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王の紋  作者: Uma
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召喚

「バルミア教国第三王女リオネル・アンドレア・ドゥ・バルミア様、ご入場です」

 数歩先にあるリオネルの三倍の高さはあろうかという扉が開く。隙間から光が差し込み、瞳孔を刺激する。しかし、リオネルは顔を顰めることもなく、ゆっくりと歩き出した。

 紅い絨毯の上を沿うように真っ直ぐ歩き、そして腰を落とし、片膝をつく。

 頭を下げる相手は王座に座っているバルミア教国教王、クリストフ。

「遠いところからすまないな、リオネル」

「いえ、私は王女であり、一国民です。教王から召喚に応じるのは、当然の義務。なんの不満もありません」

 上からかけられるクリストフの言葉に、顔を上げることはなく、俯いたまま返答する。

 その堅苦しさが少々不満なのか、クリストフはさらに言葉を続ける。

「召喚などの作法を使ってしまったが、これは私用の要件だ。顔を上げて、私に顔を見せてはくれないか、愛娘よ」

「わかりました、父上」

 クリストフにも顔が見えるよう、やや上向きに顔を上げる。

 黄昏色に染まった髪は、少しの風を感じるだけで揺れる。整った顔立ちに、白く一点のシミのない肌。そして印象的なのは、妖美に輝く瑠璃色の瞳。まるで瑠璃を埋め込んだかのような瞳は、人の体の一部だとは思えない。

 バルミア王家では、一定の周期で瑠璃色の瞳を持つ子が生まれる。リオネルの母も、父も、二人の姉も、瑠璃色の瞳を持つことはなく、リオネルだけがこの瞳を持っている。

 その前は曾祖母がこの瞳を持っていたと、母から聞いたことがある。そしてこの瞳を持ったものは、高いマナの持ち主だとも聞いた。

 まさしく言い伝えの通りで、リオネルは高いマナの保持者としてミーゼンリシア精霊学院に在籍している。

 今では学院一の精霊術師として、その名を知らない者はいないだろう。

 しかし、だからこそリオネルはこの瞳が好きにはなれなかった。まるで、瞳のお陰で、自分がここにいるように感じるからだ。

 マナを持っているだけでは、ここまでの領域に辿り着くことはできない。血の滲む努力があったからこそ、リオネルはここにいるのだ。

 それをわかってほしかった。

「どうした、リオネル。気分が悪いのか」

 余計なことに意識が回ってしまったせいか、眉間に皺が寄ってしまっていた。

 リセットするように左右に顔を振って表情を戻す。

「いえ、ご心配には及びません、父上」

「そうか、リオネルは暗い顔なぞ似合わんからな。それにしても日を増すごとにリオネルは母、マリアージュに似てくる。まるであの頃のマリアージュが戻ってきたかのようだ」

 美しかった昔を懐かしむように目を閉じて、感傷に浸るクリストフ。その目からはうっすらとだが、涙が目尻に溜まっているようにも見える。

「マリアージュはそれはそれは美しい女性だった。例えるなら、花々が咲き誇る荘園の中でも、どの花よりも負けない輝きを放つ一輪の赤い薔薇のような存在」

 涙は耐え切れず、目尻から頬へと流れる。それはたった一人の愛した女性を想う悲愴な涙だった。

「……父上」

「何も言ってくれるな、愛娘よ」

「いいえ、言わしていただきます、父上。あたかも死んだように語られていますが、母上は今、庭でお茶をしています」

「……」

「……」

 冷たい風が謁見の間に吹いた。

「……確かにお前の母、マリアージュは今も息災だ。息災過ぎて困るくらいに」

 クリストフの言葉を否定できないリオネル。

 リオネルの母マリアージュは、その昔、紅蓮の薔薇と呼ばれるほどの美貌で有名だった。しかし、今は一日三食の食事に、三回の間食、二回のティータイムが習慣になってしまい、なんとも福与かな女性になってしまった。

 クリストフが嘆くのも無理はない。

「だから、お前を見て昔を懐かしむくらいいいではないか。老いた私にはこんなことしか楽しみがないのだ。それともリオネルは私には過去を愛しむ権利はないと言うのか」

「い、いえそんなことは」

 クリストフの威勢に押され、なぜか謝ってしまうリオネル。

「ですが、今の私は学生としての身、できるなら一刻でも早く王宮を出て、学院に帰りたのですが……」

「おお、そうだったな。すまない。どうもこの頃歳のせいか、無性に昔を愛でたい時があってな。お前の都合もあることを忘れていた」

 ゴホン、と一つ咳払いすると、それがスイッチだったかのように、クリストフの表情も引き締まる。

「要件は、一か月後にある終戦十周年記念式典についてだ。メインイベントの演舞が行われるリスペクアートアリーナの警備団員を各学院から選抜することになってな。リオネルには私の代役として、その様子を見てきてほしいのだ」

