職についているのだ。人を見る目はある。君に悪意がないこともわかっているよ」

「それをわかってもらえて何よりだ」

 大抵の場合、プライドの高い人間はここで激怒するのだが、セレスタンは器の広い人間のようだ。

「少し踏み込んだ話だが、この貴賓席はリオネル姫に用意してもらったのかな?」

「ああ、そうだが、どうしてわかった?」

「簡単なことだ。半月前、ミーゼンリシア精霊学院で行われた選抜試験で、君の活躍を姫様と一緒に観戦していたのだ」

「なるほど」

 その説明だけなんとなく理由はわかる。

「姫様は君をずいぶん買っているようだな」

「少し買い過ぎなくらいにな」

 それでオリオルがどれだけの迷惑を被ったかことか。

「それだけ君に何か惹かれるものがあるということだろう。私もそれがなんなのかぜひ聞かせてほしい」

 とオリオルを見つめる目は、まさに人を見定めてやろうと熱意が伝わってくる。

「見ての通り、分を弁えないガキだよ」

「確かに今のところは、そうにしか思えないな」

 冗談めかして笑うセレスタン。

「だが、あの姫様が買うのだ。君には何かあるに違いない」

「アンタはアイツのことを買っているみたいだな」

「そうだな。半月前までは姫様のことを年相応の娘という認識しかなかった。だが、選抜試験のあの日、私は姫様に諭されたのだ」

 と微笑むと教王と帝王が座っている王座に視線を向ける。

 その視線を追うと、そこにはクリストフと現帝王リュシアン、そしてリオネルの姿があった。

「私は救命の英雄と呼ばれながらも、あの戦いで数人の部下を死に追いやったのだ。私はそのことをとても悔やんでいた。何かもっといい方法があったのではないかとね。だが、そんな私を姫様は叱咤してくださったのだ。彼らの覚悟は決まっていた。それを後になって貴方がどうこういうのは間違っている、とね。そしてこうも仰っていた。そんな騎士が築いた国の王女に生まれたことを誇りに思う、と。本当に嬉しかった。彼らの命は決して無駄ではなかったとそう思えた。その時から私も、誇りに思えるようになった。民のために命を賭けた部下を持てたことを」

 リオネルらしい言葉だ。

 彼女は今、本気でこの国のことを誇りに思っているだろう。そしてその王女である自分もそれに相応しくあるように努めている。

 いつかリオネルがこの国を背負って立つ日が来るかもしれない。そう思える。

「オリオルくん、君に一つ質問をしたい。いいかな?」

「それは構わないが……」

 改まったようにセレスタンが訪ねてくる。それはまるで難題を出される前触れのような雰囲気を醸し出していた。

「君の大切な人が死の危機に瀕している。唯一救える道は、君の命を差し出すことだとする。そんな時、君ならどうする?」

 どうやら本当に難題を出す前触れだったようだ。

 思わずオリオルの眉間に皺が寄る。

「意地が悪い質問だ」

「それを承知で聞いている。言っただろう、私は君に何かあると思っている。だが、君は自分を語る気はなさそうなのでな。この問いで君を見極めさせてもらう」

 なんとも身勝手なことだ。しかも、自分で嫌な質問をしていると、自覚しているのだから、さらにたちが悪い。

 おそらくセレスタンはこの状況を、あの救命の英雄と呼ばれることになる戦いに重ねているのだろう。自分と同じ立場になった時、オリオルならどうするか。それが知りたいのだ。

 この質問にはいろいろと情報が少な過ぎる。大切なとはいったいどのくらい大切なのか、どうして死の危機に瀕しているのか、どうして自分の命を差し出せば救えるのかなど。しかし、それらを突き詰めても、おそらくオリオルの回答は変わらないだろう。

 オリオルには使命がある。

『世界のためにあれ、精霊のためにあれ』

 これはオリオルという人間の芯であり、全ての行動の根幹にあるものだ。

 それを蔑ろにすることなどありえないし、ましてや使命の途中で死ぬなどもっての外だ。

「俺の命は、大袈裟に言えば世界のためにある。だから、自分の大切な者を守りたいという身勝手な理由で世界を見捨てるわけにはいかない」

 そうオリオルが答えると、セレスタンは深く頷いた。

「なるほど、君は大局を見るというのか。もしその選択ができたのなら君はまさに信念の塊だ。だがその選択は君にとって辛い道だ。使命を果たす前に、己が壊れてしまうぞ」

「それでも俺は信念を貫く。そのために俺は生きているんだ」

「なるほど。少しだけだが、君という人間がわかった。時間を取らせてすまなかったな。そろそろ姫様の双演舞だ。これを見に来たのだろう?」

 そう言われてアリーナに目を向けると、ユベレの演舞が終了したところだった。

 どうやらずいぶんとセレスタンと話し込んでしまったようで、ほとんど演舞を見逃してしまったようだ。

 だが、セレスタンの言う通り、オリオルはリオネルの双演舞を見られればそれでいいのだ。

 そしてそのリオネルが、フィルランテと共にアリーナ中央へと移動していく姿が見える。

 フィルランテと同じ踊り子の衣装に身を包み、背中合わせで立つリオネルとフィルランテ。


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