一矢
「なにっ!?」
オリオルの突拍子もない提案に思わず大声を上げてしまったリオネル。慌てて自らの口を塞ぐ。
オリオルも視線は弓使いから外さないものの呆れ気味だ。
「それはどういうことだっ、オリオル」
今度は小声だが、言葉には怒りが感じられる。
「言った通りだ。このままじゃ俺たちはあの趣味の悪い仮面にやられる。どうやっても二人が助からないなら、一人が助かる方法を模索するのが普通だろう」
「それでなぜ私が引くことになるっ。普通ならここで引くのは契約精霊のいないお前だろうっ」
「それは俺よりお前のほうが、この隠し通路を生きて抜け出せる可能性が高いからだ。確かにお前が残った方が勝率はあるし、稼げる時間も多いだろう。だが、もしお前が敗れ、俺が仮面と対峙することになったらどうする。正直俺は、アイツと一対一で勝てる術がない。それだったら、フィルランテがいるお前を先に逃がし、俺が少しでも時間を多く稼いだ方がいい」
「そ、それはそうだが……」
理屈ではわかっている。だが、気持ちの整理がつかない、といった風なリオネルだ。
一緒に学院で過ごしてきた友人としての関係がオリオルの提案を拒んでいるのか、それとも国民を守り道しるべとなる王女としての尊厳か。
まぁどちらにしても、今は妥協してもらうしかない。
「まったく……」
黙ってしまったリオネルに、溜息を吐く。
「おい、お前はいったい何を勘違いしてるんだ?」
「な、なに?」
「俺は、お前一人だけ逃げろなんて言ってないぞ。とりあえずお前は引いて、応援を呼んで来いって言ってんだ。まさかとは思うが、俺が命を張って、お前を逃がすとでも思っていたのか?」
「だ、だが、結果としては変わらないだろっ!」
再び声が大きくなる。
リオネルは感情的になると、我を忘れるタイプのようだ。
「黙れ。いいか、俺たちはこの事態を知らせないといけない。それが最優先事項だ。俺たち二人がここで死んだら元も子もない。あの仮面がいったい何を企んでいるのかわからないが、この時期だと確実に狙われているのは終戦記念式典だ。あの式典にいったい何百、いや何千人が集まると思っているんだ。お前は今、その何千人の命を背負っていると思え」
唇を噛み締めるリオネル。そして俯いていた顔をゆっくりと上げる。
「わかった」
どうやら覚悟を決めたようだ。そんなリオネルに自然とオリオルも微笑む。
「よし」
二人の全意識が弓使いへと注がれる。
「逃げる算段はついた?」
あれだけ大声で話し合っていたのだ。それはバレバレだろう。
「悪いが、お前はここで大人しくしていてもらう。行け、リオネル」
オリオルの声を合図に、リオネルは走り出した。敵に背中を見せ、まったく無防備な姿で。
まるで「信じているぞ」と言わんばかりだ。
「逃がさない」
だが、次の瞬間、空気が一変した。
ピリピリとしていた緊張感が、ドンと重く圧し掛かる絶望感へと。
「レキエル」
弓使いの隣で風が巻き上がり、銀色の毛並みと真紅の瞳を持った狼が現れる。
微精霊が中級精霊へと昇華する際、その姿を変え、多種多様な生物の姿を模す。その中でも特に力の強い種が存在する。
火の魔人、水の白鳥、地の一角獣、そして風の銀狼。
この四種は、最強種と呼ばれている。
そしてこの精霊はまさしく風の銀狼。
最強種だ。
「一点を貫く、銀牙一閃」
弓使いが、一本の矢をリオネルの背中に向けられる。
だが、今までの矢とは違う。風が矢の周りを流れるように吹いている。
「まずい!」
リオネルと弓使いを結ぶ一直線上。オリオルはそこに飛び込んだ。両手でしっかりと剣を構える。
そして矢は放たれた。
ブォンという音を立て、矢は人の認識を逸脱する速度でオリオルの剣にぶち当たった。いや、正確には当たっていない。矢尻は未だ刃には届いておらず、矢尻を包む高速で螺旋状に回転する風が刃と接し、火花を散らしている。
「ぐぅ!」
矢は勢いを失うことなく、オリオルの剣を貫こうとしてくる。刃は悲鳴を上げるかのように金属音を鳴らす。
突貫性が高い風の元素に、敵を貫くことを目的とした弓矢。これほど相性のいい組み合わせはない。
オリオルの剣もよく耐えている。だが、そろそろ限界に近い。わずかだが、綻びができている。
「一か八か!」
オリオルは矢尻の接点を刃の側面へとずらし、矢を左へと流した。ダンと鈍い音が鳴り、矢は煉瓦の壁に突き刺さる。
ありえない光景を目の当たりにしたが、それに気を取られている暇はオリオルにはなかった。
矢を流しにかかったオリオルを見た瞬間に、すでに駆けだした弓使いの蹴りがオリオルを襲う。
「ぐぁ!」
蹴りは反応が遅れたオリオルの脇腹に直撃し、隠し通路の壁に叩きつけられる。
そして瞬時に矢筒から矢を抜き、弓弦にかけて放った。
矢は当然のごとくオリオルへと向かい、腹部へ突き刺さる。だが、なおも勢いを失わない矢は、オリオルの体を再び壁に叩きつけた。
「がぁ!」
矢は壁をも貫き、オリオルの体と壁を縫いつけた。
矢が刺さった腹部からは大量の血が流れだし、オリオルはピクリとも動かなくなった。




