エピローグ
「ねえ、なんで今日は旅行行くの?」
「今日はね、春香の誕生日とパパとママの10年目の結婚記念日だからよ。」
あたしは暇になってパパの運転する車の中でゴロゴロしていた。
弟の悠介はママの膝に頭を乗せて寝ている。
あたし、岡崎春香は家族でアツミハントーに向って高速道路を走っていた。
車を運転してるのはパパ。
色白で銀縁メガネの真面目そうなパパは、会社員であたしのピアノの先生。
ピアノを弾いてるパパはすごくイケてるって友達は言ってる。
ちょっと変な喋り方だけど、かっこいいから皆の憧れのパパ。
ママは少し怖い顔。
でも、学校では美人で評判のママだ。
真っ黒なサラサラの髪で日本人形みたい。
家ではママが一番強くて、二人がケンカをするといつもパパがケーキを買ってくる。
弟の悠介は今8歳。
甘えん坊で今でもママと一緒でなければ寝ない。
姉弟ゲンカは絶えないけど、彼のモノはあたしのモノで、あたしのモノはあたしのモノだ。
今のところあたしが優勢。
パパそっくりな顔してるけど、あたしとは全然似てない。
まあ、フツーの男の子だ。
似てないって言えば。
あたしは家族の誰にも似てないんだ。
強いて言えば、浜松のおばあちゃんに似てる。
茶色のサラサラヘアーはあたしのトレードマーク。
学校でも、きれいだねって言われる。
でも、目が変な色なんだよね。
ママの目は真っ黒でメジカラあるのに。
彼氏はまだいないけど、これでも人気あるんだから。
オマセなところはママそっくりだねっていつもパパに言われてる。
あたし達は海の近くのホテルに到着した。
ホテルの裏側は砂浜が広がってて、海が目の前に見える。
名古屋に住んでるあたし達は海にきたことがあまりなかった。
岐阜のおばあちゃんの家にはよく行くんだけど。
岐阜って言っても大垣だから、雪も降らないし、パパはスキーができないからつまんない。
ママはチェックインするのにホテルの中に入っていき、あたしはパパと弟の三人で砂浜に出た。
「あんまり遠くに行っちゃダメだよ!」
弟と砂で山を作りながらパパが怒鳴った。
「はーい!」
あたしは二人を残して砂浜を歩き出す。
潮風が気持ちいい。
そういえば、今日はあたしの誕生日でもある。
二人はあたしが生まれた日に結婚したんだって。
結婚直前にママのお兄さんが亡くなってバタバタしてたんだって。
別に言い訳しなくてもいいのにね。
デキ婚だったことくらい、10歳でも分かるんだから。
その時、バシャバシャと波を蹴りながら、海からサーフボードを担いで出てきた男の子が見えた。
まだ子供だ。
あたしのクラスの男子とそんなに変わんない。
まだ子供なのにサーフィンやってるんだ。
あたしは何となく、その子を見つめて立ち止まった。
視線に気が付いて、男の子はこちらを向く。
細長い手足。
日に焼けて褐色の肌に大きな瞳。
あたしみたいな変な色だ。
日の光が反射して金色に光ってる。
なんか外国の子供みたい。
あたしと視線が合って、その子は少し笑った。
あ、なんかカワイイ。
「サーフィンできるの?」
あたしは近寄って、話しかけた。
近くに寄ると、彼の体から海の匂いがした。
「うーん。今練習中。ウチにずっとこれがあったから、使ってみようと思って。」
彼は濡れた髪をグシャグシャかき混ぜながら、傷だらけのサーフボードを見せて言った。
「ウチ、こっから近いんだ。毎朝、母ちゃんとワカメ拾いに来るんだよ。」
「へえ、いいなあ。あたしのウチは名古屋。海なんて滅多に来れないよ。でも、今日はあのホテルに泊まるの。」
あたしはホテルを指差して言った。
「えー、スゲーじゃん。オレ入ったこともないよ。」
大きな目を更に見開いて大袈裟に彼は答える。
「でも、ここに住んでたら泊まる必要ないじゃん?」
「あ、そうか。」
あはは・・・とあたし達は声を上げて笑った。
「春香!もうホテル入るぞ!」
パパが弟の手を引っ張って怒鳴っている。
「はーい!今戻るよ!」
あたしも負けずに怒鳴り返した。
「あれ、お父さん?」
その子は目を細めてパパのほうを指差した。
「そうだよ。それと弟。」
「いいなあ。」
少し寂しそうな顔で彼は言った。
ああ、そうか・・・。
10歳だって大人の事情くらい分かる。
「お父さんいないの?」
「うん、ウチ、ボシカテー」
なんて事もなさそうに彼は言った。
今時、珍しくもない。
ボシカテーの友達はクラスにも沢山いた。
あたし達子供にはどうすることもできないけど。
黙り込んだあたしを見て、彼は慌てて言った。
「変なこと言ってゴメン!気にしないで。オレも気にしてないから。」
「・・・うん。頑張ってね。」
慰めにもならないけど、あたしは笑って言った。
笑ったあたしを見て、彼はやっとホッとした顔になった。
「オレの母ちゃんは子供が欲しかったから、父ちゃんはいなくても平気なんだって。オレも母ちゃんと二人で楽しいしな。」
「ふーん。深いわね。」
あたしはパパは欲しいけどな。
考え込んだあたしに彼は笑みを見せる。
お日様みたいな温かい笑顔だ。
「名前は?」
「春香。岡崎春香。あんたは?」
「オレは中野圭介。父ちゃんと同じ名前なんだってさ。オレ、父ちゃん見たことないんだけどな。」
彼は濡れた髪をくしゃくしゃかき混ぜながら言った。
「いい名前じゃん。」
「ありがと。」
彼は目を細めて笑った。
「春香!もう行くぞ!」
パパの怒鳴る声がまた聞こえた。
彼はパパのほうをヒョイと見てから、あたしに笑顔で言った。
「じゃ、オレ行くわ。バイバイ。」
「バイバイ。頑張ってね。」
あたしも手を振る。
彼はボードを担いで、砂浜を走っていった。
イケメンだけど遠距離じゃ仕方ないわね。
もう会うこともないかな。
あたしは走り去っていく彼の背中を見つめた。
「春香!いいかげんにしなさーい!」
うわ、パパが切れ始めた。
「はーい!今行きまーす!」
怒鳴り返して、あたしも砂浜を走り出した。
Fin.
今までお付き合い下さいました皆様、ありがとうございます。
お疲れ様でした。
お楽しみ頂けましたら幸いです。




