風の精霊術師
オリオルが見つめる先には青い輝く紋章陣。
さっきのランプに火を灯した紋章陣は掌ほどだったが、この紋章陣は隠し通路の道いっぱいに描かれている。つまり、人二人が陣の中に入れる大きさだ。
これほど大きな紋章陣は、オリオルの記憶だと召喚陣を入れた数種類だけしかない。
だが、問題はそこではない。
「見たこともない紋章陣だ」
ポツリとリオネルがそう呟いた。
精霊学院でトップの実力と成績を収めるリオネルが見たこともない紋章陣となると、それは誰かが創作した紋章陣か、新たに発掘された遺跡から見つかった紋章陣かのどちらかだ。
だが、後者はありえない。ここ最近、新たに遺跡が見つかったという知らせはないからだ。
つまりこれは誰かが創作した紋章陣ということになるのだが、
「発動しているようだが、いったいどういう能力があるのだ?」
そう、紋章陣は青い輝きを放ち、発動していることを示している。だが、周囲に変わった様子はない。
リオネルは首を傾げ辺りを見回す一方、オリオルはその紋章陣をじっと見つめていた。
リオネルの様子から察するに、見えているのはオリオルだけだ。
青く輝く紋章陣。その中にはたくさんの微精霊たちがいる。しかし、こんなマナの薄い隠し通路の中にこれだけの微精霊がいるわけがない。おそらく何らかの理由で捕えられたのだろう。この紋章陣は、微精霊たちを捕えるための檻だ。
そしてリスペクアートから微精霊たちが逃げた原因は、微精霊たちを捕える者たちがいるためだ。だが、その目的まではわからない。
それは追々わかってくるだろう、と踏ん切りをつける。まずはこの紋章陣をどうにかしないといけない。
「リオネル、これを破壊しろ」
「待て、これがなんなのかわかっているのかっ!? 隠し通路の必要な紋章陣という可能性もあるだろう」
唐突なオリオルの言葉に慌てるリオネル。
「ありえない。これは隠し通路には不必要なものだ。いや、それどころかこの世界に存在してはならないものだ」
そう念を押すとリオネルも慎重な面持ちでその紋章陣を見つめる。
「……本当に、この紋章陣は不必要なのだな」
「ああ、その通りだ」
「わかった。お前を信じよう」
フィルランテの体がほのかに光る。マナを与えられ精霊術を行使するのだ。
「行くぞ、フィルランテ!」
リオネルの手に水の元素弾が生まれる。それはまるで渦潮を圧縮したように、渦巻いている。
数よりも質を意識した水の元素弾だ。
そしてリオネルは水の元素弾を投擲する。
リオネルの手から放たれた水の元素弾は真っ直ぐ紋章陣へと向かって行くが、その途中、まるで見えない壁にぶつかったように散々した。
「風の障壁! 精霊術かっ!」
驚きを露わにしたのはリオネル。
かなりの威力の水の元素弾を放ったはずなのに、簡単に散々させられたのだ。驚くのも無理はない。
だが、オリオルの意識は、その障壁よりも周囲へと向けられた。精霊術がかけられたということは、近くに精霊術師がいるのだ。
隠し通路の奥で、何か銀色に輝く点が見えた。
「避けろ!」
オリオルの叫び声が響く。
リオネルが声に反応する前に、銀色の一閃がリオネルに向かう。
「ちっ!」
オリオルが舌打ち、そして抜身の剣で銀色の一閃を叩く。
カキンッと金属と金属を強く叩きつけたような音が響き、次に水に何かが落ちた。
視線が落ちたものへと向けられる。それは予想通り、銀色の矢尻を持った一矢だった。
「何者だっ!」
状況を理解したリオネルが叫んだ。
二人は矢が飛んできた方を凝視する。
水を叩く音と共に、ランプの火の光が、矢を放った者を映す。
残心かのように、離れの体勢のまま制止する人影。民族服のような黒い服で全身を包み、顔の上半分を白い仮面で覆っているため、性別は分からないが、一つに纏めた長い髪と小柄な体格から女ではないかと予想できる。
そしてその手に持っている長弓は、とてもじゃないがあの小柄な体格では弓弦を引けそうにないほど大きい。
「私はバルミア教国第三王女、リオネル・アンドレア・ドゥ・バルミア! 私に矢を放つということは、バルミア教国に矢を放つということだと理解しての狼藉かっ!」
そう高々と凛々しく名乗りを上げるリオネルの隣で、オリオルは頭を抱えていた。
