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王の紋  作者: Uma
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失意の中

 無数に聞こえる風の音とリオネルの悲鳴で、オリオルは意識を取り戻した。薄らと目を開けるが、何も見えない。目をやられたわけではない。どうやらランプの灯りが消えているようだ。

 体を起こそうと手をつくが、体が自由に動かない。体を矢で壁に繋がれたこともそうだが、一番の理由は血の流し過ぎだ。こうして座っているだけでも、ふらふらと目眩がする。腹に手を当てると、手にべったりと何かが付く。それが血だとすぐにわかる。けっこう流れているようで、目覚めたばかりだというのに目を閉じれば深い眠りに落ちてしまいそうだ。

 自分に刺さっている矢を掴んだ。握力はほぼなく、力づくで抜くことができない。

(こんなこともできないのか……)

 自分の不甲斐なさを嘆く。

 リオネルにあれだけの啖呵を切っておいて結局稼げた時間はほんの数秒。剣を極め、信念を持ち、全てを賭してきたのは、たった数秒にしかならないというのか。これでいったい自分の何を誇れるというのだ。

『上には上がいる。それは最強と呼ばれる精霊術師だとしても変わらない。自分が強いと豪語する前に、まずは自分の上を見ろ』

 リオネルと決闘をしたあの日、オリオルがリオネルに言った言葉だ。今、思い出すと笑えてくる。本当に上を見ていなかったのか自分のほうじゃないか、と。

 ――たとえどんな事態になっても俺がいるなら平気だ。

 そう慢心していた。

 その結果、リオネルを危険に晒し、あまつさえ守るべきリオネルに守られている。

(ここで諦めるのか、オリオル・デュヴァリエ……こんな結果で全てを終わらせるのか)

 いや、諦められるはずがない。終わらせられるはずがない。

 矢を掴んだオリオルの右腕が焼けるように熱くなる。

(頼む、微精霊たち、俺に力を貸してくれ)

 オリオルの体内のマナが燃焼し、突如として握っていた矢が燃えた。

「ぐぅっ」

 火が腹部を焼く痛みに耐えながらも、矢の一部は灰となり、簡単に折れる。

 体を少し起こすと、グジュという音をたてて壁に刺さった矢から抜け出す。

 再び、マナが燃焼する。

 そして真っ暗になった隠し通路に、再び火が灯された。



 不意に隠し通路の中が明るく灯された。

 壁を見ると、一つの火の元素弾が浮遊している。

「新手」

 それに驚きを示したのは、リオネルよりも弓使いだった。

 弓使いはジッと隠し通路の奥を見つめるが、どうやら明るくなったのはこの場所だけのようだ。

 そして弓使いが凝視している先から、無数の水の元素弾が飛来する。

 水の元素弾は、弓使いの風の障壁によって散々するが、間髪入れずに地面が裂け、岩の杭が弓使い目がけて突き出す。

 その場から後ろへと飛び、岩の杭を回避する。

 風の流れを利用して攻撃を流す風の障壁では、さっきみたいな攻撃は防げないようだ。

 さらに地面からの攻撃は続く。弓使いを追うようにして突き出る岩の杭。そしてそれに呼応するかのように、火の元素弾、水の元素弾が飛び交う。

「ここまでか……」

 舌打ちをし、弓使いは身を翻して、その場から走り去って行った。

 リオネルは突然のことでその光景を呆然と見つめていた。しかし、弓使いが見えなくなり、ようやくハッと我に帰る。

「フィルランテ、肩を貸してくれ」

 フィルランテの力を借りて起き上がる。すると、援護の攻撃があった先から、水の音と共に人の気配がする。

 そして火の元素弾の灯りで灯されたのは、矢に刺されたはずのオリオルだった。

「オリオルっ!? 大丈夫なのか、お前っ!」

「それはお互い様だ。足をやられたみたいだな」

 フィルランテに支えながら立っているリオネルを見てそう呟くオリオル。

「そんなはずがあるかっ! お前は矢に貫かれているんだぞっ!」

 とオリオルに近づき、オリオルの腹部を見つめる。しかし、服は血でべっとりと濡れているが、そこにあるはずの傷がない。

「こ、これはどういうことだ……」

「それより、早くここから脱出するぞ。今の俺たちじゃ、この紋章陣一つ壊せそうにないからな」

 その事実に驚くリオネルに対し、オリオルはいたって冷静に言い放つ。

 リオネルもオリオルの傷についてはまだ納得できていないが、オリオルの意見には賛成だった。

「少し待て、さきほど精霊術の援護があったのだ。恐らく父上辺りが心配して護衛をつけていたのだろう。その者たちを待てば――」

「そんな奴はいない」

 紋章陣も壊せる、と続けようとしたリオネルの言葉は遮られた。

「なに? しかし、精霊術の援護があったのは事実だ。火と水と地だから最低三人はいるはずだ」

 リオネルの反論はもっともなものだ。

 人一人と契約できる精霊は一人。つまり、人一人で扱える元素は一種だけとなる。

 それを理解していないオリオルではないはずだ。しかし、オリオルはリオネルの意見を認めようとしなかった。

「とりあえず護衛はいない。さっさと戻るぞ」

 何か誤魔化すようなオリオルの態度に、疑心が積もったリオネルは問い詰めようと、オリオルに迫ろうとするが、不意に激しい目眩と立っていられなくなるほどの脱力感に襲われた。

「お、おいっ」

 フィルランテの支えも虚しくリオネルの体は、地面へと傾いていく。

 それを受け止めたのはオリオル。両手でしっかりとリオネルを支える。

 最後にリオネルが見たのは、オリオルの腕に服の上から浮き出ている紋章陣だった。



「そんなわけないだろ」

 男の子はそう言うと、逃げるように走り去ってしまった。

「あ、待ってっ」

 せめて名前だけでも、と思ったリオネルは呼び止めようとするが、男の子は走るのが速く、アッという間に姿が見えなくなってしまった。

 その場に取り残されたリオネルは、呆然と男の子が走り去った先を見つめる。

 すると、さっき契約したばっかりのリオネルの契約精霊が、まるでリオネルにかまってほしいとでもいうように、ふわふわと周りを飛んできた。

 まだ微精霊なので、人の手に乗るほどの大きさで丸い。

「青色だから、水の微精霊だっ」

 リオネルは書庫で読んだ本で、元素によって微精霊の色が違うことを知っていた。

 赤色なら火の元素、緑色なら風の元素、茶色なら地の元素、そして青色なら水の元素だ。

 リオネルは、再び両手を差し出し、契約精霊を掌に乗せる。

「そうだ、まず名前を決めないと。そうだな、水の精霊だから……フィルランテっ!」

 その名前は、リオネルのお気に入りの物語に出てくる水の精霊の名前。

 神話の時代に存在した国の男の子と水の精霊であるフィルランテの冒険の物語。

 リオネルもいつか自分の精霊とこんな冒険がしたいと夢見ていたのだ。

 そしてなぜかその物語の少年と、さっきの剣を持っていた男の子が重なって、その名前が思いついたのだ。

「また会えるかな?」

 再び、男の子が走り去った方を見つめ、そう呟いた。

 しかし、翌日同じ時間にリオネルは、王宮の精霊の森を探したが、男の子はおらず、その次の日も、そのまた次の日も、男の子と出会うことはできなかった。


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