「それは構いませんが、どうして私なのでしょう。それならお姉さま方でも構わないのでは?」

「うむ、実はその選抜試験はお前の通っているミーゼンリシア精霊学院で行われることになった。それならば、ミーゼンリシア精霊学院の学生でもあるお前が適任であろう、と思ってな。それに式典でお前は、双演舞を舞うのだ。自分の身を守る騎士たちがどれほどのものか見ておけば安心して舞えるだろう」

「そういうことでしたか。お心遣い感謝します。このリオネル、父上に代わってしっかりと視察してまいります」

「うむ。といっても学院からはお前の話は届いている。なんでも学院でお前より精霊術に優れた者はいないとか。それが本当なら自分より力が劣る者に身を任せることなどできないかな?」

「いえ、私などまだまだです。学院には私などより優れた者は多くいます」

「はっはっはっ。謙遜か。いやまったくリオネルは出来た娘だ」

 ご機嫌に笑うクリストフだが、その対照にリオネルの顔はどこか不満そうだ。

 確かに学院で学んだ精霊術においてリオネルの右に出る者はいない。それをリオネル自身に問えば、とうぜん先程のように否定するだろうが、彼女自身、精霊術には人並み以上に優れていると自負している。

 しかし、物事の優劣が精霊術だけで決まることではないことを、リオネルは知っている。

「要件は以上なのだが、せっかくだから一緒に夕食としよう。この頃の学院での生活を私に聞かせてくれ」

「もちろんです」



 クリストフとの久しぶりの食事を済ませたリオネルは、ミーゼンリシア精霊学院のあるタクスアリエへと馬車で向かっていた。

「随分と王宮に長居してしまったな」

 クリストフが、食事が終わった後もあれやこれやとリオネルの近状を聞いてくるので、帰る時間が押してしまったのだ。結局、その日のうちにタクスアリエに帰ることはできなくなり、「ならば泊っていけ」というクリストフの言葉に従うこととなった。

 本当なら、今日の講義を休む気ではなかったリオネルは、父であるクリストフに溜息をついた。

 父が自分と話したいと思ってくれるのは嬉しいし、リオネルも父に伝えたことは山のようにある。しかし、たまに周りが見えなくなってしまうのが困る。

「そうなると、父上は人の都合なんてお構いなしだ。ずっと待ってもらってすまなかった、フィルランテ」

 リオネルは向かい側に座る彼女に声をかける。

 気にしてないよ、と言わんばかりにフィルランテは、微笑みをリオネルに向ける。

 歳はリオネルより少し上のように見える。まるで空の色をそのまま映したような蒼い髪と瞳。顔立ちはリオネルのように凛々しいというより、聖母のような母性を感じさせる。そして額に埋め込まれた蒼い宝石がフィルランテを人間ではなく、精霊だということを証明していた。

「これではフィルランテの契約者として失格だな。帰ったら、お詫びをしよう。どこか行きたいところはないか? ほしいものでもいいが?」

 フィルランテは少し考える素振りを見せるとすぐに手を打った。

 それだけで、リオネルにはフィルランテの気持ちが読めてしまう。

 二人を繋ぐ契約は、生物の力の源であるマナだけではなく、感情や気持ち、断片的な思考なども流してくる。

「また、あの男のところか? まったくフィルランテはアイツのどこが気に入ったのだ?」

 苦笑いを浮かべ問うと、フィルランテはニコニコするばかりだ。

 フィルランテと彼は出会った時から仲が良い。いやどっちかと言えば、フィルランテが一方的に好いているのだが。彼もそんなフィルランテを悪くは思ってないらしく、二人の関係はこれまで良好なまでに良好だ。

 彼を卑下するようなことを言ったが、リオネルも彼に会うのは嫌ではない。

 彼は学院で一番の精霊術師と呼ばれ、慢心していたリオネルの考えを正してくれた人だ。精霊術が全てではなく、世界には自分より優れた人がいることを教えてくれた。そんな人を嫌いになれるはずがない。

 しかし、彼は性格に難ありというか、捻くれているのだ。だから、どうしても彼と会うと口喧嘩に発展してしまう。

 別にこちらに原因があるわけではない。彼の言動にはいちいち皮肉やら嫌味ならが混じっているのだ。それが癪に障る。

 喧嘩したくない相手と喧嘩してしまうのは辛いものだ。

 思わず大きな溜息をついてしまうと、フィルランテから不安が伝わってくる。

「わかった、わかった。今度の食事にでも誘おう」

 そういうとフィルランテの表情が再び喜びの色に変わる。

 そんなフィルランテを見てると、なぜかこっちまで顔が綻んでしまった。


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