敵に名乗ってどうする、と心の中で愚痴をこぼす。
「王女……」
案の定、仮面の弓使いは王女という単語に反応する。
だが、その単語に恐れ戦く様子はない。逆に再び、背中に背負った矢筒から一本の矢を取り出し、矢尻をリオネルに向け、弓弦を引く。
「好都合だ」
ボソッとそう呟いた瞬間、矢が放たれる。
オリオルはリオネルを庇うように一歩前へと出、抜身の剣で叩き落す。
再び金属音が隠し通路に響く。
「悪いがコイツには血の一滴すら流させない」
「オリオル……」
リオネルの口から甘い声が漏れる。
おそらくいつも腑抜けなオリオルが、久しぶりに凛々しいので、胸が高鳴っているのだろう。
しかし実際は、もしリオネルに血の一滴でも流させたら親馬鹿のクリストフに「王令違反、王族侮辱罪、国家反逆罪で、極刑だっ!!」などと言われそうだからだ、ということをリオネルは知らない。
オリオルも、親馬鹿のせいで死にたくはないのだ。
仮面の弓使いが、二撃目を準備する。
「俺が攻める。お前はサポートしろ」
そう呟くと、オリオルは弓使いに向かって走り出す。
まったく頼み方というものがあるだろう、と不満そうな顔をするものの、周囲に水の元素弾が生成させる。その数五。そして元素弾はオリオルの周囲を守るようして放たれる。
やがて弓使いは、二撃目の矢を放つ。
矢はまっすぐオリオルへと向かうが、その途中左方の元素弾が矢を弾く。
なおも弓使いの攻撃は続く。三撃目、四撃目と放たれるも、全てが元素弾によって阻まれ、オリオルへと届くことはない。
その間にオリオルは自分の剣の間合いに弓使いを捕らえた。
なんの策も戦法もない正面からの斬撃。火の光で銀色の輝く剣の刃が弓使いを襲う。
だが、それだけではない。オリオルと共に並走してした残り二つの水の元素弾が左右から弓使いを襲う。
これで四方位のうち三方位までの退路を絶った。弓使いの残る手段は、後方への退避。手に持つ木製の弓では、とてもじゃないが剣も水の元素弾も受け止められない。
刃が弓使いへと振り下ろされる。水の元素弾も弓使いへと向かう。
だが、弓使いはオリオルの剣を迎え撃つ体勢に入る。しかも、弓弦で受けようとしている。
その瞬間、オリオルは剣を振る力を増した。
斬撃は予測よりも早く弓弦へと届くかと思われた瞬間弾かれた。
間髪入れずに左右から水の元素弾が襲う。
だが、弓使いは見向きもしない。
やがて水の元素弾は、紋章陣を攻撃した時と同じように、弓使いに届くことなく散々した。
オリオルは後ろへと飛び、距離を取る。
「なるほど、やはりさっきの風の障壁はお前の仕業だったか」
「……」
弓使いは黙って矢筒から一本の矢を取る。
「風の元素でそこまでの障壁を作れるのか。正直厄介だ」
そう本気で嫌な顔をするオリオル。
各元素には、それぞれの性能を持っている。
火の元素は、高い破壊性を持っているが、突貫性は低い。
水の元素は、高い適応性を持っているが、破壊性は低い。
風の元素は、高い突貫性を持っているが、耐久性は低い。
地の元素は、高い耐久性を持っているが、適応性は低い。
そして各元素の高い性能に合わせて、用途も変わってくる。
火の元素は攻撃、水の元素は変化、風の元素は強化、地の元素は防御といったように。
だが、性能が低いからといって、その性能が使わないわけではない。
たとえば、水の元素で岩を砕こうとする。それ自体は可能だが、マナの消費も激しいうえに効果が薄い場合が多いのだ。
しかし、この弓使いは、耐久性の低い風の元素で、ここまで強固な風の障壁を作り上げている。
オリオルの額から冷や汗が流れた。
思い出されるのは、選抜試験でシータが最初に見せた「聖水球」。あれも破壊性が低い水の元素で、数十人をなぎ倒すという荒技だった。元素の性能など関係なしの強さだ。
つまりこの弓使いも、そのレベルの術師、つまりバルミア教国の聖術師の位なのだ。
状況は最悪だ。
一学生であるオリオルとリオネルが対等に渡り合える相手ではない。
オリオルは再び後ろへと飛び、元いた場所へと戻る。そしてリオネルにできるだけ近づき、弓使いに聞こえないくらいの小声で話す。
「俺がアイツとやり合っている間に、お前はいったん引け」




