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幸せの処方箋 ―哀しい日のためのラブレター―  作者: stracchino


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第一話 二脚の向き

話せてよかった。

会えてよかった。

また、何かあったら伝えたい。

そんなふうに思えた日にも、やがて、いつもの暮らしが重なっていきます。


後で返そうと思った便り。

伝えようとして、そのままになった小さな出来事。

気づけば、次のひと言を送ることが、少し難しくなっている。


その時、あの日の言葉が残っていたら。

相手が何を感じ、自分が何を嬉しく思ったのか、もう一度、読めたなら。

『灯り合わせ』の二人の、その後を書きました。

この物語が、読む方それぞれの、話せてよかった日の記憶にも触れられたら嬉しく思います。


 図書館の奥へ行くと、紗季が椅子を動かしていた。

 窓に向かって並べ、それから一脚だけ、少し内側へ向けた。

「どっちがいいですか」

「どっちでも」

「それ、いちばん困る答えです」

 修一は魔法瓶の入った袋を持ち直した。

「じゃあ、こっち」

 紗季が向け直した椅子に座った。

 真正面には彼女ではなく、小さな丸いテーブルの端があった。

 顔を少し動かすと、彼女が見えた。

 紙コップを二つ出すと、紗季が鞄から包みを取り出した。

「お菓子、持ってきました」

 駅の売店の焼き菓子だった。

 以前、写真で送られてきた、鳥の形をしたものだった。

「今日は、鳥に見えるな」

「前のは割れてたんです」

「魚かと思った」

「魚の頭から食べたんですね」

 修一は笑い、魔法瓶の蓋を開けた。

 湯気が上がった。

 話すことを、いくつも考えてきた。

 紙にも書いた。

 その紙は、上着の内ポケットに入っていた。

「汽車、混んでたか」

 最初に口から出たのは、それだった。

     

 紗季は、春からの暮らしを話した。

 一緒に住むようになった時のこと。

 二人とも新しい生活に慣れず、帰る時刻ばかり気にしていたこと。

 彼女が町を離れた後にも、朗読の誘いが何度か来ていたこと。

「断ったんです」

「全部?」

「最初は。夜に出かけるの、あまりいい顔をされなくて。

 私も、二人の生活を先にちゃんとしようと思って」

 修一はコップを持ち、飲まずに置いた。

「今は、昼間の稽古には行ってます。少しずつですけど」

 紗季は、テーブルの上で菓子の袋を畳んだ。

「先生にも、言わなきゃと思ってました。

 でも、久しぶりに連絡をもらって嬉しくて。

 今日は言わなくても、次に言えばいいかって」

 袋の角を合わせ直した。

「その次にも、言えなかった」

 修一は何度も読み返した便りを思い出した。

 あの短い文章を書いた側にも、夜があった。

「結婚するのか」

 尋ねた後、少し早かったと思った。

「今すぐは、考えてないです」

 紗季は窓の外を見た。

「友達がね、名字が変わったって連絡をくれるんです。

 よかったねって返して。

 それは本当にそう思うんですけど、私だけ同じところにいるような気もして」

「同じところに?」

「みんなの話を聞いてると。暮らしは変わってるのに、うまく説明できないです」

 修一は頷いた。

 何を言えばいいかを探しかけて、やめた。

「もう少し、聞かせて」

 紗季は畳んだ袋から手を離した。


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