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王の紋  作者: Uma
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しるし

 泣く声が聞こえた。

 広い王宮の中には、木々が生い茂る森があった。王宮では精霊の森と呼ばれているここは、微精霊たちがマナを得られるようにと作られた場所だった。そのため、普段は人の姿もなく、一人が好きなオリオルにとっては打って付けの場所だ。周りにお喋りな侍女も、口うるさい執事もいない。なにより、微精霊たちが楽しいそうだ。まるで魂のように丸い、彩り豊かな微精霊たちが、木々の間をすり抜け、舞うように飛んでいる。

 ここでは集中して剣の稽古ができる。だから、日課の剣の素振りはいつもこの森でしていた。静寂な森に、訓練用の剣が風を切る音を響かせる。

 すると、どこからともなく、泣き声が聞こえてきた。

 啜り泣くような声。ここに来るようになって初めて聞く。

 声に釣られ、森の奥へと向かうと、そこには一人の女の子が座り込んで、泣いている。

「おい、ここで何をしてる」

 威圧的なオリオルの声に、女の子は肩をビクッと震わせてこちらを見た。目尻に涙を溜めて、こちらを不安そうに見つめている。

 その目を見て驚いた。

 なんとも鮮やかな瑠璃色がそこにはあった。今までこれほどまでに綺麗な色をオリオルは見たことがなかった。

「だ、だれ?」

 少女に見惚れていると、女の子から声をかけられる。

 それでハッと我に帰り、自分が女の子に見惚れていたことが急に恥しくなる。

「なんでお前に名乗らないといけないんだ。それより、さっさとこの森から出て行けっ。ここは人が来る場所じゃない」

 恥しさに抵抗するかのように語尾を強くするオリオル。

 そんなオリオルにまた肩をビクッと震わせる女の子。

「じゃ、じゃあ貴方は?」

「俺は特別だからいいだよ」

 傍若無人なオリオルの理屈に、女の子は不満の声を上げる。

「そんなのずるい。ここは精霊の森だよ。貴方こそ出て行くべきだと思う」

「なんだと!」

「ひっ」

 オリオルの怒った声に怯えて、頭を守るように両手で覆う女の子。

 その時、女の子を中心にして描かれた紋章陣が目に入った。

 オリオルも何度か目にしたことがある。これは精霊と契約するための召喚陣だ。この陣の中に微精霊が入れば、人の目に映らない微精霊を見ることができる。つまり、精霊を顕現させることができるのだ。

「お前、精霊と契約しようとしてたのか?」

 女の子は警戒しながら一回だけ頷いた。

「お前がか? 普通、精霊との契約は十二歳になってからだろ」

 女の子はどう見てもまだ十歳にすらなっていない。人は歳をとると共にマナの量が増える。十歳のマナの量では、十分なマナを精霊に供給することはできない。マナ不足の精霊は、体調を崩し、下手をすれば死んでしまう。そして少ないマナを吸い上げられた人もまた無事ではすまない。

「わ、私はたくさんマナを持っているから大丈夫なのっ」

 確かに女の子の周りには多くの微精霊が集まっていた。微精霊が集まるということは、自然と体から多くのマナが流れているということ、さらには体内に蓄積されているマナが豊富だということだ。

 これほど人に微精霊たちが集まっているのを見るのは初めてだ。確かにこの子なら精霊と契約しても大丈夫だろう。

「それで契約した微精霊はどこだ。顕現してるやつなんてどこにもいないぞ」

 そう言うと、再び女の子は目にたくさんの涙を溜める。

 泣き顔を見られるのが嫌なのか、オリオルから顔を反らすとぶっきらぼうに言う。

「できないの。陣書いても精霊、出てきてくれない……」

「微精霊が出てこない?」

 注意深く召喚陣を見つめる。土の地面に木の棒で書いたなんともお粗末な陣だが、マナがちゃんと流し込まれてしっかり発動しているように見える。だが、女の子の言う通り微精霊がいない。いや、近寄ろうとしてないのだ。

 そこでオリオルはハッとする。

 陣に流れているマナが異常に多いのだ。

 召喚陣はマナを流すことで微精霊たちを誘いだす効果もある。しかし、そのマナが多過ぎると、微精霊たちは逆に寄り付かなくなるのだ。

 人が水を飲み過ぎると腹を壊すのと同じように、精霊たちもマナを与え過ぎるとマナ中毒を起こし体調を崩す。

 微精霊たちは、女の子にマナを大量に流し込まれるのを恐れて近づかないのだ。

 オリオルは女の子に目を向ける。

 あの小さな女の子が、ここまでのマナを持っていることに驚いたが、なんとも不憫に思えた。

 嗚咽を漏らしながら、微精霊が来てくれることを祈るように、手を合わせている。

 こればかりは仕方がない。人に個性があるように、精霊にも個性がある。そして個性があれば相性もある。

 この森にはこの女の子と相性がいい微精霊はいないということだ。

 どうにもならないことだが、オリオルは無意識にどうにかしたいと思ってしまっていた。

 それがどうしてなのか、オリオルにはわからない。ただ純粋にこの女の子の力になりたいと感じたのだ。

 そんな時、オリオルに付き添っていた青い微精霊が、ふっと体から離れた。そしてしきりにオリオルの周りを飛ぶ。

「お前……もしかしてアイツのところに行きたいのか?」

 微精霊は何も言うことなく、オリオルの周りを飛び続ける。

 しかし、オリオルはそれだけで何か悟ったように頷いた。

「わかった。お前がそうしたいなら」

 そして再び向きを変え、女の子と向き合った。

「おい。泣くな」

 女の子の視線がオリオルに向けられる。

「私、泣いてない……」

 女の子は袖で涙を拭いて、そう強がった。

「泣いてんだろ」

「泣いてないもんっ」

 仏頂面をする女の子。

 だが、今は意地の張り合いをしたいのではない。

 オリオルは左手をそっと伸ばす。

「コイツがお前のところに行きたがってる」

 そういうと、微精霊がオリオルの腕を伝うように女の子へと向かい、そして召喚陣の中へと入った。

 すると、微精霊は青い光を強く放ち、顕現する。

「うわぁ」

 歓喜の声が女の子の口から漏れる。そして微精霊に手を伸ばすと、それに答えるように微精霊もその掌に納まる。

 女の子の顔が笑顔になるのを見て、よかったとホッとする。

「コイツならお前のマナにも耐えられる」

 と女の子の頭にそっと手を乗せる。

 女の子は肩をビクッと震わせるも嫌がる様子を見せない。両手で微精霊を支え、視線だけはこっちに向けている。

「じゃ、仲良くしろよ」

「あ、待って」

 今度こそ森を出ようと歩き出そうとするが、女の子が呼び止める。

「もしかして、貴方には微精霊が見えてるの?」

 両手に微精霊を乗せた女の子が訊いてくる。

 しかし、女の子の質問にどう答えようか迷い、結局――

「そんなわけないだろ」

 嘘を吐いた。


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